僕は最期になにを見る

@amp765wy

第1話

「お前、死んだんだよ」

(は?)


どこにでもいそうな兄ちゃんが煙草くわえて俺を見下ろしている。

二十代半ばくらいか、嫌な感じの清潔感を思わせる白ティーシャツにグレーの長袖パーカーでジーパン。


更に嫌なことに高身長で足長し。


(なんか、モテそうだな)

「おい、聞いてんのか」

微かな眉間のしわ、下がる声のトーン、たった五秒ほど間があいただけだ。


「あの、いや聞いてます」

(しまった、第一声が掠れた)


家の近くの田んぼわきにある歩道につけていた尻を上げながら下向きで答えたが、自分のほうが弱いですと露呈した気になってこめかみの辺りが熱くなった。


(だいたい、できる限り人と接触したくないのに初対面の赤の他人)


心中ブルー超越でターコイズだ。

それでも、一応の常識と礼儀を教えてくれた祖母に申し訳ない気がして顔を上げる。

(あ、しわくっきり)


いかにも立場は優勢と言わんばかりに腕組みして、苛立った様子を隠しもしないがこんな時に俺は見つけてしまう。


(この人、目をまっすぐ見る)


ますます嫌な感じだ。


「お前は高谷優司、で合ってるか」

「あ、はい」

苦手だ、こういう目の強い人は。


つい視線を避けたくなるのをかなり頑張って堪える。もっと面倒なことになりそうで。


腕をといた彼は表情を和らげてジーパンの後ろポケットから軽く握ったこぶしで何かを取りだし俺の前に開いて見せた。

それは小さな、内側から囁くように光る七色の玉が九個。


ビー玉、よりは小さいか?


胸がシクと鳴るそれを見たことを悔いる。

彼の手のひらでまるで歌っているよう。


「高谷優司、帰宅途中に交通事故で死亡。名ばかりの天文学部、十七歳であと二ヶ月生きていればパチスロ行けたのにな」


残念がるとこはそこか?

稲作の盛んなこの土地で俺が知ってるパチンコ屋は駅前にある二軒のみ、車で四十分。

年齢が到達しても興味はない。


彼は怪訝そうに俺をうかがう。

「自覚あるのか、さっき見た時はなさそうだった。地べた座ってなにしてんだと思ったら指先にボロボロのコンタクト、探して見つけたはいいが再起不能で途方に暮れる。死んだと知ってるやつの行動にしては不似合いだ」


そっと握られあの玉はまたしまわれていく、

とても大切なものだろう扱いかたで。


俺に死んだ自覚があるか、いやない。

(そうか、本当になったのか)

常日頃の願いが叶ったんだな。


自然と無意識に口端でうっすらと笑みが浮かんだ、これで全てから解放だと。


もう、顔を上げていいのだと。


「なんだどうした、いきなりスッキリした顔して」

涼しげな目元を大きくした彼は火の点いていない煙草を口からはずす。


もう、堂々と生きていいんだ。

「っと、違う」

「なにが、質問に答えろ独り言やめろ」

「すみません、僕いま死んでるんですよね」

やっとまともに彼と会話した、改めて仰げば澄んだ空気は心地よく快晴。

思えばこの冬の呼吸が好きだった。


そんなことも思いだせなくなっていた、いつの頃からかさえも。


「自覚はいましました、実感はまだですけど。ええと、あの」

「ほんっと遅いよ、俺の名前な。橘翔也、そんで手っ取り早く説明すっけど俺もお前も確かに死んでる、が一時的にだ」

「よくあるマンガネタですか?」

「そ~なんだよ、ああいうのってさ生き返ってハッピーエンドがセオリーじゃん、だから俺としてもまあ安心はしてんだけどさってちげぇから!」

「ノリツッコミ、するんだ....」

「するわフツーにっ、てかそっちこそ結構しゃべるじゃんか」


正面からの会話も意外と苦痛ではなく、案外と気安いお兄さんなのも知った。

おまけに名前までモテそうだった。


彼、橘翔也さんは実家が花屋さんの跡取り息子で二十六歳。サラサラの黒髪は毛先にかけて前だけブリーチ。


約一年前に風邪をこじらせて肺炎が悪化、花屋の不養生で死亡。

が、一時的に。


「とりあえず、場所かえようか」

田んぼ沿いというのもどうかと、橘さんに促され反対車線側にあるバス停へ向かう。

今日は終業式だった、冬休みが始まる。


古いトタン屋根に錆びたバス停、有名栄養ドリンクの宣伝を兼ねた木製ベンチに二人きり腰掛けた。

適度な距離でたまに通る車を意識の片隅に、橘さんはまるで世間話のような口調で淡々としていた。


「さっき見せた玉、あれを十個集めると俺らは生き返れる。各自だぞ、俺はあとひとつ。

あれは誰かがこれまでの人生で一番、死んでも死にきれないほどに残った後悔を解消した時の心の結晶、だからか綺麗に輝いてる。十がノルマらしいが厄介なのはその対象者がどこの誰でいつ仕事がくるのか、後悔がなんなのかの情報は一切事前にないってこと」

ある日ある時突然に、頭に浮かんでくる。対象者の名前と居所が。


「自分でそいつの後悔を探ってあらゆる手を尽くし根底から解消する、とんでも骨の折れる作業。骨はねぇがな」

「骨...そうだ、体っ死んだって体どうなってるんですか!」

普段は冷静な俺も声を大にした、これはもし生き返るとするなら知らなければ怖い。


身を起こし俺的に珍事なくらい慌てた。

まだだ、事故に遭った自分の体を確かめてない。

橘さんが両手を振って俺を宥めてくる。

「どうどう、大丈夫だって。まあノルマこなせなきやこのままあの世いきだけどさ、とりあえず仮死状態で入院だから」

ある一定の期間が過ぎるまでは無事、それは対象者の命が尽きるまで。


「なるほど、あれ、でもこれって普通にすごく凄い人外の摩訶不思議パワーが最初ですよね、まさかっ神!?」

「さあな、なんか代々つぎのやつに引き継ぎで起源は大昔、誰も知らないらしいぞ」

「じゃあ橘さんが僕のところに来たのも」

深く頷きベンチに背を預け、先輩コレクターは三本指を横向きに俺を指した。

「そう、次は君の番。そして代々初めはサポーターとして手解き致します」

その様があまりにも売れっ子モデルかナンバーワンカリスマホストのようで。


「橘さんって、モテたでしょう?」

期限つき九割死人ならスラスラ聞けた。

それこそ、世の女性たちが蕩けると表現しそうな甘い微笑みで彼は言い切る。

「たじゃない、今もこれからもだ。勝手に過去形にすんなよ少年」

キマリ過ぎのさりげなさで、花を優しく育てて包むだろう長くて綺麗な指先が、俺の額をデコピンした。


幽霊なのだ、いま。

なのに橘さんの全体からは仄かに花の香りがする、記憶が起こす錯覚だろうと片付けられたが。


「さて、これからは優司でいいな」

「なんでも、お任せします」

基本人間嫌いな俺がここまで早く慣れたのは、彼の人柄かゴーストだからか。

了承をとり、いまだ制服姿の俺に、橘さんは手解きの第一章を開始する。

そのお題は。


「人を知るにはまず己を知れ、優二、お前はこれからいろいろなところへ行く。その前に自分の周りから納得して離れられる準備をするんだ。ここでぶちまけたいこと、溜め込んでんならどうせ見えても聞こえてもねえ、全部吐き出しちまえ」


硬直した、俺にとってそれは究極の難題だった。









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