奴隷と交わした契り
塊 三郎
第1話 賑わい
今日の晩御飯は何だろう
彼は能天気な想像に浸っていたところだった
玄関のドアが開き父親が帰ってきた。
「今帰ったぞアイト」
父親は嬉しそうにそう言った
「なんで嬉しそうなんだよ気持ち悪りぃな」
「いい報告があるんだよ。きっとお前も喜ぶ報告だ」
「?」
「おーい、入っていいぞ」
玄関の方を見ると、そこには誰かが立っていた。
若い女性というよりは女の子という表現の方が妥当かという風貌だ。彼より年下か同い年くらいの女の子が家の玄関に立っている。
「お客さん?親父が女の客を連れてくるなんて珍しいね」
「違うぞ。お客さんではなくて奴隷だ」
「え?」
「だから奴隷だって。今日奴隷市場で買ってきたんだよ」
彼は耳を疑った。彼の父親は計画性がなく、すぐに無駄な買い物をする人間だ。ついこの前も、安いことを理由に大量に魚を買ってきた。二人暮らしの彼の家にはとても消費できる量ではなかった。長持ちする食料ならまだしも、生鮮食品を大量に買ってくるバカである。結局食べきれず、腐る前に知り合いの家にわざわざあげに行くハメにっなった。そんな彼の父親が今度は奴隷、つまり人間を買ってきた。
「何考えてるんだよ。なんで奴隷なんて」
「なんだ、もっと嬉しそうにすると思ってたのに。我が家に可愛い女の子がやってきたんだぞ」
「そういうことじゃなくて、なんで奴隷なんて買ってきたんだよ。うちの家に必要ないだろ」
「そう思うだろ?でも違うんだよ。実は来週から仕事が忙しくなって、帰れなくなる日が増えるんだ。お前ろくに家事もできないから、家事をしてくれる人が必要だろ?だから奴隷を買ってきたんだよ」
「いや、でもなんで奴隷なんだよ」
「忙しくなると同時に給料も増えるんだ。もう少しいい生活を送っていくには必要だろ。忙しいのは一過性ではないんだ。それにお前だって俺がしばらく家に帰れないのは寂しいだろ?」
彼はもう訳が分からなくなっていた。奴隷、つまり召使いのような存在が増えるという状況に彼は戸惑っていた。なにせ彼は人見知りな性格なので、来週から見ず知らずの女の子と二人っきりだなんて。
「やだよ。俺が人見知りなの知ってるだろ?しかも女と話したことなんてほとんどないのに」
「大丈夫だよ。忙しくなるのは来週からなんだから、それまでに仲良くなれるさ。さぁ玄関に突っ立ってないでこっちに来てくれ」
玄関に立っていた彼女は彼の父親に言われてようやく、彼らの前に来た。
「‥‥」
が、彼女は言葉を発してはくれない。緊張しているというよりはむしろ、怯えているように見える様子だった。無理もないだろう。なにせ、奴隷としてこの家に来たのだから。
「えっと‥まずは軽く自己紹介しようか」
「は、はい‥エレナといいます。17歳です。」
力なき声であった。顔色を伺う限り、あきらかに元気はない様子である。
「まぁ奴隷として君を連れてきたわけだが、俺は家事を手伝ってほしいだけなんだ。もっと気を楽にしてくれ。息子のアイトは家事なんてなに1つできないやつだからよろしく頼むよエレナちゃん」
「おい、そこまで言わなくてもいいだろ」
「事実だろ。そんなことよりお前も自己紹介しろ」
「ったく、わかってるよ」
彼は渋々自己紹介を始めた。
「えっと‥名前はアイトです。18歳です。よ、よろしく」
「さぁ、飯にしようか」
見ず知らずの人といきなり夕食を過ごすのは、彼にとってはとても苦痛だろう。彼は非常に機嫌を悪くしていた。
夕食後アイトは自室に入った。
「はぁ‥ 親父に対してこんなにも殺意を抱いたのは久々だな。明日からは親父が帰ってくるまではあの女、エレナとかいうやつと二人っきりか。気まずいなぁ。少しくらい会話できるようになっておかなきゃまずいな。でもどうやって‥」
彼はしばらく考えた。女と会話する方法を。しかし名案など簡単には思いつくはずもなかった。
「ああ、もう知らん!どーにでもなれ」
アイトはシャワーを浴びて寝ることにした。
一方そのころアイトの父親リュウトは
「エレナちゃん、アイトは人付き合いがあまり得意じゃないんだ。できるだけ君から声をかけてやってくれたら嬉しい」
「は、はい。できるだけ頑張りたいとおもいます」
エレナはリュウトと会話していて、少しだけ緊張と不安が和らいできた様子だった。
「リュウトさん、アイトさんは普段なにをしているんですか?」
「そういえば、何してるんだろ。すまんが俺にもよくわからん。あいつはつい最近、学校を卒業して、いまは職をようやく見つけて来月あたりから働き始めるとこなんだ。だから、今は家でゴロゴロしてるんだと思う。まぁ明日あいつを監視してればわかるさ」
リュウトはふと時計を見た。
「やばい。もう12時前じゃないか。明日も早いのに。今から風呂を沸かす時間もないし、今日はシャワーだけでいいか。エレナちゃん、今日はシャワーだけでもいいかい?」
「あ、気にしないでください」
リュウトは足早に風呂場に向かった。
「はぁ‥大丈夫かな明日から。アイトさんと仲良くできるかなぁ」
エレナもまた、アイトと同じようなことを考えていた。
「気にしてもしょうがないよね。明日になればきっとどうにかなるよね」
こうして彼らの一日は終わった。
「‥‥眠れないなぁ」
エレナはなかなか睡眠に入ることができなかった。枕が変わったから眠れないというわけではなく、単に自分の過去の記憶を思い返していたからだ。
エレナはごく普通の女の子だった。しかし、幼い頃に母親が他界。その数年後に父親は若い女性と再婚し子供も生まれた。そうなると、再婚相手の女性は実の子ではないエレナに非常に厳しく、父親もエレナのことをあまり見向きしなくなった。エレナはその状況に耐えきれなかったため、母方の祖母の家に世話になることになった。祖母はエレナを歓迎した。しばらく祖母と普通に暮らしていたが、祖母も病気で他界してしまった。居場所がなくなったエレナはしばらく街を徘徊していた。その時、奴隷市場に辿り着きそこで身を引き取ってもらうことにしたのだ。そして現在の状況に至る。
「なんだか私がいるとみんなが不幸になる気がする。
私って誰からも必要とされたことないなぁ」
こんなことを考えていると、いつのまにか目に涙を浮かべていた。自分は誰からも必要とされてない。そのようなネガティブな考えしかエレナはできなかった。その夜は静かに一人で泣いていた。
〜翌日〜
エレナは目を覚ますと、天井がいつもと違うことに驚いた。
「そうだ、私はこの家に奴隷として来たのよ」
とりあえずリビングに向かった。リュウトは仕事に出かけたようだ。アイトはまだ夢の中のようだ。
「とりあえず家の中を一通りみてみようかな」
この家は二階建て、部屋はリビングを除いて4つほどの民家であまり広くはない。
家を散策していると、最後にアイトの部屋に辿り着いた。
「勝手に入ってもいいよね」
18歳の健全な男の子が寝ている部屋になんの躊躇もなく、足を踏み入れてしまった。部屋は少し散らかり気味で、いかにも男の部屋という印象を受けたエレナだった。
「汚いなぁ」
つい本音が出てしまった。彼の部屋に足を踏み入れたエレナは誤って、たくさん積んであった本を倒してしまった。
すると、物音に反応したアイトが起きてしまった。
「ん、‥ん?おい何してんだよ!」
「あっ ご、ごめんなさい!すぐにでていくますから」
慌てて部屋を飛び出した。しばらくリビングでおとなしくしていよう。
数分後アイトが部屋から出てきた。
「お、おはよう」
「あっおはようございます」
「あ、あのさちょっと聞いてもいいかな?」
「は、はい。なんでしょうか」
「なんでさっき俺の部屋にいたのさ」
「気になってたからです」
「気になってた?」
「はい。だってこれから1つ屋根の下で一緒に暮らしていくんですよ?そりゃどんな感じで寝てるのかとか、何が好きなのかとか、どんなパンツはいてるのかとか、色々気になりますよ」
アイトは少し引いてしまった。
「最後のはよくわからんが、要するに俺のことが気になってたって事か」
「はいそうです!」
エレナは力強く答えた。
「気にしてくれることはありがたいけど、できれば勝手に部屋に入るのはやめてくれ」
「どうしてですか?」
「どうしてって、そりゃあれだよ。男の部屋には女の子にはあまり見られたくないものがたくさんあるんだよ。例えば‥‥‥やっぱやめとく」
「なんでやめるんですか?」
「もういい。これ以上その話を広げないでくれ」
エレナは少し不満そうな顔をした。
しかし、このやり取りのおかげで少し彼らの距離が縮まった。リュウトが帰ってくるまで彼らは他愛もない会話をしたり、エレナはアイトに昼食を作ってあげりした。
そしてリュウトが帰ってきた。
「ただいまー。お前ら仲良くしてるか?」
「まぁまぁ仲良くやってるよ」
「おお〜、そりゃよかったよ。お前が女の子と仲良くしてるなんて、これはたまげたなぁ」
「自分でも驚いてるよ。なんだかエレナと話してると少し楽しいんだ」
アイトは数年前に母が事故で亡くなって以降元気のない少年だったが、今は少しだけ、成長したようだ。
リュウトはそれが嬉しくて仕方なかった。
「これなら、俺がしばらく家に帰れなくても安心だ」
こんな明るい日々が続くと思っていた。
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