2話目 異世界召喚(回想)

 返す返すも悔やまれるのは、ひと月前のあの日のこと。それは雄太がこの世界に来た日のことだ。





 あの時もっと気を付けていれば、こんなひどい所に飛ばされずに済んだし、こんなひどい目に合うこともなかった。悔やんでも悔やみきれない……まあ、気を付けると言っても気を付けようがなかった訳だが。





 ひと月前のあの日の朝、雄太は興奮気味の気持ちを抑えるように速足で高校に登校していた。いそいそと下駄箱でクツを履き替え、教室へ向かう。





──やってやる。今日こそやってやる!





 決意は固かった。はやる気持ちで頬が上気する。廊下を歩く足を更に速める。





──今日から俺は人気者になってやるんだ!





 心の中でガッツポーズばりにこぶしを握り締めた。





 山田雄太はクラスのヒララルキーにおいて、特段下位に位置する存在という訳ではない。アニオタ、ゲーオタということは上手くオブラートに包見込み、女子からの汚物を見るような目だけはギリギリのところで避けている状態ではあるが、普段つるんでいる男子グループはクラスヒエラルキー第三位という位置にあり、待遇が不遇ということはないにはないが、いかんせん影が薄い。あまりの影の薄さに、陰ではトレンディエンジェルとか、アデランスとか変なあだ名をつけられているんじゃないかと気が気ではなかった。





 そんな灰色というか、ベージュというか、記憶にも残らない高校生活にピリオドを打つべく、この日の決意があった訳だ。





 雄太はやるつもりだった。普段あまりバラエティ番組を見ない雄太が唯一敬愛する人気タレントの爆笑必至のモノマネを。ドッカンドッカン笑いを欲しいままにするその姿に憧れ、心の兄貴と称するほど雄太はそのどさんこタレントを尊敬していた。





 そんな彼の十八番『Man In The Mirror』。





 雄太には勝算があった。確固たる自信があった。約一か月この日のために寝る間も惜しみ、勉強する時間も惜しんで練習に励んだ。テストの成績はがっつり落ちたが、マイケルになりきることができるようになった。そして、兄貴にも。





 ──今、全身全霊をもって俺は叫ぶ! 俺はマイケルだ! ダメ人間なんかじゃない! 自分がクラスの人気者になり、男女問わずちやほやされる未来が目に見える!





 そして教室の扉を勢いよく開け、雄太はマイケルとなった。





「フォーッ! フォーッ! フォーーッ!!」





 しかして、扉の先は異世界だった。





 立っていたのは中世の小さな村の中央広場にといったような場所で、村人総出で今まさに『勇者召喚』の儀を執り行っていたところらしい。





 急に現れたと思ったら、通常人間が生きてる間には決してしないであろうカッコイイポーズをビシッとキメ、フォーフォー奇声を上げだした少年に、村人たちは恐怖に恐れおののく者半分、状況に追いつけずにアルカイックスマイルのような、微妙な乾いた笑いを浮かべてしまう物が半分と言ったところだった。





 雄太はというと、かつてないパフォーマンスの出来に、会心の手ごたえを感じていた。





 ざわざわとするばかりのオーディエンスに、





──なんだあ? 俺の完璧な『Man In The Mirror』にみんな見惚れてしまって声もでないかあ?





 なんて勘違いも甚だしいことを思いながらゆっくりと瞼をあけると、しかしてそこは見知らぬ異世界だった。





 無言で見つめる村人たちと、放心する針のむしろである雄太。





 凍りついた時の中、やがて雄太はつぶやいた。





「え、えぇー……」

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