春場所・二日目【放送】

『3年1組木暮陽子さん、校長室まで来てください。くり返します、3年1組木暮…』


 月曜日の朝、眠そうな顔で登校する生徒たちに混ざって、校門前の電柱にテッポウしているしきりちゃんがぼくを見つけて手を振っている。

「おはよ、マエミツくん!今の放送、木暮先輩だよね?」

「しきりちゃん、電柱にテッポウは禁止だよ」

「そうなの?書いてなかったから」

「本場所や巡業地で見かける『テッポウ禁止』の貼り紙は普通、街中にはないよ」

「アタシん家、あちこちに貼ってあるから…。今朝時間なかったから登校しながら稽古しちゃえばいいかと思って」

 東十両さんの家には貼り紙あるだろうね。元関取の実家だし。しかし、登校しながら稽古って、すり足したり、四股踏んだりしてきたのかな?なまじ可愛いだけに、すごい目立つな…。


「あ、放送のことね?こんな朝早くから何だろうね」

「アタシらの事かな?西強山が相撲部に反対してるのに協力してるから」

「違うと思うよ。一ヶ月限定で部員集めさせてもらえてるのは木暮先輩のアイデアなんだし。アレじゃない?ハードルのなんとか君が全国大会行く費用がどうのって前に校長室で話してたよね?あと、シコ名じゃなくて、校長先生って呼びなよ」

「忙しいもんね、木暮先輩」

聞いてる?しきりちゃん…。

やれやれといった表情のぼくの肩越しに、軽〜いノリの声が聞こえた。

「よっ。朝から事務連絡かぁい?ボクも混ぜてよ」

「三段目くん…ふつうに会話してるだけだけど、もし事務連絡なら君は混ぜないよ」

「なぜだい?ボクは入部希望者だよ?」

「一年生はまだ募集してないんだよタコ」

「ハハハ、タコじゃないよ!プリンスって呼んでくれよ」

 三段目 翔は同じクラスの男子。かなり軽いチャラい男子だ。中学時代、軟式テニスで活躍したらしい。それがなぜだか、しきりちゃんに興味を持ったらしく、勝手につきまとっている。


「事務連絡じゃないよね?鉄砲とかスリとか言ってたし。なんだか物騒だねぇ」

「テッポウ…相撲の稽古のひとつ。張り手の稽古のこと。太い柱に向かって張り手をする、その柱を『テッポウ柱』と呼ぶ。すり足…相撲の最も基本的な動作のひとつ。地面から足を浮かさずに前に進むこと」

「へー。解説サンキュー。あ、もしかして相撲部に入ったらオレもやるわけ?ま、プリンスには必要ないトレーニングかなぁ」

 ホントに相撲部に入る気なんだ?この学校にはテニス部ももちろんあるし、彼なら勧誘されれば喜んで入部しそうなのに。そんなにしきりちゃんが気になるのか三段目 翔!

「はーっ、アンタどうしようもないわね。すり足もできずに相撲の何ができるってのよ!アタシに胸出して欲しかったらひとりで股割りやってからね!」

「ヒョー、キミが胸を⁉︎股なら割る割る!」

「三段目くん?胸を出すってのは格下の稽古相手になってやるってこと。股割りは前屈のことだよ?」

「はぁ?なんだそれつまんねぇ」

「そもそもキミ、テニス得意なんだろう?テニス部に入ればいいじゃないか?」

「へっへー、残念でしたぁ。オレがやってたのは『軟式テニス』なの。この高校に『軟式』ないからさー。オレ、硬いのニガテなんだよねぇー」

 文字通り、軟派な野郎だなコイツ。

「どうするの?しきりちゃん。コイツ入れるの?」

「来るものは拒まず、よ。名字は格下だけど、名前は横綱だしね」

「あ、白鵬 !」


 ぼくらがそんな他愛もない会話をしていると、いつのまにか周りはすっかり部活の勧誘の行列に取り囲まれていた。

 今日から新入生の部活動の参加が認められている。どの部も、有能な人材を確保するため、あるいは部は存続のため、登校してくる生徒にアピールするため、朝から大勢で校門の周りを陣取っていた。

「あ!演劇部だ!古堂宮さんもいる!」

 しきりちゃんが駆け出す。

 古堂宮さんは演劇部のマネージャーで、マネ連のミーティングでぼくらと知り合った。

「おはようございます。演劇部も勧誘とかするんですね。興味のある人が自然と集まるのかと思ってました」

「ここは土俵高校だ。旅の者よ」

 …相変わらず、会話の成り立たない人だなぁ、

「この間はお世話になりました。また水曜日にマネ連ありますよね?よろしくお願いしますね」

「ここは土俵高校だ。旅の者よ」

「ずいぶん賑やかですねぇ。新入生が加入しなかった部活って、活動できないんですよね?」

「ここは土俵高校だ。旅の者よ」

「ごめんなさいねぇ。古堂宮ちゃん、今日は村人のNPCになってるから〜」

「え、えぬぴー、何ですかそれ?」

「オレは三段目 翔!よろしくなー」

 すごいなコイツの順応性は。

「ところでアナタたち、相撲部作るんですって?昼休みにでも演劇部にいらっしゃい。ちょっと話しておきたいことがあるの」

「相撲のことッスか?」

「『彼女の頭の中には相撲のことしかないのだろうか。話があると聞いて即相撲と決めつけるのは人としてどうかと思う三段目 翔だった』」

「は?」

「あ、気にしないで。彼女は演劇部で主にナレーターをしてる子なの。常にナレーションの練習中なのよ」

「…いろんな意味ですごいですね演劇部」

「でも、正解よアナタ。相撲のことで話しておかなきゃいけないことがあるのよ」

 演劇部で相撲の相談…

 そして早朝から校長室に呼び出された木暮先輩…


 荒れる春場所の予感です。



 つづく

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