ゆきのねこ
こうえつ
婆ちゃんとゆき
幼い頃の僕はいつも婆ちゃんと一緒に寝ていた。
雪の多い町の真冬深夜の室温はマイナス十度以下まで下がる。
婆ちゃんの家にはたくさんの猫がいて、その一匹は色が真っ白なことから
「ユキ」と呼ばれていた。
農家の猫はペットではない。
味噌汁をかけたご飯に鰹節や煮干しをのっけるだけの食事。
猫たちは甘えるでもなく、不満があるわけでもなく、出された食事を食べる。
そして自由に外に出て行く。
婆ちゃんの家に住んでいた十二匹の猫は、雪が降り積もる季節になると、アンカコタツを作ってもらい、寒くなく眠れるようにしてもらう。何の束縛も無く、猫たちは自由気ままに暮らしていた。家の人以外に懐く事もないし、人に頭を撫でられる事も無かった。
ユキは群れない猫だった。
真冬の夜、他の猫は暖かいアンカコタツに集まって眠るが、ユキは婆ちゃんの布団に丸くなって眠る。婆ちゃんに自分の重さが伝わらないように、婆ちゃんの布団の端っこに丸まっている。
「こんな寒いのに、なんで婆ちゃんの所に来るのかな?」
夜中に目が覚めた僕がユキを見ると、瞳を薄く開けてユキもこちらを見ている。ユキの光る瞳と、その雪のような真っ白な身体が暗い部屋にうっすらと浮かぶ。何か意志が有りそうな佇まいが、幼い僕に不思議な感情を与える。
神秘的で少し怖いもの……ブルっと震えた僕は、重くて湿っぽい綿布団を頭から被る。そしてだんだんと眠くなった……。
朝起きると、婆ちゃんはとっくに畑仕事に出ていた。幼い僕の枕元には、大きな、大きな、おにぎりがあった。
婆ちゃんが握ってくれるおにぎりの味付けは味噌だけ。具なんか入ってないし、海苔も巻かれていない。でもその美味しいこと! ぬか漬けの床を毎日かき回す、婆ちゃんのしわくちゃの手は、その手自身がおにぎりに味をつけている。
大人になって何でも食べられるようになった今でも、婆ちゃんのおにぎりより美味しいものは食べたことが無い。
おにぎりを食べ終え、ふと布団の横を見ると、今まで見た事が無い奇妙な物が置いてある。なんだろう? 丸くて何かの塊。ぺちゃぺちゃと濡れている。
「何かの肉かな?」
よく見てみると翼がある……それはなぶられた雀だった。
僕がビックリしていると、部屋の入り口にユキが立っていた。
「こ、これって、もしかして、婆ちゃんへのお土産なの?」
僕の問いに「おまえには関係ない」とでも言いたそうな態度で、ユキは向こうへ行ってしまった。
それから意識して見ていると、婆ちゃんの側には必ずユキがいるのが分かった。ジッと婆ちゃんの側にいるわけではなく、通りかかったり、周りを廻ったりするだけで、一定の範囲には入ってこない。婆ちゃんもユキを呼んだり、撫でたりする事はなかった。それが二人には、あたり前の事のようだった。
雪が朝から降り続く本当に寒い日、真夜中に目が覚めた。ふと見ると、ユキが居ない。夜に目が覚めて、ユキが居なかったのは初めてだった。
「おかしいな……ユキはどこ? トイレかな」
不思議に思っていた時に、ユキは静かに部屋に戻ってきた。そして何事もなかったように、婆ちゃんの布団の隅で丸くなる。いつもと同じユキの様子に、僕も安心して眠くなった……。
朝、僕が目を覚ました時、隣の部屋から婆ちゃんの声がした。婆ちゃんがユキに向かって何かを話している。
「ユキ、おまえは自分の子供を置いて婆の所に来たらダメだ」
寒かった昨日の夜に、ユキは自分の子供を産んだ。そして、いつものように婆ちゃんの所に来てしまった。母猫がいなくなって、六匹の産まれたばかりの子猫は凍死してしまったのだ。
ユキは黙って婆ちゃんの顔を見ている。婆ちゃんは、それ以上何も言わず、ユキの頭を撫でた。
それから、二階に上がった婆ちゃんは、ユキの子猫を集めて箱に入れた。そしてゆっくりと歩き出した。長い間働き続けた身体は腰が曲がり、リュウマチで脚を引きずっている。ユキは少し離れて婆ちゃんについていく。
小さいが流れの強い川のほとりに、二人は立ち、上を見上げる。雪は止み、青い空が見えていた……。
それからも、ユキは婆ちゃんの布団の端で丸くなっていた。ユキが甘える事も、婆ちゃんが特別なにかする事もない。ユキは年を経ても、真っ白な綺麗な猫のままだった。婆ちゃんと僕が一緒に眠らなくなっても、二人の関係は続いた。
ユキの寿命が尽きるまで……。
ゆきのねこ こうえつ @pancoo
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