第232話 戦後処理

 適切な応急措置を施され、神域の島へと後送されたユリウスは辛うじて一命をとりとめた。

 しかし、貫通した剣が脊椎を損傷させており、右足が麻痺したままという後遺症を得てしまった。脊椎が剣を逸らしたお陰で、主要な臓器が無事だったとも言えるため、一概に不運とも言いがたかった。

 本人は命があっただけでも儲けものだと割り切っており、王を助けられた上に王都奪還も為せたのだから十分だとさえ言っていた。

 右足が麻痺したとは言え、杖さえあれば歩行に支障がないため、『地妖精の都アスガルド』の地上にある医療班が詰める診療所で王と共に静養することとなった。

 暇を持て余している二人を見かねて、いくつかのテーブルゲームを勧めたところ、チェスにどっぷりハマってしまい、延々二人で腕を磨き合っているようだった。

 言葉が通じる相手が俺しかいないため、見舞いに行く度に勝負を挑まれ、基本的なルールしか知らない俺では勝てなくなりつつあった。


 王都ではアンテ伯と法王主導の下、復興が進められている。

 多くの有力貴族が命を落とし、また屋敷に閉じこもって日和見を決め込んだ貴族達が大きく発言権を落としたことで、貴族達の勢力図が一変してしまっていた。

 あらゆる物資が不足するため、フラウド商会が流通を一手に握ってのし上がっていた。近隣の領地は何処も食料が不足しており、とても王都に売るような余裕がない中、フラウド商会のみが潤沢な食料を供給する。

 既得権益を握る大商人たちも黙っていなかったのだが、彼らの後援者たる有力貴族達は軒並み失脚しており、王の名代となったアンテ伯の御用商会であるフラウド商会に逆らえる者はいなかった。


 俺が地下食糧庫に閉じ込め無力化した『人狼』達は、殆どが人間に戻ることが出来ず処刑された。『人狼』化が軽度であったものは、楽園教の司祭達で治療が可能であった。

 しかし治療と言っても根絶出来ているかは非常に怪しい。『人狼』化は感覚器が犬科のそれに準ずるほどに鋭敏になるため、脳や神経系が重点的に置き換わる。

 彼らにプラジカンテルを投与しようものなら、神経系に異常を来たし最悪脳死する可能性すらあった。楽園教の治療で症状が抑えられるのなら、それ以上は望むべくもないのだ。

 難を逃れた人々や、回復した人達から事情を聴きだすと、その感染経路が徐々に浮き彫りとなった。それは聖餐式に供される聖餅せいべいやワインであったり、魔術による治療の際に使用される薬品だったりと、教会を起点に広まっていた。

 このことから『人狼』化してはいないものの、潜在的な感染者となっている人々は相当数に上るということが予測される。何をトリガーに『人狼』化が発症するのか判らないため、彼らの存在は長期的な脅威として残り続けるだろう。

 また魔術による治療を受ける事が出来たのは富裕層に限られ、聖餅やワイン経由の発症は貧民に多かった。これは恐らく普段から食に事欠き、胃酸の分泌が少ない貧民が感染し易かったのだろう。

 社会構造の上層と下層が減り、中間層へと富の再配分が為される。王都の人々は否応なしに経済的激動の時代を迎えることになるだろう。


 一方、俺たちは『神樹アールボル・サークラ』の根元に埋まるという『神龍珠』の調査を許可して貰う代わりに復興を支援し、神域の島から余剰物資をフラウド商会に卸したり、アンテ伯領の余剰食糧を王都に運んだりしていた。

 皮肉にも人口が激減した事が幸いして、食料不足が緩和されると、次は復興に向けて人手が必要となった。とは言え、すぐに人手が増える訳もなく、近隣領地で食い詰めている人々を募り、公共事業として王都復興が始まっていた。

 法王自身が復興に尽力しているため、楽園教の影響力がかげる事は無かったが、王都を襲った悲劇の首謀者として、グレゴリウス枢機卿と宰相とが『人類の敵』として民にまで広く告知された。

 彼らは楽園教の本山たる聖地を抱える宰相の領地に潜伏しているとされ、王都の貴族達は王の派閥に入るのか、一発逆転を狙って宰相にくみするのか、誰もが勝ち馬に乗ろうと躍起になっていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「シュウちゃん、お帰りなさい!」


 『カローン』へと近づく俺を目ざとく見つけたサテラが、真っすぐこちらへと駆け寄ってくる。教師役を務めてくれているハルさんへと手を振り返しつつ、サテラの突撃に備える。

 体重差から彼女が怪我をしないよう、勢いを殺しつつ柔らかく受け止めて横抱きにして支える。俗に言うお姫様抱っこという奴だ。


「ただいま。サテラは勉強していたのかい?」


「うん! 見て見て!」


 腕から飛び降りたサテラが、俺の手を引いてテーブルへと誘う。

 広げられたテキストには英語と数式が踊り、数学の課題であるということが理解できる。

 ドク曰く、サテラは相当頭が良いらしく、既に高等数学の領域へと踏み込みつつあった。


「え!? もう積分をやっているのか……この調子じゃサテラに教えてあげられる事は少なそうだなあ」


 俺がそう呟いていると、ハルさんが苦笑交じりに話してくれる。


「お疲れ様です、シュウ先輩。サテラちゃんは理数系は凄いんですけど、文系教科がちょっと……」


 そうなの? とサテラに目線で問いかけると、ぷいっと高速で目を逸らされた。


「歴史とか退屈で面白くないんだもん……日本語は何で3種類も表記法があるの?」


 なるほど、興味を持つ段階に至っていないという訳か。それじゃあ俺の学習意欲の原点をサテラに紹介して、興味を惹けるか試してみよう。


「サテラは僕が寝る前に読んであげていた『日本むかしばなし』が好きだったよね? あれって歴史上の人物をテーマにしたものもあるんだ。例えば『きんたろう』は、坂田さかたの金時きんときだね。のちの鬼退治で活躍するみなもとの頼光よりみつと一緒に戦ったんだよ」


「ええーっ!! じゃあ桃太郎も居たの? 鬼ヶ島って本当にあるの?」


「全部が全部史実には基づいていないけれど、桃太郎にもモデルがあったとされる説があるね。瀬戸内海に浮かぶ女木島が鬼ヶ島だって言う話があるんだよ」


「へー! 面白いね。ねえねえ、シュウちゃん。何で鬼は悪い事するの? 『泣いた赤鬼』とか、良い鬼のお話もあるのに……」


「鬼もね色んな説があって、昔の日本人って背も低くて痩せっぽちだったんだ。それで海外から船が難破したりして流れ着いた外国人が鬼に見えたって話もあるんだよ。サテラから見たらアベルは凄く大きくって見た目も怖いでしょ?」


「サテラはチーフが好きだよ! 大きいけど優しいし、楽器も教えてくれるもん」


 俺はサテラの頭を撫でながら微笑ましく思って語り掛ける。


「そうだね。言葉が通じて解り合えれば良い人だって知ることができるよね。でも、言葉が通じなかったらどうかな? 例えばその人はお腹が減っていて怒っていたりしたら、仲良くなれるかな?」


 サテラは悲しそうに首を振る。言葉が通じ合っていても、他人を理解するのは難しい。ましてや文化も言葉も違えば、そのハードルは一気に跳ね上がる。


「過去にそう言う悲劇があったから、歴史を教えて自分達の子供たちはせめて失敗しないようにしようとするんだ。言葉が通じたら避けられた争いもあったかも知れないから、外国の言葉を学んだりするんだよ」


「色んな人と仲良くなるために勉強するの?」


「それもあるけど、知識は人生を豊かにしてくれるって僕は信じている。サテラの人生が素敵なものであってほしいから、勉強を推奨するんだよ。勉強がサテラにとって苦痛でしかないなら、別にしなくても良いって思っている」


「ううん、勉強は嫌いじゃない。歴史は何でそんな事を知る必要があるか判らなかったから、面白くなかったの。言葉は例外ばっかりで、答えがはっきりしないから…… でも、ハルちゃんみたいに色んな人と話せるのは素敵だと思うからがんばる!」


 学習意欲を持ってくれたことを嬉しく思ってほほ笑んでいると、サテラから急に質問が飛んできた。


「昔話の鬼は何で嫌われてたのかな? 大きくて乱暴だったから?」


「うーん。色々あると思うけど、鬼は流れ着いた外国人だったと仮定して話をするね。食べ物に困った彼らは食べ物を探して人里を見つけるとするよね?

 で、里の人に困っているからご飯を分けて欲しいって頼むんだけど、見た目で怖がられて言葉も通じない。

 多分着の身着のままだっただろうから、頭髪や目の色も違って里の人達は怖かったんだと思うんだ。それで暴力で追い払ったんだと思う。

 そうすると彼らもお腹が空いて苦しい上に交渉の余地もないから非常手段に出るよね? 後はお互い暴力を振るう悲しい結果しか生まないよね。

 自分達と見た目が違うって言うのは、いつの時代も迫害の対象になるんだよ。僕も王都の人達から怖がられているしね……」


「シュウちゃんは怖くないよ!」


 自分の事のように怒ってくれるサテラを嬉しく思いつつ、言葉を重ねる。


「それはサテラが僕の事を良く知ってくれているからだよ。やっぱり角が生えていたり、目が真っ黒だったりすると怖いんだろうね。力も他の人と比べると強いし、僕が怒ったら何をされるか判んないって思って怖くなるんだと思う」


「シュウちゃんが怒ってるところなんて想像できないよ……」


 サテラがそう言うと、ハルさんもこくこくと頷いている。実は意外に喧嘩早いところがあるんだけど、それは秘密にしておいた方が良さそうだ。


「チームの皆やハルさん、サテラは姿が変わっても受け入れてくれたけど、地球に残してきた両親や親友が同じように受け入れてくれるか判らないから少し怖いな」


 望郷の念は常にあるのだが、変化してしまった自分を拒絶されるのではないかと言う恐れが消えないのも事実だった。

 地球への帰還を目標に活動しており、それも大詰めに入っている。果たして自分は地球に帰りたいのか、そう思って黙っていると。


「シュウちゃんの家族だもん、大丈夫だよ。ダメだったら私がシュウちゃんのお母さんになるよ! 私だけは絶対に嫌いにならないもん!」


 サテラがそう言って、背伸びをしながら俺がしたように髪を撫でてくれる。突飛な発想に驚くが、女の子特有の包み込むような優しさを身に着けてくれていることを知って嬉しくなった。


「大丈夫ですよ、シュウ先輩。私もついていますし、ご両親はきっとわかって下さいます。見た目が少し変わっても、中身は変わってないってわかって下さいますよ」


 そう言ってハルさんがほほ笑んでくれる。そうだ、俺は苦楽を共にした得難い仲間と新しい家族を手に入れた。

 地球へと帰る事を恐れる必要などない。迷わず只管に邁進すれば良いと思い至って二人に感謝する。


「ありがとう二人とも。そうだね、家族を信じないってのはダメだったね。そう言えば、もう一人の娘は何処に行ったのかな?」


「えーと、いつも通りウィルマさんと一緒に出掛けています。お夕飯前には戻るって話でしたよ」


 スカーレットも異質な外見だが、とにかく美しいため忌避されることは少ない。

 俺は美人を待ちつつ、心から愛する家族とゆっくり過ごせる時間を満喫していた。

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