第231話 王城奪還作戦04

 振り下ろされた斧が頚骨を断ち、胴体から切り離された頭部が地面を転がった。

 ユリウスは血の尾を引いて転がった頭部に一瞥をくれると、来訪者達に渡された通信機に話かける。


「聞こえるか? 玉座にてアマデウス・マラキアを倒した。グレゴリウス枢機卿とフレデリクス元司教の姿は見えない、使用人達が虜囚になっているので人を送ってくれ」


「聞こえています。ユリウス様は大丈夫ですか? 間もなくアベル達がそちらに合流しますので、暫くそこでお待ちください」


 通信機から聞こえてくる高い女性の声に頷いた後、声だけで姿は見えないのだと思い至り、声に出して返事をする。


「多少怪我を負ったが、大丈夫だ。恐らく隠し通路があるはずだ、これからそれを――」


 言い終える前に腹部から刃が生えた。灼熱を思わせる激痛が走り、口腔内に血液が溢れてくる。

 目線を下げると、背後から剣が貫通して腹から覗いていた。激痛と出血で足がふらつき、前のめりに倒れるようにして転がり、痛みを堪えて背後を振り返った。

 そこには頭部だけとなったアマデウスが、首から触手で出来た四肢を生やし、こちらに何かを投擲する恰好で立っていた。

 投擲されたアマデウスの剣が己を貫いたのだと悟り、首を切断しても死なない『吸血鬼』に戦慄する。

 物音と己の苦鳴くめいを通信機が拾い、オペレータの少女が安否を確認してくる。


「ユリウス様! 大丈夫ですか!? チーフ! 緊急事態です、玉座の間へ急行願います!」


 アマデウスは胴体だけとなった己の体を拾い上げ、首の辺りに押し込んで同化させた。

 首を断たれた事で、胴体に残る肺に血液が溜まっており、水音混じりの濁った声で語りかけてきた。


「格上と戦う際に、何の準備もしていない訳がなかろう? あらかじめ体の一部を分離して潜ませ、聖水で互いに活性化し合っていたのだ。私は頭さえ無事ならば死ぬことはない!」


 そう言ったアマデウスの周囲を肉の鞭が覆いつくし、頭部を内部に封じた肉塊を持つ人型となった。

 漆黒の鎧を中核に、触手で出来た四肢を持ち、肉腫となった頭部を戴く化け物だ。視界など無くとも『吸血鬼』は体温を知覚できるため、迷いのない足取りでユリウスへと迫った。


「くっ…… 私は陛下の御座所を取り戻すまで死ぬわけにはいかぬ!」


 ユリウスが搾りだすように声を紡ぎ、震える足でいざるようにして距離を取ろうとした。

 大股で歩みよるアマデウスに対してユリウスの動きは亀の歩みにも等しかった。しかし、その一歩分が生死を分けた。

 轟雷の如き凄まじい音が響き、アマデウスの頭部の肉腫に大穴が穿たれる。体を後ろへと吹き飛ばされつつも振るった触手は、ユリウスの足先ギリギリの地面に刃を突き立てた。


 カルロスの『Barrett M95』による狙撃と共に室内へと飛び込んだアベルとヴィクトルが、吹き飛んだアマデウスの体へと制圧射撃を加えた。

 M4カービンライフルから吐き出される無数の鉛玉は、アマデウスの肉体を穿つものの、致命傷を負わせるには至らない。

 続いてウィルマが矢に括りつけた『M67フラググレネード』をアマデウスの鎧から伸びる下半身に打ち込み、アベルへ合図を送った。

 アベルはヴィクトルが制圧射撃を続けている隙にユリウスの体を掴み、引きずって物陰へと退避した。ヴィクトルも急いで身を隠し、グレネードの炸薬とまき散らされる破片がアマデウスを引き裂いた。


 頭部と思われた肉腫を破壊され、下半身をズタズタに引き裂かれながらも、アマデウスの勢いは止まらなかった。

 漆黒の鎧の隙間から肉色の触手を伸ばし、見る間に体を再生していく。そして漆黒の鎧の上から白骨の鎧が覆い被さり、どこから声を出しているのかくぐもった声が届く。


「今一歩のところで邪魔が入ったか! しかし、今の私は魔力が満ちている! 貴様らを皆殺しにして、奴の目の前に晒してくれよう!!」


 そう叫んだアマデウスが体を縮め、触手の表面に無数の骨片を生成しはじめた。触手がアベルの潜む物陰の付近へ叩き付けられ、触手から無数の骨片が飛び散ってユリウスを庇ったアベルの体へと突き刺さる。


「駄目です! もっと距離を取る必要があります、カルロス!!」


 ヴィクトルの叫びに再び雷鳴の如き銃声が響く。恐らく鎧の中に頭部があると当たりを付けた射撃だが、肉を穿ち、骨鎧を砕き、漆黒の鎧に軌道を逸らされて致命傷を与えられない。

 しかし、生まれた一瞬の隙を利用して、全員が扉の外へと退避することに成功した。再び鎧の上から装甲を纏い始めたアマデウスへと反撃をするのではなく、扉を閉めて距離を取った。

 そこにドクからの通信がPDAへと着信する。


「ようチーフ、お困りかい? 例のシュウのIDカードの反応が奴からしている、奴さんアレを持ち歩いているようだぜ? 一丁仕掛けるかい?」


「許可する、やれ!!」


 アベルの叫びに呼応して雷速の信号が走り、くぐもった鈍い爆音が響くと、扉の向こうで肉片や骨片、血液が周囲を叩くおぞましい音が続く。

 アマデウスが持っていた茶色い樹脂製のカードはトリアミノトリニトロベンゼンで作られている。これは極めて鈍感な低感度爆薬であり、直接火に晒そうが爆発しないが、ICチップからの信号を受信すると爆轟状態となり、TNT爆薬以上の破壊力をまき散らす。

 しかも鎧の中に隠し持ち、周囲を触手組織で覆っていたため被害は拡大した。手のひらで爆発すれば火傷で済む爆竹ですら、拳を固く握りしめて破裂させれば指を欠損する大けがとなる。

 肉と金属鎧の上から骨鎧まで纏い、更に肉を巻いた状態で、中心部が爆発すればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。


 アベルがユリウスにモルヒネと、強心剤としてアドレナリンを注射し、応急処置をしている間にヴィクトルが扉を押し開いて内部の様子を確認した。

 玉座の間は惨劇の現場と化していた。床面や壁面に白い骨片が突き刺さり、至る所に血塗れの肉片が飛び散り、それらがぴくぴくと蠢いていた。

 爆発の中心付近にあったであろう漆黒の鎧はバラバラになったのか、様々な大きさの断片が天井や壁に刺さっているのが確認できた。

 当然だが、『吸血鬼』と化したアマデウス・マラキアは息絶えた。平民が魔術武器を持つことを忌避し、主人を裏切ってまで暴走し、復讐のために人間をも捨てた、怨讐の鬼は皮肉にも敵の持ち物に倒れた。


 ヴィクトルとウィルマが室内に踏み込み、周囲を警戒しつつクリアリングをしていく。程なくして、どちらからともなく声があがった。


「クリア! 敵影なし、重傷者がいますし、ここは撤退すべきでは?」


 ヴィクトルの提案にアベルは首を振り、指示を下した。


「失血量が多すぎた。このままではたない! ドク、シュウにここの座標を送るんだ!」


「もう送ってあるぜ、すぐに到着するだろう」


「越権行為だが、良い判断だ。今回は不問とするが、一応は判断を仰げ」


 ドクの苦笑交じりの了承から程なくして、シュウがアベル達から少しずれた玉座の間に現れた。屠殺現場もかくやという惨状に仰天し、吐き気を堪えつつ振り向いて更に顔色を無くした。

 血流を確保するため、四肢の根元に止血帯を巻かれ、腹から剣を生やしたままのユリウスを目にしたからだ。


「シュウ! 説明は後だ、とにかく出血を止めないと彼は死ぬ。今からこの剣を引き抜くが、『情報層』からの支援を頼みたい!」


「うっ……、いえ! 解りました。全力を尽くします。ドク! サポートをお願いできるかな?」


「ああ! 手順はヴィクトルの時と一緒だ。焦るなよ、あと高機能栄養食レーション食っとけ」


 シュウは腰に付けたポーチからアルミ包装されたレーションを取り出し、目を瞑って口に放り込むとゴリゴリと音を立てて噛み砕き、水筒に入れた水で流し込んでいる。


「よし! データリンクを確立できた。いつでも行けるぞ!」


 ドクの声に合わせて、ヴィクトルが患部に消毒用アルコールをぶちまけ、荒っぽい消毒を施した。

 ヴィクトルとウィルマがユリウスの体を支え、アベルがユリウスの背中側に存在する剣の柄に手を掛ける。

 シュウは『情報層』のデータを流しながら、組織が復元するよう念を込め続け、膨大な量の魔力が流出するのを感知して声を張り上げた。


「チーフ、今です!」


 アベルはシュウの声と共にタイミングを計って剣を一気に引き抜いた。通常は筋肉が収縮して締め付けるため、非常に力が必要となるのだが、呆気なく抵抗すら感じずに引き抜けてしまい、勢い余って後ろへ転倒した。

 患部を縫い合わそうと付着した血液をガーゼでふき取ると、そこにはつるりとした肌が存在しており、貫通した傷など何処にも見当たらなかった。

 ヴィクトル治療時の状況を思い出し、アベルがシュウへと声を掛ける。


「シュウ! 具合は大丈夫か? ユリウスの傷は塞がった、取りあえず伯爵邸へと撤収したい」


「あ、はい。ちょっと頭がフラフラしますけど、体調に問題はありません。カルロスが居ませんけど、撤収するんですか?」


「カルロスならシュウの後ろだ。点呼は省略だ、ひとまず撤収する!」


 音もなく背後に立っていたカルロスに驚いたシュウだが、アベルの声で我に返ると自分を含めた全員を安全圏である伯爵邸へと転移させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る