第228話 王城奪還作戦01
玉座で寛ぐ枢機卿の許に、僧衣の男が駆け寄ってくる。
「グレゴリウス猊下! 大変です……アンテ伯爵邸へ派遣した騎士団が壊滅しました!」
「騒々しいなフレデリクス。そもそも、あ奴らは使い潰す予定だったであろう。予定が早まっただけではないか」
「確かに司祭達との連携を頑なに拒む難儀な連中でしたが、それ故に高い戦闘力を持ち合わせてもいたのです……」
「ふむ、まあ良い。それで、伯爵側の被害はどれほどだ? 騎士団の半数を送ったのだ、半壊ぐらいはしておろう?」
「……皆無です」
「は?」
「伯爵側の損害は皆無です。敷地内に踏み込んだ瞬間に攻撃され、屋敷に辿り着く前に全滅致しました……」
「なんだと!?
「門扉を守っていたユリウスと騎士団長が一騎打ちをし、一瞬で打ち倒されました。その後、平民の『吸血鬼』が奥の手を使いましたが……」
「使ったのか!! それでも屋敷に辿り着けぬのか…… 暴走状態の聖鎧を着た人間を倒せる敵とは何なのだ……」
「それが…… 人ではありませんでした。火を噴く筒に、
「何なのだそれは……」
「判りません…… 特に火を噴く筒は凄まじく、弓よりも遥かに遠くから目に見えぬ
枢機卿は玉座から立ち上がり、苛立たし気に歩き回りつつ大声で
「そのような相手をどうすれば良いのだ!! 簡単に倒せるのではなかったのか!!
「更に悪いことがございます……」
「この上まだあるのか!! なんだ、申してみよ!」
グレゴリウスは冷静さを失い、ヒステリックに叫ぶ。
「伯爵邸にコンスタンティヌス法王猊下及び、他の枢機卿猊下たちが居られました……」
「破滅だ…… あの必殺の包囲から逃げ延びたのか…… フレデリクス、私はどうすれば良い?」
指示を出す立場にある枢機卿が、配下に方針を訊ねる程に彼は追い詰められていた。
「まずは城を脱出し、楽園教本山を目指しましょう! あちらで戦力を増強し、
フレデリクス元司教の台詞を遮るように扉が乱暴に開かれた。漆黒の聖鎧を纏った騎士が走り込むと扉を閉ざしつつ、背後の玉座に向かって声を張り上げる。
「畏れながら申し上げます! 敵が攻めて参りました。この扉は私が死守致します! 枢機卿猊下はフレデリクス様と共に脱出を!!」
漆黒の聖騎士ことマラキア卿は、両開きの扉の取っ手に腰に佩いた剣の鞘を差し込むと、剛力で捻じ曲げて即席の閂とした。
耳を澄ますまでもなく、激しい爆発音や炒った豆が爆ぜるような乾いた音が聞こえ始める。
「猊下!! 時間がございません、お早くご決断を!」
「よし! この場は任せた! フレデリクスはついて参れ!」
グレゴリウス枢機卿とフレデリクス元司教は玉座の裏にある、王家の者のみが知るという通路より脱出を開始した。
ただ一人玉座の間に残ったマラキア卿は、胸元より一枚のカードを取り出してひとりごちた。
そこには闇を湛える左目と異形の角を持つ男が描かれていた。困ったようなハの字眉で、覇気が感じられない冴えない男だ。
「辺境伯の筆頭騎士を務めた私が、ここまで落ちぶれようとはな…… 貴様だけは必ずこの手で殺す!!」
マラキア卿はそう言うと、カードを胸に仕舞い、腰に付けた革袋に入った液体を呷り、次いで親指程の大きさの黄色い結晶片を口に放り込んで咀嚼した。
遠雷のような破裂音は近づいてきており、甲冑を纏う者特有の荒々しい足音が近づいてくるのが耳に入る。
小脇に抱えていた漆黒の兜を被り、扉に立てかけた抜き身の剣を掴むと、彼は扉を離れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ユリウスは王城の回廊を全力で駆けていた。王城へ至るまでの殆どの敵をシュウ殿一人が引き受け、王城を守る聖騎士達はアベル殿達が交戦中だ。
ユリウスは只管に首魁である簒奪者グレゴリウスを目指して疾駆する。回廊を抜け玉座へと通じる正面通路に差し掛かると、二人の聖騎士と一人の神官らしき僧衣の男が立ちふさがる。
「貴公ら、命が惜しくばそこを退け! 投降するのならば、命までは取らぬ」
ユリウスの声に反応することなく、二人の聖騎士は槍を構えた。「『
聖騎士達が纏う白銀の鎧が光を帯び、神官は体に巻き付けた黒い鎖を垂らしながら更に叫んだ。
「『
聖騎士達の体全体が薄膜に覆われる。魔獣退治に用いられる秘術ゆえに、ユリウスにも神官が使った防御の魔術に覚えがあった。
「くっ…… 厄介な、どうしてもやるつもりか?」
彼らは答えることなく、槍の切っ先をユリウスへと向けて返事とした。
「貴公らの相手をしている時間はないのだ、押し通らせて貰う!」
そう叫ぶと長大な片刃の斧を引き抜き、騎士たちへ対峙する。
「『
司祭が
宙を走った黒い鎖は、ユリウスを捉えなかった。ユリウスが突如としてその場から消え、空振った鎖は司祭目がけて逆流した。
己に迫る縛鎖に慌てて逃げようとする司祭は、ぶうんという風切り音を耳にする。
弾かれたように体が突き飛ばされ、倒れゆく司祭は斧を振り下ろしたユリウスと、己を蹴り飛ばした騎士の足裏、鎖の根元を握る手首を視界に収めて床を転がった。
遅れて感じる灼熱にも似た痛み。切断された手首から鼓動に合わせて鮮血が噴き出す。神官の悲痛な叫びをよそに、もう一人の騎士がユリウスへと槍を繰り出した。
ユリウスは左手に通した盾で槍を弾くと、床に深く刺さった斧から手を放し、己に巻き付いた後力を失った鎖を掴んで床を転がる神官へと叩きつけた。
死の鞭と化した黒い鎖は、僧衣の司祭を
びくびくと死の痙攣を始めた司祭を見て舌打ちした聖騎士が、交互に連携して突きを放つ。
槍という長物が持つリーチと、互いに攻撃の隙を補い合う連携が、ユリウスの接近を許さない。焦れたユリウスは大きく間合いを取ると、陶製の小さな容器を投げつけた。
聖騎士の一人がそれを篭手で弾くと、中身が爆発的に広がった。目や鼻、口に入った刺激性の粉末が激しい症状を引き起こす。
いつの間にか口と鼻を布で覆ったユリウスは、未知の痛みに悶えて武器を出たらめに振り回す聖騎士から、その得物を奪った。
「アンテ伯爵家の特産品だ。胡椒。それが貴公らの命を奪う存在の名よ」
狂乱する聖騎士に槍を振るい、体を覆った薄膜が消えたのを確認して、刺さった斧を引き抜いた。
聖騎士の一人の膝裏を槍で貫き、動きが止まったところへと断頭の刃を振り下ろす。続けざまに振るわれた横薙ぎの一撃が、残った聖騎士を壁へと叩きつけた。
光る薄膜を失った聖騎士が反動で戻ってくるところへと、更なる横撃が無防備な横腹へと叩き込まれた。
上半身と下半身が分かたれた聖騎士を一瞥すると、血糊を払ってユリウスは駆けて行った。
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