第229話 王城奪還作戦02
濃密な鉄錆と潮の臭いが鼻を突く。臭いを嗅ぎつけた『人狼』達が、たちまち殺到してくるのが判る。
「一体どれだけ居るんだ…… 何処に逃げてもすぐに捕捉される――」
俺が愚痴を言い終える前に強制転移が発動し、揺れる視界に上から降ってきた『人狼』の姿が見えた。
「うはっ…… 上か!?」
家屋の屋根から俺を強襲し、盛大に空振った『人狼』がこちらを振り向いて、四足獣の姿勢で迫ってくる。
慌てて確認したPDAのマップを頼りに、敵のマーカーが少ない地域へと大きく距離を離して転移した。
再び視界が切り替わり、
上空にはドクが操作する2機のドローンが飛行しており、俺たちチームに空撮映像を反映したマップを提供してくれている。
「ドク、電波状況はどんな感じ? まだ中継器を設置した方が良いかな?」
「んにゃ。壊されてる様子もねえし、こんだけありゃ通信は維持できる。それよりもシュウ、そっちに団体さんが向かってるぜ?」
「うん、見えているから判ってる。そろそろ
「まあ、それでシュウが敵を引き付けてくれているからアベル達が安全に戦えるんだ。流石にあの人数で王都中の『人狼』は捌けないからな」
現在俺が身に着けているのは、事前に仕留めておいた野豚を放血しないままに捌き、血塗れの肉やら内臓やらを軍用のレインコートの上に貼り付けた凄まじい装備となる。
この激臭装備を身に纏い、王都中を転移しながら中継器を設置して回っていた訳だ。当然血の臭いに惹かれた『人狼』が至るところから出現し、次から次へと襲い掛かってくる。
しかし、逃げ続ける事にかけてはチーム随一を誇る俺は、『人狼』と一度も交戦することなく機材の設置と逃亡を繰り返し、マップ上に無数の赤点で示される『人狼』に包囲されつつあった。
「そろそろ地下へ逃げ込むから、タイミングの指示をよろしくね」
俺はそう言うと土煙と共にこちらへ殺到してくる『人狼』達に背を向け、地下の食糧備蓄庫へと入り込んだ。
ここは石造りの堅牢な地下倉庫であり、有事の際に籠城する兵士たちを支える生命線となる食糧を備蓄する設備である。
ヘッドライトの明かりに浮かび上がるのは広大な空間に所狭しと積み上げられた無数の樽や木箱、麻袋の山。
倉庫と言う施設の性質上、出入り口が一ヶ所しかなく、俺は自分から進んで袋の鼠になりに来ているという訳だ。
一応倉庫の扉を閉めて、内側から
物資の搬出入の関係で広く作られている通路に『人狼』達が入り込み、頑丈な扉を盛んに攻撃しているのが判る。
木製の扉を鉄で補強したタイプのものだが、意外に持ちこたえてくれていた。
「想定外の事態だっただろうから、十分な食事を用意できていないって言うアベルの読みは当たったみたいだ。大量に釣れたけど、倉庫に収まりきるかな?」
鉄の部分は持ちこたえているが、木材部分が破壊されて『人狼』達が倉庫内部へと入り込み始めた。
石畳を伸びた爪が擦るチャッチャッと言う音を耳にして、俺は地上へと転移した。
少し離れた場所から地下倉庫への入り口を見守り、最後の『人狼』が内部へと入ったのを見計らって、ドクへと呼びかける。
「ドク、こっちに向かっていた『人狼』は全部収まったかな?」
「一部が王城付近に留まっているが、八割以上はそこに居るだろうよ。這い出して来る前にやっちまえ!」
俺は了解とだけ返し、地下へと続く通路に大量の瓦礫を転移させた。地上にも小山になるほど瓦礫を積み上げ、『人狼』達の封じ込めに成功する。
「それじゃあ、俺はこれからアベル達のサポートに向かうから、後はドクに任せるよ」
地下から僅かに漏れ聞こえた爆発音を確認すると、俺はPDAを眺めてアベル達のステータスが応答可能になるのを待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
時間は少し遡り、シュウが王城全域に中継器を設置している頃。
「ヴィクトル、カバーを頼む。リロードに入る」
「ラジャー! 5時方向に敵影あり、また騎士2名、神官1名のセットです。迎撃します!」
物陰に背を預け、アベルがM4カービンライフルとM870MCSに弾薬を装填するなか、ヴィクトルが
3点バーストの射撃は初弾と次弾が命中し、神官が後方へと弾かれたように吹き飛んだ。ヴィクトルは物陰から飛び出し、M4を腰だめに構えて発砲した。
一人の騎士が銃弾に倒れたものの、もう一人の騎士が土煙と共に視界から消え、盛大な音を立てて地面に転がった。
「助かりました、ウィルマ。何というか意外に有効なんですね、それ……」
「真っすぐにしか突っ込んでこないから、外す方が難しい。起き上がりそうだから、とどめをお願い」
言われてヴィクトルが発砲し、倒れた騎士から血溜まりが広がっていく。ヴィクトルはアベルと入れ替わりに、装填作業に入り、ウィルマは倒れた騎士の死骸からボーラを回収している。
彼女が投じたのは、かつて七面鳥退治の際に量産したボーラを改良し、三石式にして安定性を増したものだ。猪突猛進の聖騎士に対しては、進路上に投じるだけで勝手に倒れてくれるため、非常に使い勝手の良い武器となっていた。
彼らが周囲を警戒していると、雷鳴のような発砲音が数度響き、カルロスが報告をしてきた。
「前方の敵は排除した。目視できる範囲内に敵影なし、後は城内だろう。どうする?」
アベルがそれに応えて指示を下す。
「よし、前進だ。城前の広場まで進み、ここのポイントに陣地を構築する。『
「「「
◇◆◇◆◇◆◇◆
ユリウスは玉座の間へと通じる大扉に手を掛けた。しかし、いくら力を込めようともビクともしない。
業を煮やしたユリウスが扉を蹴りつけると、僅かに開いた隙間から閂が見えた。再び扉を蹴り付け、開いた隙間に斧を振り下ろす。
金属が切断される音と共に扉が音を立てて開き、足音も荒々しく謁見の広間へと踏み込んだ。
見上げた先の玉座には己が主と定めた王ではなく、漆黒の鎧を纏った騎士が悠然と座っていた。漆黒の騎士はユリウスを見下ろし、玉座より声を掛けてきた。
「ふん! 我が宿敵ではなく、王の犬である貴公が相手か。称号持ちの近衛騎士ならば、相手にとって不足はないな。我が名はアマデウス、今は亡きマラキア家の次期当主だ」
「貴様だけか!? 簒奪者グレゴリウスを何処へ隠した!!」
「それを素直に話すとでも? 知りたい事があるのならば、私を倒して聞き出してみせよ!」
そう言うと漆黒の騎士――マラキア卿――は、玉座に立てかけた剣を掴んで立ち上がり、マントを
「何故裏切った!? 守るべき民を化け物へと変える楽園教に正義があるとでもいうのか? 目を覚ますのだ!!」
「愚か者は貴様だ。飼い主に牙を剥いた犬は、しっかりと躾ぬ限り何度でも牙を剥く。奴らから魔術を取り上げないアンテ伯こそ害悪であり、それを容認する王など仕えるに値しない!」
「その結果がこれか!! 民を害し、王をも
「騎士か…… 既に人間を捨てた私に、騎士道など説いても無駄よ。聖騎士を退けて得意になっているようだが、貴族の『吸血鬼』を相手にどこまで通用するか試してみるか?」
「ふん! 外道へと堕ちたかアマデウス! 良かろう、共にアンテ伯領で過ごした兄弟子として、貴様の不始末にケリをつけてくれよう!」
「ふっ……昔の私と思うなよ。『吸血鬼』となった私の真の力を貴様に見せつけてやろう!!」
かつて共にアンテ伯に仕え、伯爵領で共に過ごした騎士同士が互いに殺し合う。骨肉の争いが始まらんとしていた。
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