第217話 人狼裁判03

「第二の嫌疑。難民虐殺及び、その財産の収奪。更に生き残りの奴隷扱いでしたかな、グレゴリウス卿?

 いずれにせよ、さきの件と同様に状況をご覧頂き、次いで証人に証言させましょう」


 言葉と共にスクリーン上で動画が再生される。空撮できるアドバンテージは秘密にしたいため、今回の動画も俺のゴーグルから撮影された一人称視点のものとなる。


 固く閉ざされた西大門と、慌ただしく走り回る従士、整列して指示を待つ騎士たちを背に、門脇に建てられている側塔へと入り、高台から大門の向こう側が映し出された。

 決死の表情で門を守る騎士と、逃げ惑う難民の集団。難民たちの中にあって、虐殺を繰り返す『人狼』の姿がありありと映し出されている。

 またしても血がしぶき、肉や内臓が飛び交う酸鼻極まる光景に、枢機卿達が怯むのが判った。

 俺がガスグレネードを用いて鎮圧する場面はカットされ、倒れている『人狼』を纏めている中、騎士団が門を開けて出てくる様子が見えたところで動画の再生は終わった。


「如何ですかな? 御覧頂けたように、我が領の騎士たちが虐殺などしていない事は明らかでしょう。何せシュウ殿が鎮圧された後にしか、現場に踏み込んでいないのですから。

 シュウ殿が居られねば騎士団を投じて激戦を演じることとなり、それを虐殺の様子だとでも言われれば、そう見えるかもしれませぬ。

 しかし、この光景のどこに騎士団による虐殺と言える要素がありますでしょう? 是非、証言された証人に伺いたいですな!」


 伯爵が俺の功績を必要以上に強調し、捏造された証拠に憤懣やるかたない様子を隠そうともせずに言い放った。

 法王をはじめ、枢機卿達の視線がグレゴリウス卿に集中するが、彼は俯いて下を見つめたまま顔を上げようともしなかった。


「次に証人を呼びましょう。難民の生き残りであり、元村長だった男です。さあ、こちらの皆さまの前で嘘偽りを述べぬ誓いをせよ」


 身綺麗にはしたものの、どこか風采の上がらない男が画面上に立ち、伯爵に言われるままに宣誓した。

 そして伯爵による質疑が始まった。


其方そなたに問う。我が領は、そなたら難民を虐待し、その財産を没収したか?」


「いいえ、ご領主様。財産を奪うどころか、寝床と食事を与えて頂き、怪我を負った者に治療までして頂いております。

 我々は何の対価も差し上げられないことを心苦しく思う程でございます」


「重ねて問う。難民たちに日々の食事を得るための仕事は斡旋したが、それは奴隷労働か? 報酬は払われておらぬのか?」


「とんでもございません、ご領主様。施しを頂く一方であった我々が、己の手でその日の食事を得る事が出来るようになりました。

 仕事の内容も領民の方々と大差なく、適正な報酬を頂いております。これほど働き甲斐がある生活は、生まれて初めての事でございます」


「ご苦労であった。さて、皆さま。私からの質疑は以上ですが、これは私が言わせているとお思いの方が居られるでしょう。

 お望みであれば、この男に何でもご質問下さい。別の証人が良いと仰るのであれば、証人を変更もいたしましょう。

 難民たちの中で最も教養が高く、見苦しくない男を選んだだけですので、幼子から老人まで、誰であろうと皆様の前にお連れいたしますぞ」


 そう伯爵が問いかけるが、枢機卿達は新たな証人や証言を求めるような様子はなく、法王の判断を待つようだった。

 皆の視線が集中し、法王がグレゴリウス卿を一目見た後、厳かに告げた。


「もう結構。アンテ伯マーティエル殿、其方の示された証拠は十分信用するに足るものだと判断する。

 これより我々は審議にかかる。追って結果はお伝えしよう、伯爵のような敬虔な信徒を持てた事を私は誇りに思う」


 法王の言葉を受け、伯爵は恭しく一礼をして去った。俺はプロジェクタに歩み寄ると、投射レンズにカバーをかけ、スクリーンは何も映さない白面を晒している。


「さて、困った事になった。王に連なる伯爵にあらぬ疑いをかけた上、これ程まで手間暇をかけた証拠を用意させたのだ、告発者は相応の罰を受けねばならぬ。そうは思わぬか、グレゴリウス卿?」


 法王の問いかけに対し、俯いていたグレゴリウス卿の肩が小刻みに揺れる。やがて小さく呟く声が聞こえ、それは愉快極まりないと言わんばかりの大笑いへと変じた。


「なるほどなるほど、困りましたな猊下。いやはや予定外にも程があると言うものよ。シュウとやら、この場は『魔術師』まで持ち出した其方の勝ちとしておこう。

 しかし、ただで負けてやるわけにはいかぬ。そうだな、筋書きはこうだ。


 己の罪を糾弾された伯爵が、化け物である貴様に命じて、法王猊下以下枢機卿達を弑逆し逃走した。

 アンテ伯爵及び、代理人コンラドゥス、そして貴様は殺人の実行犯として手配され、討伐軍が差し向けられる。どうかな?」


 グレゴリウス卿の豹変と、その言葉が放つ剣呑な響きに、法廷をひりついた空気が支配する。


「グレゴリウス! 貴様、何を言っているか判っているのか?」


「判っておりますとも法王猊下。ここまでの失態を晒した以上、私を待っているのは破滅の未来。ならば全てをなかった事にするより、他に手はありますまい?

 このような面倒な手筈を踏まずとも、最初からこうしておれば良かったのだ。やれ! 誰一人として逃がすな!」


 グレゴリウス卿が叫ぶと、全てのドアが音を立てて閉まり、獣の唸り声と共に不気味な気配が近づいてくる。


「私は偶然事故に遭い、この場に出廷できなかったため難を逃れたとしましょうか。それでは皆様、ごきげんよう」


 グレゴリウス卿は高らかに笑い、身を翻すと一番近くにあったドアへと駆け寄る。ドアが開き、漆黒の鎧を纏った騎士が枢機卿を逃がし、再び扉を閉めた。

 その際にこちらへと目を向けた騎士の顔には隠しきれぬ殺意があった。俺は騎士の顔に見覚えがあったのだ。

 金髪碧眼の涼し気な風貌。殺意に歪みはしたものの端正な顔つきは、アマデウス・マラキア卿その人であった。

 彼は何も言わずに枢機卿を守るようにして退出し、彼と視線が交錯したのは一瞬だった。辺りはどれほどの数か把握しきれない程の唸り声で満ち、誰も動けないでいた。


「シュウ! ぼさっとするな! 緊急時対応E―1だ。急げ!」


 アベルの叱咤を受け、我に返った俺は咄嗟に、事前に決められた行動を実行する。

 即ち、コンラドゥス及び機材を貴族街の伯爵邸まで転送し、逆に伯爵邸から武器弾薬の入った箱をこちらへと転送した。

 アベルが装備を整えている間に、俺は法王たちに向かって叫ぶ。


「皆さん、死にたくなければ急いでこちらに来てください。説明は後でしますが、我々は万一の襲撃に備えて、ある程度の準備をしています。

 ここは既に死地となりました。生き延びたいのであれば、我々は貴方達の逃走を手伝います。さあ、選択を!」


 言うだけ言った後、俺も武器ケースから装備を身に着け、重量のある火器や弾薬を背負い、アベルに頷き返す。

 俺とアベルだけならば、瞬間移動で逃げれば事足りる。しかし、それでは法王と枢機卿達殺害の罪をなすり付けられることになる。

 予想していた事態のうち、最悪から2番目の事態が発生した。逃走経路はドクがPDAに送ってくれる。

 熱源探査映像を見る限り、人間よりも遥かに高い体温を持つ動体が、この建物を包囲しているのが判る。


 武器の入っていたコンテナの底から、折りたたみ式のケージを取り出して組み立て、ぐずぐずしている法王や枢機卿達を促して中に入らせる。

 そして俺の瞬間移動には本人の同意が必要なことを告げ、俺を信用して身を委ねるように求める。

 事情を話している間にも荒々しい足音が響き、轟音と共に天井から『人狼』が飛び降りてきた。戦いの火蓋は切って落とされた。

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