第216話 人狼裁判02

 死んだと思われていた伝説的な人物の闖入ちんにゅうにより、凍り付いていた審議が法王の声で再開された。

 それを受けて伯爵がカメラ越しに告発者たるグレゴリウス枢機卿を見やり、胸を張って弁舌を振るう。


「では、第一の嫌疑。教会襲撃及び、教会関係者の虐殺について反論いたします。

 まずはこちらをご覧頂きたい。これは炎上する教会の様子及び、鎮火後の教会内部を捜索した様子です」


 伯爵の言を受け、コンラドゥスが法王と枢機卿達に向けてプリントアウトした資料を書記官に渡し、書記官を通じて全員の手元へと行き渡る。

 彼らは初めて見るコピー用紙と色鮮やかな画像、臭いすら漂ってきそうなリアルな情景に目を見開いた。


「炎上中の教会は資料のように外部から板が打ち付けられ、更に藁束を積まれて放火されておりました。

 そしてこちらが、そこにおわすシュウ殿が内部へ踏み込まれた時の情景です」


 鎮火して煙を噴いている教会の扉を蹴り破り、内部に踏み込む動画が再生される。これは俺のゴーグルが撮影していた物を使用しているため、俺視点の光景であり、圧倒的臨場感をありありと伝えてくれる。

 そのまま動画は再生され続け、大量の血痕を発見し、祭壇の裏側で凄惨極まる焼死体の発見と、焼け焦げた入れ歯の発見まで続いた。

 誰かが息を飲み、吐き気に嘔吐えずくのが聞こえる。世俗から隔離され、惨殺死体などに接する機会がない枢機卿達には刺激が強かったようだ。


「この現場から発見された黒焦げの物体は、アンテ伯領の騎士が王都で作成した入れ歯でした。

 死体検分をした際の光景をご覧いただきます」


 続いて焼死体の口を開け、洗浄した後の入れ歯がピタリと当てはまるシーンが再生される。偶然ではあり得ない一致に、アンテ伯領の騎士との判断が俄然信ぴょう性を帯びてくる。


「入れ歯の現物及び、入れ歯を作成した職人、治療に当たった医師についてはシュウ殿に説明を引き継ぎます」


 俺は事前に準備していた入れ歯をビニール袋に入れ、証拠品として提出する。初めて見る不可思議な透明の袋をおずおずと受け取った書記官は、それを法王や枢機卿達が回覧できるよう持って回っている。

 全員が回覧したのを見計らい、俺は法王に向かって声を掛ける。


「『魔術師』の代理人となりましたシュウと申します。この場に証人を招きたいのですが、許可を頂けますでしょうか?」


 法王が首肯して許可を示し、俺はそれを受けて行動を開始する。


「では、暫し御前を失礼いたします。すぐに証人を連れて戻ります」


 そして全員が見ている前で、能力を発動して貴族街にあるアンテ伯の屋敷から、二人の証人を連れて再び法廷へと戻った。

 目を瞑っている証人二人に、もう目を開いても大丈夫だと告げると、彼らは法王や枢機卿達を目にしてあ然とした後、その場に跪いた。

 突然の人体消失と、目の前で跪く証人の出現に枢機卿達が絶句するなか、法王が厳かに告げた。


「汝ら、神聖なる法廷で証言するに当たり、神の名に於いて真実のみを語ることを誓いなさい」


 事前に説明されていたとは言え、雲上人に等しい法王からの直言を受け、二人は順に誓いの言葉を述べ、それぞれに間違いなく自分が作成した入れ歯であり、それをアンテ伯領の騎士に治療として適用したと証言する。


「彼らの身元は照会をかけて頂ければご確認頂けます。二人の退廷と、身元の照会をお任せいたします」


 俺がそう言うと、刑務官が二人を連れて別室へと向かっていった。

 誰もが経験したことのない画期的な証拠提示に声一つ立てられないでいると、伯爵が場を引き継いで発言する。


「シュウ殿、ありがとうございました。これで教会襲撃の際に教会関係者が殺されておらず、それどころか我が領の騎士が惨殺されていた事をご理解いただけたかと思います」


 伯爵の言葉を聞いて、猛然と食ってかかった枢機卿が居た。当然のようにグレゴリウス卿だ。


「奇術を用いたとて私の目は欺けない! 今の証拠では教会で貴領の騎士が殺されたとしか証明できていない! 教会関係者を惨殺して隠蔽し、自領の騎士を殺した後で焼けば同じ状況になるではないか!」


 伯爵は酷く冷めた目で、グレゴリウス卿を見やり言葉を放つ。


「グレゴリウス卿の配下がどのようなものかは判りかねますが、はかりごとの為に配下の騎士を殺すような領主に、忠誠を誓う騎士はおりません。

 教会関係者の行方について証言できる証人もおります。この証人はこちらで確保しておりますので、そちらにはお連れしませんが、これを通してお話頂きます」


 そう言うと伯爵は画面から消え、新たに僧衣カソックを纏った初老の男が現れる。彼は画面越しに見える法王と枢機卿達に拝謁の礼をした後、証言するための宣誓を行った。


「私は自らが犯した罪を告白いたします。私はアンテ伯領内にある楽園教救貧院の院長を務めておりました。過日フレデリクス司教様より手紙で依頼され、教会関係者達を救貧院に設けた秘密の地下道を通じて、アンテ伯領外へと脱出させる手引きを行いました」


 俺は院長の発言を受けて、脱出させた教会関係者の一覧を証拠として書記官に提出する。

 院長の告白は法廷を揺るがした。組織的に犯罪に関与し、貴族の権利を明確に犯したと自白しているのだ。

 更にフレデリクス司教の名前が出たことで、グレゴリウス卿の顔色が変わった。


「フレデリクス元司教は、確かグレゴリウス卿の派閥であったな?」


 法王の問いかけにグレゴリウス卿は、顔色を失いつつも声を返す。


「確かに我が派閥でしたが、既に司教位をはく奪し、教会からも破門しております。私とは最早何の関係もございません」


「その一事を以て、其方そなたを責めるのは酷と言うものかもしれぬ。しかし後程、其方自身が己の潔白を証明する必要があろう」


 グレゴリウス卿は法王の言葉に愕然となり、白を通り越して蒼白となった顔色のまま、よろめくように着座した。


 俺は内心では良い気味だと思いつつ、院長の変わりように空恐ろしいものを感じていた。

 事前にドクから聞かされてはいたものの、あれほど頑なに自分は正しいと信じていた人物が、短期間に180度意見を翻す心変わりとは何があったのだろうか?


 ドクは何でも無い事のように言っていた。


「教会の連中が使っていた魔術な、血を媒介にする特殊な方式から、俺様は『鮮血魔術ブラッドマジック』って呼んでる。

 あれを使ってちょいと楽しい夢を見て貰ったのさ。院長の全感覚を遮断して発狂寸前に追い込み、VR仮想現実でシュウの神域の島での活動を追体験して貰ったのさ。

 敵の強大さを知って貰うため、巨大蟻に喰われたり、『岩石喰らいロックバイター』に轢き潰されたり、邪妖精にもてあそばれたり、巨大カマキリに切り刻まれたりして貰ったがね。

 今じゃ院長はすっかりシュウの崇拝者だよ。良かったなシュウ! 新しい宗教を作って貰えるかも知れないぞ?」


 全く以て嬉しくないが、院長からすれば俺は神にも等しい偉業を為しえた聖人であり、死から復活したことで神の御子として崇められてしまっているようだ。

 しかしドクのやった事の是非はともかくとして、貴重な証人を得られた事は大きい。伯爵に懸けられた嫌疑の一つは、ほぼ解消されたことになる。

 続く難民虐殺の嫌疑についても、王都で精力的に活動した甲斐あって、証明の目処が立っている。形勢逆転は間近に迫っていた。

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