第210話 押し寄せる危機04

 俺はドクから受け取った手掛かりを携え、伯爵達が死体検分をしている現場へと戻ってきていた。

 どうにも作業が難航しているらしく、皆の顔色が捗々しくない。取りあえず話しかけ易いアベルへと声を掛け、状況を教えて貰う事にした。


「アベル、今戻りました。そちらの作業はどんな感じですか?」


「うむ、伯爵達が言うには珍しい手口だそうだ。頭髪を剃り落とし、耳と鼻を切り取ってから火を放って、顔を徹底的に焼いているらしい」


 俺は発見直後の様子を思い出し、吐き気が込み上げたため、急いで話題を変えることにした。


「身元を確認できなくするための工作とすれば、それほど珍しくはないんじゃないですか?」


「こちらは死後の復活を信じている楽園教が国教だ。余程の事がない限り死者を刻むなど、あり得ない事らしい。死者を冒涜する事は、己の復活を危うくする行為であり、教会関係者がするはずがないんだそうだ」


「つまりは教会関係者以外がやったか、それほどまでにして身元を隠したいかって事ですよね? 現場で見つけた証拠品をドクに調べて貰ったんですが、これで身元が特定できませんかね?」


 そう言って俺は矯正器具付きの歯をアベルに手渡した。次いでPDAに着信があり、ドクから洗浄の際に採取したサンプルを分析した結果が送られてきていた。

 レポートに目を通し終えるとアベルにも転送し、併せて確認して貰うことにした。


「ふむ、一見したところ歯に見えるが違うようだな。象牙のような物質を歯の形に加工している入れ歯なのか」


「だとすると、焼死体の口を確認すればぴったりはまる穴があるんじゃないですかね? ドクが言うにはこんな金のかかる処置ができるのは金持ちだろうって」


「そうだな。シュウ、伯爵に確認するから今の説明をして貰えるか?」


 俺は首肯するとアベルに続いて伯爵の許へと歩いていく。伯爵達は死体から離れ、一時的に徴発した民家で休息を取っていた。

 やはり検分結果が思わしくないのか眉間に深いしわを刻んでいた伯爵だが、俺の姿を見ると立ち上がって迎えてくれた。


「おお、シュウ殿。アベル殿のご提案に従い、全ての門は閉ざしております。しかし、最後に教会関係者どもを見かけて以来、誰も領外へと出た形跡がないのです」


「伯爵、お待たせして申し訳ありません。先ほど証拠品の検査が終わりました、こちらになります。我々の分析では入れ歯ではないかと言う事です」


「入れ歯? と、するとあやつか!! 警護の騎士が一人、確かに王都でそのような治療を受けております」


 俺たちは伯爵を伴って検死場に戻り、焼死体の口を開いて回る。すると両手両足を切断された死体の歯列に穴があり、そこに入れ歯を当てはめるとピタリと一致した。


「これで少なくとも一人、我が領の騎士が害されたと明らかになりましたな」


「教会関係者達は何処へ行ったのでしょうね? 領外へ出た形跡がないと言う事は、未だに潜伏しているのでしょうか?」


「いや、無いだろう。ここまで徹底した証拠隠滅を図っているんだ、露見する前には脱出しているとみて良いだろう」


 アベルの意見に俺は首を傾げる。


「でも、どうやって領外に出るんですか? 正規のルートは通れませんよね?」


「なあに、蛇の道は蛇って奴さ。この教会を見た時から不思議だったんだ、教会に付き物の施設がない事にな。シュウ、伯爵に楽園教が運営する救貧院か孤児院みたいな施設がないか確認してくれ」


 アベルの言葉を聞いて思い返す。確かに焼失した教会は礼拝堂や聖職者たちの生活スペース以外は、墓地や畑になっており、弱者救済用の施設が存在していない。


「それならば、領の南側に位置する新市街と旧市街の境にあります。仰るように楽園教が運営しておりますが、領主や領民からの献金や寄付無しには回りません」


 伯爵の代わりにコンラドゥスが答えを返す。俺がそれをアベルに伝えると、アベルはドクに通信で指示を出し、俺と伯爵に向き直ると方針を解説し始めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「これはこれは、ご領主様をはじめ大勢のご来訪。どういったご用向きでしょうか?」


 俺たちが伯爵と共に救貧院へと向かうと、初老の院長が出迎えてくれた。言葉こそ取り繕っているが、明らかに慇懃無礼であり、己の庇護者に向ける態度ではなかった。


「院長も教会が火事になったのを知っておろう? 焼死体が出たのだが、教会関係者の死体では無かったのだ。故に心当たりがないか確認に参った。協力して貰えるな?」


「ええ、勿論ですとも。ご領主の要請に応えるのは領民の義務ですから」


 そう言って院長は我々を敷地へと招き入れる。伯爵とコンラドゥス、護衛の騎士が建物内部に入っていくのをよそに、俺とアベルは裏庭へと回って互いに交差し合うように歩き回る。

 何をしているのかと言うと地下空洞探査である。EM法と呼ばれる電磁探査によって、地下10メートル程度に存在する空洞を探知することができるのだ。

 長さ1.5メートル程度の測定器を肩からぶら下げ、裏庭の更に奥に位置する領土境界に向かって測定していった。


 10分ほど経ったところでドクから通信が入り、解析結果を3D映像として処理されたものが送られてくる。

 明らかに地下坑道と思われるトンネルが領外に向けて伸びていた。伯爵に渡した受信機に対して発見の信号を送ると、建物内で争うような物音がしたのち、院長を拘束した伯爵達が現れた。


「伯爵! これは明らかに楽園教への敵対行為ですぞ! 一体何の罪で私を拘束されるおつもりか!?」


「敵対行為か、白々しい。其の方らが仕掛けてきたことだ。犯罪者の逃亡をほう助すれば、当然罪に問われるのは理解しておろう?」


 一瞬院長の目が泳いだが、気丈にもとぼけてみせる。


「何を仰っておられるか判りませんな。どうやって逃亡を助けたと言うのですか?」


 伯爵が俺に合図し、院長室の真裏に位置する場所に立ち、相撲の四股の要領で、足を地面に叩きつけた。

 凄まじい振動と共に地面が陥没し、広範囲に亘って崩落する。当然俺も転落するが、そこには領外へと続く地下道が露出していた。


「さて、言い逃れは出来るかな? モグラ院長殿」


「くっ…… 必ずや神罰が下りますぞ! 今ならば間に合うのです、伯爵が改心されるのなら私からしましょう!」


「ふん! 連れて行け、洗いざらい吐かせるのだ」


 伯爵が忌々し気に言い放ち、尚も喚き散らす院長は騎士たちに引きずられていった。

 俺はライト片手に救貧院の方へ向かって進み、階段の先にある天板を軽く押し上げるが動かない。渾身の力を込め、伸びあがるようにして押すと、大きな物音がして天板が持ち上がった。

 どうやら院長室の帳簿棚の下が隠し通路になっていたようだ。領外へ向かう通路へは騎士たちが向かう手筈となり、俺たちは一旦オリエンタリス砦へと戻り、今後の方針を話し合う事になった。

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