第174話 事業計画と実践

 旧オリエンタリス砦の壁面にスクリーンを設置し、プロジェクタで映像を投射しながらハルさんがプレゼンテーションをしていた。

 聴き手はアンテ伯爵及び筆頭騎士のマラキア卿の二人。彼らは眼前に展開される映像を食い入るように見つめながら説明を聞いている。

 プレゼンテーションの資料自体はドクが骨子を作り、それを俺とハルさんで手直しした物が使用されていた。


 手直しが必要な理由は、ドクの頭脳にあった。確かにドクと同程度の前提知識を持つ人が見れば、凄まじくコンパクトで効率的に纏められた資料になるのだろうが、我々には理論展開が理解できない。

 何故作付面積に対する収穫量の年数変遷で多変量解析のグラフが登場するのだろう? 俺が見ても理解できないグラフを、伯爵達が理解できるはずがない。

 結局縦軸に収穫量、横軸に年数経過を取った単純な棒グラフに差し替えたり、投資効率や郊外型都市の人口推移に対する食料需要の変遷などという判り易いものだけを残して、他はバッサリ削除したりしてしまった。


 初老の伯爵は既に理解を諦めて只管聞くことに専念しているが、マラキア卿は必死にボールペンを使ってメモを取り、ハルさんの説明を理解しようと食らいついていた。

 カラー印刷やボールペンにも随分と驚かれたが、すぐにその程度の些細な事を気にしていられなくなり、動く資料に圧倒されつつも概要だけでも理解しようと努めている。

 質疑応答の時間を経て、脳が悲鳴を上げているであろう伯爵達に昼食を勧めた。


 今回はバイキング形式にして、テーブルに色々な料理を並べて置き、各自が好きに取る方式としていた。

 料理は今回のプレゼンテーションで登場したカボチャとサツマイモを用いたシンプルな料理からデザートまで網羅している。

 カボチャを塩茹でしただけのものや、サツマイモの輪切りを蒸しただけという素材の味わいが判るものから、カボチャと小麦粉で作ったニョッキのアーリオオーリオ、豚肉とサツマイモの中華炒め、カボチャのポタージュスープに大学芋やカボチャプリンなどが並んでいる。

 サテラご所望のカボチャプリン以外は極めてシンプルな調理法で作成できる、導入後の食生活が想像し易いメニューとなっていた。


 伯爵達に料理をサーブした後、我々もそれぞれに料理を受け取りテーブルに着く。休憩も兼ねているため伯爵達は身内で固まって食事をとっており、俺はハルさん、サテラとスカーレットでテーブルを囲んでいた。

 野菜尽くしのメニューであるため、アベルたち軍人チームは不満そうだったが、女性陣には概ね好評のようだ。

 サテラはリクエスト通りのプリンを頬張り満面の笑みを浮かべていた。


「シュウちゃん! このプリン美味しい!」


「そうか良かった。カラメルソースは苦くないかい?」


「ううん、これが掛かっているところが好き!」


 今回はシンプルさを前面に押し出しているため、飾りも何もなくカボチャを生地に混ぜてカラメルソースをかけただけだが、食べてみると優しい甘さとほろ苦さが絶妙のバランスを保っている。

 赤い食材が無いため、何か別に用意しようかと思っていたスカーレットだが、先ほどから只管にニョッキを食べているところを見ると、気に入っているようだ。


「ハルさん、プレゼンお疲れさまでした。場慣れしておられるみたいですが、割とこういう機会は多かったんですか?」


「そうですね。一応交渉ごとなんかもやっていましたので、相手に自分の望むところを伝える技術というのは仕込まれました」


「いやはや凄いですね。実はSE時代の同期にプレゼン一本で営業の花形になった女性が居たんですが、ハルさんと作業していて彼女を思い出しましたよ。やはりできる人は目の付け所から違うんですねえ」


 俺としては褒めたつもりだったのだが、ハルさんは何だか微妙な表情を浮かべている。誰かと比較して褒めるのは中々に難しい。

 しかし久々にスーツ姿のハルさんを見たが、教育実習に来た先生のようで実に微笑ましい。

 本人としては出来る女アピールなのか、タイトミニから伸びるストッキングに包まれた脚が眩しくて、こういうハルさんも中々に凛々しくて良いものだと頷いていた。

 すると隣からじっとりとした視線が絡んでくるのが判る。何となく気まずくてそちらに目線を向けられないのだが、サテラが不満顔になっているのが容易に想像できる。


「シュウちゃんは脚フェチなんだね。おっぱい星人だって聞いてたのに」


「誰だ!? サテラにそんな言葉を教えたのは?」


 サテラの視線が『カローン』に向かう。ここに居ないのはドクのみなので、奴が犯人という訳か。


「サテラ。その言葉は少し下品だから、できれば使わないようにしなさい。僕は特定の部位が好きなんじゃなくて、サテラやハルさんが好きなんだよ?」


 必死で言い聞かせるが、サテラの疑わしそうな視線が俺を捉えて離さない。


「あ、そうだ皆飲み物が無いよね? 紅茶で良いかな? 僕が取ってくるよ」


 そう言って返事を待たずにそそくさと席を立つ。ハルさんもサテラも揃って仕方ないなあという表情で俺を眺めている。なんだかあの二人が似てきている気がする。

 性的な目線で見ているつもりはないのだが、美的感覚として美しい脚線美には見惚れてしまう。女性は男性の視線に敏感だと言うのは本当のようだ。凝視しないように気を付けようと心に決める。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 午後からは実際に栽培する実験農場の話を詰めることとなった。土地を選ばず少ない水で多くの収穫が期待できるカボチャとサツマイモに伯爵達は希望を見出したようだった。

 一方で小麦栽培の灌漑化については及び腰だった。こちらは如何に比較資料を見せようとも現物がないため、説得力に欠けており増収になるということが信じきれない様子だ。

 最終的には収穫量が悪い小麦畑を借り受けて、灌漑化の効果を示すこととなった。

 これによって砦からの外出も、コンラドゥス青年を伴うならば許可されることとなり、各段に自由が広がった。


 本来であれば農業というものは即座に成果が出るものではない。しかし『テネブラ』により夜が駆逐され、日照時間と積算温度が稼げる今の時期ならば収穫までの期間を短縮できる。

 『闇の森』の黒土を使えば、更に大幅な短縮も可能となるだろう。異世界の自然に対する挑戦が始まった。

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