第171話 cheating each other

 畜舎に着いて俺が荷下ろしに専念している間に、アベルが畜舎自体の構造を見て回っていた。

 ボーリング装置を組み立てているのを伯爵達が興味深そうに見守っている。可搬式の簡易なものだが、塔のような独特の外見に圧倒されているようだ。

 資材や工具類を並べ、作業に取り掛かれるように準備しているとアベルが戻ってきた。


「どうでした? 組み込めそうですか?」


「いや、柱の耐久性が足りない。そもそも基礎工事がされていないから重さで倒壊する可能性が高い。アタッチメント方式でやろう」


 ドクとヴィクトルがこの日の為に数パターンの建築図面を用意してくれていた。畜舎自体が頑丈な造りであったなら、そこに組み込む形で取り付ける設計になっていたのだが、外部施設として増設する方針となった。

 畜舎の出入り口を基準点として計測して回り、並行して地質調査も実施する。既に建設場所は変更できないため、どの程度の基礎が必要になるかの調査が中心だ。

 レイリー波による地質調査の結果がPDAに表示される。砦が建てられる地域なので楽観的に見積もっていたが、予想以上にしっかりとした土壌だと判明した。


「よし、シュウ。ここに据え付けてくれ。OK、固定した」


 アベルのガイドでボーリング装置を据え付け、バッテリーに接続してボーリングを開始する。

 コーンコーンと言う独特のボーリング音を響かせながら、地下深くまで杭が打ち込まれていく光景を伯爵達が呆気にとられた表情で眺めている。

 杭を継ぎ足しながら10メートルほども掘削し、引き上げた杭の中から得られる試料で岩盤に達していることを確認する。

 柱の数だけ同じ作業を繰り返し、それぞれの穴の深さをPDAに記録しながら順調に作業は進んだ。


「充填剤は流し込んだぞ。シュウ! 思い切りやってくれ」


「了解チーフ」


 アベルの要請に応えてボーリングした穴に長さを調節した柱を突き立てる。本来は重機が必要な作業なのだが、悲しい事に人外の腕力を持つ俺には両手さえあれば事足りてしまう。

 全ての基材となる柱を埋め込み地上に突き出ている部分に水平器レベルを用いて水平を出す。水平に沿って上端を削って調整し、土台となる横柱を据え付けて固定した。

 コンクリートなどを使えばもっと強固な建築が出来るのだが、何故かアベルから許可が下りず、今回は木造建築に拘った工法となっている。


 木組みを用いて魔法のように組み立てられていく光景はなかなかに壮観だ。

 職人ではないアベルが施工するため、継ぎ手・仕口(木材の接合部)の加工が甘いのだが、最終的には腕力で解決している。

 後は木材の伸び縮みと接着剤の力を信じるしかない。外形が出来上がったら次は機構部を組み込む。

 トルクレンチやネイルガンの音にいちいち驚くギャラリーに苦笑しつつ、最後のパーツである『牛攫いアバクトール』の首を組み付けて完成となった。

 12時間近く掛かったが全ての工事が完了し、伯爵に仕上がりを確認して貰う。


 一見すると畜舎の入り口付近に増設されたポリカーボネート製の透明屋根を備えた張りだしだが、一つ面白いギミックが組み込まれている。

 柱横に垂れ下がる二本の鎖のうち、片方を引くとガイドレールが動く音と共に、手前の扉が開き『牛攫い』の首が前方に伸びていく。

 まあ一言で言ってしまうと巨大な鳩? 時計のようなものだ。そのままでも警告になるだろうが、やはり動いた方が効果的だろうという配慮である。

 もう一方の鎖を引くと、元通りに収納される。因みに時計と連動させて本当に『牛攫い』時計にもできるのだが、雨天時には濡れてしまうという点で手動式になっている。


「他の『牛攫い』が来たら、こいつを引いて動かせば脅しになると思います。少し力が必要なので、数人掛かりで引くことになると思いますが……」


 俺は伯爵に運用上の注意点を説明しているのだが、どうも上の空で聞こえているのか怪しい。

 まあ伯爵本人が理解できていなくとも職人たちは大丈夫だろうと見回すと、そちらはやる気に満ちた表情をしていた。

 未知の技術を見るとわくわくするのは何処の世界でも同じようだ。安心して引継ぎが出来るというものだ、職人たちの代表と言う人に図面と操作方法の説明書を渡すと引き上げ準備に取り掛かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 時は少し遡り、シュウたちが出発して暫く経った頃。


 一台の荷馬車が旧オリエンタリス砦の城門を通過した。積荷は常駐している騎士への生活物資の他、馬の飼料となる干し草が満載されている。

 事前に連絡され予定通りの積荷であったため、門衛は特に検品などすることもなく馬車を内部に通過させた。

 しかし、人間の目は欺けても機械の目は誤魔化せなかった。


「BINGO! 怪しい熱源を感知だ。サーモグラフにゃバッチリ人型が映り込んでる。大らかな仕事っぷりだな門番ってえのは」


 ドクが監視システムから通知された警告を確認して、侵入者の存在をヴィクトルとカルロスに報せる。

 彼らは互いに目配せを交わすと即座に動き出した。ごく自然にハルと一緒に積荷の荷下ろしを手伝いに行き、侵入者の入った飼料箱にだけマーキングを施す。

 荷下ろしが済むと騎士の立ち合いのもと施錠して立ち去った。侵入者を送り込んだ側としては予定通りのはずだったが、いつになっても侵入者が現れることは無かった。


 やがてシュウたちが戻ってくると、ドクはシュウに頼んで一つの荷物をカーゴスペースに取り寄せて貰う。

 何の変哲もない木箱に首を傾げながらシュウが立ち去ったのを見計らい、ヴィクトルとカルロスは動き出した。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 侵入者は眩しい光を感じて目を覚ました。あろうことか任務の最中に眠りこけてしまっていたようだ、呆然としつつも急いで周囲を確認するが視界全てが白く輝き全く何も見つけることが出来ない。

 体を動かそうにも指一本動かせない状態に気づき焦りが生じた。正確には首から下の感覚が一切なく、今自分に手足が付いているかを確認できない状態となっていた。

 恐慌状態になりそうな侵入者に対して光以外の刺激が与えられる。人の声とは到底思えない音だが、言語による問いかけだ。


「お前は何者か? 名前を名乗るがよい」


 意味ある言葉と、自身の声が出せる状況に気づき、侵入者は質問に答えずに問いを返す。


「ここはどこだ!? お前は一体何者だ?」


「ここは死後の世界。私は父なる神の代理人。そなたの行いを審判する者」


 侵入者は驚愕する。当たり前だ、自分は密命を受けて砦に侵入したのだ、死ぬような状況にはなかったはずだ。


「そんな馬鹿な! 俺は死んだのか? 任務はどうなった?」


「ここに来た以上、そなたは死んでいる。繰り返すが名前を名乗るが良い、嘘を付いても構わぬが全て判る上に、罪業を積むことになると心掛けよ」


 侵入者は咄嗟に偽名を口にした。まだ己が死んだと受け入れる訳にはいかなかったのだ。


「嘘だな。これで一つ罪が増えた。ここは審判の場、心して答えよ」


 侵入者はその後も虚実まぜつつ、様々な事を話したが全ての嘘を見抜かれ、ついに己の死を受け入れた。


「罪深き人の子よ、父なる神はそなたを見捨てはしない。贖罪の機会は与えられる。今からの問いに正直に答えよ」


 侵入者は問われるがままに己の生い立ちから人生を語り、最後の任務についても依頼主から目的まで全て正直に答えた。


「敬虔なる神の子よ、父なる神はそなたをお赦しになった。ここでの事は誰にも話してはならぬ。そなたの体には審判を終えし者として聖痕スティグマータが刻まれる。今一度地上へと戻るがよい」


 神の代理人の声と共に抗いがたい猛烈な眠気が襲ってくる。かすれゆく意識の中、何かが流れるようなゴウゴウという音を耳にしたような気がした。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 侵入者の男は目を覚ました。ゆっくりと周囲を窺い、息を吸い込むと干し草の匂いがした。先ほどのことは夢だったのかと考え、予定通り飼料箱から這い出し、目釘をわざと打ち付けていない木箱から抜け出た。

 任務の最中に意識を失って夢でも見たのかとも思ったが、先ほどから腕の内側に妙な感覚がある。

 真っ暗な倉庫の中で、腰袋から火打石を取り出して火口ほぐちに点火し、貴重な蝋燭で周囲を照らす。

 予定通りに忍び込んだ倉庫の中であり、先ほどのやり取りは夢だったのかと違和感のある腕を照らした。そこには十字架型の痣があった。

 夢ではなかったのだ。どういう理由でか任務の最中に命を失い、死後の審判を経て再び復活が赦されたのだ!


 男は神と聖なる任務を与えてくれたフレデリクス司教に感謝を捧げ、あらかじめ渡されていた隠し通路の鍵を使って倉庫を抜けだす。

 男は任務の成功を微塵も疑っていなかった。自分は神の恩寵がある。聖なる任務を務め上げ、情報をフレデリクス司教に持ち帰るのだ。

 男は指示された通り来訪者の施設を調べて回り、その配置や大きさなどを調べ、最後に砦の外へと通じる隠し通路の鍵を外して偽の鍵に付け替える。

 首尾よく全ての任務を終えた男は隠し通路を通って外に出ると、楽園教の教会に向けて薄闇の世界を歩んでいった。

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