第170話 幼い約束と暗い影

「シュウちゃんどうしたの? どこか痛いの?」


 サテラが心配そうにこちらを覗き込んでくる。咄嗟にハンカチで目じりを拭うと、何でもないよとほほ笑んで見せる。

 俺から離れようとしないサテラを膝の上に乗せると、少し事情を話すことにした。


「俺の実家に残してきた両親の近況が届いてね、ちょっと里心がついちゃったんだよ。ホームシックって言った方が判り易いかな?」


「シュウちゃん寂しいの?」


「そうだね、そうなのかも知れない。両親が困らないようにと預けたお金があったんだけど、全く手を付けずに俺の為に残してるんだよ。

 いつまで経っても俺のことばかり、孫の顔すら見せてやれない親不孝息子なのにね。もっと親孝行しておけば良かったと後悔しているんだ」


 組織からの定期連絡に付随していたレポートに記された両親の動向は慎ましいものだった。今まで苦労を掛けた分、ゆっくりと寛いでくれれば良いと思ったのに逆に心配されている始末だ。

 親からすればいつまで経っても俺は子供で、自分達が居なくなった後の事を案じてくれているのがひしひしと伝わり、その愛情の大きさに涙が零れた。


「地球に帰ったらサテラを両親に紹介するよ。こんなに可愛いんだ、孫として受け入れてくれるよ」


「違うよ! シュウちゃん。サテラはシュウちゃんのお嫁さんになるんだから、お義父とうさんお義母かあさんだよ」


 サテラが可愛く頬を膨らませて訂正する。男親冥利に尽きるが、いつまで俺を慕ってくれるのかと思うと、少し不安になる。


「そっかお嫁さんになってくれるのか。サテラが大きくなって、それでも他に好きな人が居なかったらお嫁さんになって貰おうかな?」


 小さなサテラもいずれ世界を知って、俺から巣立っていく。子供の頃の通過儀礼としてそう言うと、サテラは満面の笑みを浮かべて頷いた。


「約束だよ! シュウちゃん」


 差し出される小指に俺の指を重ねる。いつの日かサテラが好きな人を連れてきた時に、この話を語ってやろうと思いつつ指切りを交わした。

 両親に送る手紙の文面と一緒に俺の口座から毎月両親へ仕送りをするよう処理を依頼しておく。

 仕事が忙しくて暫く帰れる目処が立たないが、その分沢山給料をもらっているので、二人で旅行でも楽しんできて欲しいとチケットも同封する。

 そうやって事務手続きをしていると、先触れが到着して伯爵の来訪を告げた。今日は『牛攫いアバクトール』の首の引き渡しがあり、伯爵と会う予定となっている。


 サテラを『カローン』へ戻すと、アベルと共に伯爵の出迎えに赴いた。

 城門が開き、二頭立ての馬車が現れると俺たちの前で停車した。今日はマラキア卿と一緒ではないようで、伯爵と見知らぬ騎士が一人馬車から降りてくる。

 御者はその場で馬車を回頭すると、増設された荷台が我々の前に来るように位置を調整して馬車を駐車した。


「お待たせしてしまったかな? シュウ殿、アベル殿」


 伯爵がにこやかに声を掛けてくるのに応じて挨拶を交わし、早速本題に入ることにした。


「この荷台に載せればよろしいですか?」


 積み込み位置を確認した後、『カローン』から『牛攫い』の剥製を下ろし、台車に載せて馬車まで運ぶ。

 従来の剥製と異なり、骨格をそのまま用いている上に、筋肉組織を針金とウレタン樹脂で代替しているため割と重さがある。

 義眼を入れた迫力のある見た目に若干伯爵の腰が引けていた。首だけとなっても巨大だが、全身を持って帰っていればさぞ壮観だったろうと少し残念に思う。

 荷台に載せると少し車輪が軋んだが、安定した状態で固定することが出来た。しっかりとロープをかけて固定し、運搬中にずれないようにしながら伯爵に問いかける。


「こいつは畜舎に飾られるんですよね? 雨除けとかどうされますか? 外から見えるように透明なカバー程度ならお付けできますが」


 当初の予定では木製の屋根で覆い、真正面のみに磨いた水晶板をはめることで見えるようにするつもりだったようだ。

 その工法だと重量もあるし、割と大規模な工事が必要になるし、空から来る『牛攫い』への抑止力として不安があるため、ビニールハウスのような心材と被覆材によるカバーの設置を提案した。

 実際に使用する鉄パイプとポリカーボネート板と被覆を見せ、完成予定図を3D描画したものをPDAで見せる。

 伯爵はしきりに感心すると、是非お願いしたいと依頼された。剥製だけは先に畜舎へと運んでもらうことにして、取り付けは領内の職人たちも見学させながら施工することになった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 工事をするにあたり、伯爵に畜舎の図面を見せて貰えるように頼んだのだが、そもそも図面が存在しないと言う恐ろしい状態だった。

 こちらの世界の建築物は城や砦ですら設計図がなく、完成予想図だけを手掛かりに職人が何年もかけて仕上げていくという壮大な積み木だ。

 聞くところに依ると地震は殆どないということなので、伯爵が提供してくれる木材の見本を元にドクが構造設計を起こし、3D図面へと落とし込んだ。

 最終的に出来た図面と木材以外の必要部材を台車に載せると、伯爵一行に付き添われつつ畜舎へと向かう。


 久しぶりに歩く領内の様子を道すがら眺めつつ、アベルにそっと耳打ちをする。


「アベル、気づいていますか? 明らかに新市街に入ってから子供の姿が少ないです。旧市街では路上や野外で遊ぶ子供がいましたが、新市街にはそもそも老人も少ないように思います」


「うむ。恐らくだが、他領から流民が入って来て食料事情が悪化しているのだろう。旧市街は昔からの領民で、新市街は新参者が集められているに違いない。子供を育てる余裕がないんだろうな」


 栄えているように見えるアンテ伯領だが、その内部には歪みを抱えていそうだ。格差の存在は不和を招く、しかし古参の領民に過度な負担をかける政策を取れば、新参者の排斥が始まってしまう。

 現代の移民問題にも通じる諸問題が顕在化しているのが見て取れた。ここに安定した拠点を構築するにはなかなか骨が折れそうだ。

 アベルと顔を見合わせて苦笑すると、牛・豚・羊が飼育されている牧場へ向けて歩み続けた。

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