第158話 第一種接近遭遇

 知覚が拡張され、引き伸ばされた時間の中で全身を絡めとる空気抵抗を体感していた。

 現在俺は王都上空二百メートルのところを南東に向かって高速落下中だ。その身一つで。


 何をしているのかと言えば『魔術師』から貰った地図の基準点は王都であり、アンテ伯領に行くには取りあえず王都の位置を確認せざるを得なかったのだ。

 ドクの割り出した大まかな位置座標を元に、上空へと角速度等の補正をしないままに転移したところ、凄まじい勢いで南東へと突き進み始めたところである。

 最初から空中に放り出されるのは判っていたため、『龍珠』と接続して処理能力を向上させている。実際には時速二百キロメートル近い速度で落下しているのだが周囲を観察する余裕すらある。

 王都中央にそびえる霊木『神樹アールボル・サークラ』の異常な巨大さが良く判る。黒々とした幹から枝を伸ばしているが、枝の密度は薄く柳のように垂れ下がっている。


 何の木なんだろう? と思いつつも新しくなったゴーグルで自分の状況を数値で把握する。

 ドクの補正プログラムのお陰で、大よその転移ポイントが割り出される。今度は地上付近に相対速度が無くなるように転移することにした。

 しかし何故か指定した座標への転移が出来ずに焦ってしまう。慌てて鉛直方向の座標だけ弄って再転位する。


 視界が切り替わった途端、目の前に何かいた。鮮やかな青い鱗を持つ体表と濡れたような黒い羽毛。オレンジ色の被膜を持つ蝙蝠のような翼。

 見惚れていたことで『龍珠』との接続が切れていた。しかも慣性速度がキャンセル出来ておらず、物凄い勢いで謎の生物に恐らく激突した。

 何かを押しつぶすような鈍い音と陶器が割れるような乾いた音が鳴り響き、体に衝撃が伝わった直後から視界がグルングルンと物凄い勢いで回転し続けた。

 何が起こっているのかサッパリ判らないが、どうやら自分は斜面を転がっているようだと理解した。と思った瞬間に浮遊感を覚えた。

 どうやら崖から飛び出したようだ。空中で失速した瞬間に飛び出した崖を視界に収めて、崖に向かって転移する。


「いやはや、酷い目にあった。何が起こったか確認しないとな」


 そう独り言を呟くと己の体をチェックする。無駄に頑丈な体は損傷など無いのだが、転がった事で衣服は泥まみれになってしまっていた。

 口の中に違和感を覚えて吐き出すと、黒い羽毛が出てきた。ぶつかった衝撃で口に入ったのだろう。そう言えばあの巨大な鳥みたいな奴はどうなったのだろう?

 そう思って視界を上へと向けていくと斜面に埋まる巨体が見えた。俺と斜面に挟まれてクッションになってしまったようだ。

 悪い事をしたなと思いつつ、その巨体へと向かって足を進める。全長の半分を占める程に巨大な首があらぬ方向へとねじ曲がっており、とても生きているようには見えない。

 凄まじく長い嘴と真っ赤な鶏冠とさかを備えた頭が垂れ下がっていて恐ろしい。斜面から下界を見渡すと遠くに明らかに人工物と思われる建物が見えた。


「あれが、アンテ伯の城かな?」


 黒々とした森に三方を囲まれるようにして建つ城らしき建造物を見て、伊勢神宮の上空写真を思い出す。


「さてと、こいつをどうしたものかな? 体は大きいけど食べるところは少なそうだし、放置しようかな? いや、お土産になるかな?」


 狩猟を常とするアンテ伯領だ、大物の首なんかは喜ばれるかも知れない。そう思い立つと腰から海老鉈を抜いて逆向きに垂れていた首を切り落とした。

 頭だけでも自分よりも大きいのだが、幸いにして担げないほど重くもない。嘴を持って引きずりながら開けた場所を探しつつ小刻みに転移して山を下りていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 やがて砂利で舗装された人工の道らしきものへと行きあたった。ここを道なりに進めばアンテ伯領へと辿り着けるだろう。

 そう思ってPDAを操作し、転移履歴と経路をドクお手製のプログラムに通し、座標として記録させた。その状態で一度『カローン』へと帰還した。

 戻った瞬間に上がる甲高い悲鳴! ハルさんだ! 緊急事態かと荷物を放り出して声の方へと振り返る。何かに怯えてへたり込んでいるハルさんが見えた。

 咄嗟にダッシュで抱え上げ、大きく距離を取ってから声を掛ける。


「大丈夫ですか? ハルさん、何がありました? 敵襲ですか?」


 鋭く周囲を見回しながら確認する。それほど距離をおかずにアベルとヴィクトル、カルロスが居た。あの三人が居るのに非常事態など発生するはずがない。

 それに彼らは非武装だった。いくら何でも脅威に対する対処が無さすぎる。訝しみながら腕の中にいるハルさんへと声を掛ける。


「あれ? 勘違いですかね? 危険が迫っていると思って咄嗟に動いたんですが……」


 見るとハルさんは無言で首をブンブン振っていた。安全が確認できたのでハルさんを下ろして、事情を確認すると俺のせいだった……

 俺が出現した場所がハルさんにほど近く、更に背負っていた巨鳥の頭が問題だった。巨大かつ生気のない虚ろな瞳に見据えられ、思わず悲鳴を上げてしまったということだ。

 問題の頭は地面に屹立し、文字通り死んだ瞳でこちらを見下ろしている。アベルが呆然と見上げながら状況報告を求めたため、軽く説明をした。


「頭部だけでこの大きさって事は全長だと60フィート(約18メートル)ぐらいあるんじゃないか? 現地じゃこんな化け物が空を飛んでいるっていうのか?」


「どうでしょう? 確かに上空でぶつかったんですが、直後に山にも激突していますから。ひょっとすると山頂付近に住んでいて、滑空専門の生き物かも知れませんよ?」


 アベルの応対をしながら怖い思いをさせたことをハルさんに詫びていると、ドクが『カローン』から降りてきて声を掛けてきた。


「面白いもん持って帰ってきたな。スケールが全然違うけど、こいつは翼竜じゃないかね? ケツァルコアトルスの復元模型に少しだけ似てるな」


「ケツァルコアトルってアステカの太陽神だっけ? 翼持つ蛇って感じじゃあ無かったけども」


「いや、その神から名前を取った実在の恐竜だ。馬鹿デカイプテラノドンだと思ってくれれば判り易いか?」


「ああ! 確かにそんな感じだった。蝙蝠みたいな被膜のある翼と黒い羽毛がある胴体だったよ。これアンテ伯へのお土産になるかな? と思って持って帰ってきたんだけど、ハルさんの反応を見る限りやめた方が良さそうかな?」


「人力でこいつを倒すのは骨が折れるだろうよ。取りあえず写真に撮って欲しいって言われたらもって行きゃ良いだろ? 防腐処理だけはしておいてやるよ」


 ドクがそう請け負ってくれたので、巨鳥の頭部を預けてアベルと共にアンテ伯領への道へと転移した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る