第159話 アンテ伯マーティエル01
砂利が敷かれた道をアベルと歩き、暫くすると関所のような物が見えてきた。
比喩でも何でも無く、時代劇に登場する日本の関所に似ている。木製の門があり、衛兵が2名立っているのが見える。
門の左右には木製の柵が続いており、石壁文化だと思っていただけに驚きもひとしおだ。
「アベル、なんか領土の境界線っぽいのに木製の柵ですよ? こういうのって石壁でやるんじゃないんですかね?」
「ん? 何を言っているんだシュウ。そんな予算を掛けられる訳がないだろう?
嘘だろ!? 立派な壁が張り巡らされて容易に越境できなくなっていると思い込んでいた。
冷静に考えたら当たり前の話だ。通りやすいルートは決まっているからそこだけ重点的にカバーして、それ以外の個所は取りあえずここが境界ですよと示せれば十分だ。
地球一の経済力を誇る合衆国でもその程度だ。中世っぽいここで木製の柵が張り巡らされているだけでも凄い事なのかもしれない。
こちらから衛兵が見えるという事は、当然向こうからもこちらが見えている訳であり、俄かに兵士たちが動き出した。
門の上に新たに兵士が2人現れ、矢こそ
まあアベルはゴリラと揶揄される程にいかつい外見だ、警戒されるのも無理はない。俺だって人柄を知っていなければ相対するのは避けたいぐらいには怖い。
横目にアベルを見ながらそんな事を考えていると衛兵から声が掛かった。
「そこで止まれ! 角を生やした怪しい奴め! その奇妙な防具を取って素顔を晒せ」
なんだって!? 俺の方が怪しいのか…… いや、そうだよね。角生えているしね。ゴーグルなんて意味不明だもんね。でも、取ったら取ったで警戒するでしょ?
そう思いつつも言われるままにゴーグルを取って素顔を晒す。
「なんだ貴様! その目はどうした! もしや魔物か?」
ズバリ的中させてくる衛兵は有能だが、そういう能力は俺以外の時に発揮して欲しい。取りあえず韜晦して見せる。
「御冗談を。魔物は会話なんて成り立たないでしょう? ちょっと事故でこんな見た目になりまして、見目良いものじゃあないんで隠させて頂いているんです」
そう言ってからゴーグルを着けて良いかと確認してもとに戻す。嘘は言っていない。俺は魔物じゃないと否定はしていないのだから。
「よし、二人とも両手を見えるようにしてゆっくりと歩いてこちらへ来い」
衛兵の指示に従って両手を上にあげて抵抗する意思が無い事を示しつつ近寄った。目測で残り3メートルぐらいのところで再び制止の声が掛かる。
「ここから先はアンテ伯領だ。貴様達はどのような要件でここを訪れている? 通行証は持っているのか? 紹介状でも良いが」
俺は衛兵に許可を取ってから鞄を探り、中から『魔術師』の封書を取り出して衛兵に差し出して見せた。
領主マーティエル様宛の封書であり、『魔術師』からだと言えば分かると伝えると空気がヒリついた。
見るからに険悪な目線を向けてくる若い衛兵に戸惑っていると、年嵩の衛兵がなだめて封蝋を確認して息をのんだのが判る。
「おい! これは本物だ。急ぎご領主様に伝えるんだ」
年若い衛兵は抗弁すらせずに踵を返すと門内に向けて走り去った。残された俺たちは呆気にとられる。
「ご無礼をお詫びいたします。しかし、これを一体いつ、どこで手に入れられたのですか?」
年嵩の衛兵は封書を俺たちに返しながら、そう聞いてきた。
アベルに目線で確認するが、好きにして良いというジェスチャーで返してきたため、ありのままを話すことにした。
「えーと『魔術師』と友誼を持ちまして、本人から託されたのですが? 何かご不明なことがありましたか?」
「そ! それは一体いつの話ですか?」
やや前のめりになり確認してくる衛兵に先日の事だと話すと驚愕と歓喜が同居した不思議な表情を浮かべた。
「やはり『魔術師』様はご存命だったのだ。あの方がそう簡単に亡くなられるはずが無いと信じていて良かった」
なんだかきな臭い話になっているようだ。どうも『魔術師』は死んだことになっているようであり、少なくとも衛兵は『魔術師』の生存を喜んでいる。
『魔術師』を良く思わない権力者たちは追放しただけでは飽き足らず、彼が死んだことにしたのだろう。
まあ何をされようが逃げるだけならいつでも可能だ。取りあえずは門前の待機所に案内され、そこで寛いで処遇が決まるのを待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
日陰で地面に座り、アベルと一緒に魔法瓶のコーヒーで一息付いていると馬の足音が聞こえてきた。
しかも一頭ではないようで、少し音が重なって聞こえる。門の裏側で馬の嘶きが聞こえ、足音がゆっくりになった。
ガチャガチャという金属が擦れ合わされる音と共に門が開かれ、2人の騎士らしき青年がこちらに近寄ってくる。
フルプレートアーマーではなく、革鎧をベースに要所を鉄板で覆った実用性の高そうな鎧であることに驚く。
「あなた方が『魔術師』様よりのご使者か? 私はアンテ伯の筆頭騎士であるアマデウス・マラキアと申します」
物凄い名前を付けたものだ。『
「あ、すみません。少し驚いてしまいまして。私はシュウ、彼はアベルです。共に家名はありません。『魔術師』より、マーティエル様を訪ねるよう書状を預かってきております」
そう言って書状を差し出すと、アマデウスは受け取って検める。懐から出した何かと照らし合わせて確認を取ると書状を返してきた。
「間違いありませんね。実はかの方は亡くなられたと知らされておりまして、閣下も随分と心を痛めておいででした。ご存命と判れば、喜ばれることでしょう」
ここの貴族制度がどうなっているのか判らないが、伯爵の筆頭騎士が無爵という事もないだろう。マラキア卿と呼ぶことにして、彼に声を掛ける。
「マラキア卿、できればマーティエル様にお会いしたいのですが叶いますでしょうか?」
「勿論です。しかし閣下は常に前線の砦に居られます。かなりの距離があるのですが、お二人は乗馬の心得がおありですか?」
俺は体重的にも技術的にも無理なので首を振り、アベルを見ると彼も無理だと肩を竦めてジェスチャーしている。
「すみません。私たちは二人とも馬には縁がなく、ご迷惑でなければ徒歩で参ります。先触れだけ伝えて頂ければと思います」
「判りました。案内の者を付けますので、彼と一緒にゆっくり参られよ。私は閣下に知らせて参ります」
そう言ってマラキア卿は立ち去り、代わりに細身の青年が案内を務めてくれることとなった。
マラキア卿が馬に乗って立ち去るのを見て、違和感を覚える。あ! 馬だ。普通の大きさの馬はこの世界に来て初めて見た!
羊があの大きさなのだ、あんなに小さな馬なんてどうやって手に入れたんだろう?
愕然としていると案内の青年が話しかけてきた。
「ご使者殿。私はマラキア卿の従者をしておりますコンラドゥスと申します。砦までご案内させて頂きますので、着いてきて頂けますか?」
俺とアベルは頷き合うとコンラドゥス青年の後ろに並んで歩き始めた。
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