第148話 魔法学会03

 俺とドクが学舎――研究をする学び舎という事でそう呼ぶことになった――へと戻ると残された面々は皆一様に資料に没頭していた。テーブルの上にあった皿は空になっていたが、サイドテーブルから補充された様子はない。

 俺たちの帰りを待ちわびていたのか『魔術師』が話しかけてきた。


「シュウ殿。この資料に書いてある内容は本当なのか? 世界のあらゆるものは極小の粒から構成されているなんてとても信じられない」


 彼らに渡してある資料には物体の成り立ち、原子と分子などと言った化学の基礎が記されている。現代日本では中学生程度でも知っている内容だが、彼らには異質な知識体系だと受け取られたようだ。


「『魔術師』の爺さんよ、あんたここに来る前に灰色の壁見たろ? 街の前にあったなげー奴だ。あれって滑らかな一枚板に見えたろ? あれの材料な、砂利と砂と石灰なんかの微粉末だ。それと同じなんだよ、一見ツルリとしたこのテーブルも無数の小さな粒の集合体なんだ」


 ドクの話を通訳すると『魔術師』は黙り込む、人工的に石を作り出すなど想定外だったのだろう。


「まあ疑問はあると思うが、それは後でゆっくりとシュウが教える。まずはそういうモンだと考えてくれ。差し当たっては原子と分子だけ理解してくれりゃ良い」


 勝手に教師役を俺に押し付けたドクの台詞に慌てていると、ランドック氏が質問を投げかける。


「そもそも原子というのが理解できない。この銀で出来た棒はその原子何個で出来ているのかね?」


 それに対してドクは考える素振りも見せずに即答して見せる。


「その棒じゃ、ちと計算が面倒なんで縦・横・奥行の全部が1センチメートル。まあこんぐらいだ。そのサイズの銀塊があったと仮定しよう」


 ドクがポケットからサイコロを取り出して皆に見せつける。


「端数は省略するがな、ざっと585に10を20回かけた数だ。あんたらの世界にそんな数の概念があるかは知らないが、おびただしい数の原子が集まって出来てるんだよ。シュウの故郷だと『がい』っつー単位だ、10の20乗を示すんだ」


 ランドック氏は銀の棒を持ったまま呆然としていた。サイコロは明らかに銀の棒より小さい、その圧倒的な数に理解が追い付いていないのは明らかだ。


「原子っつーのは、それ以上分割出来ない最小の単位として提唱されたんだよ。厳密にはもっと小さい物質で構成されてるんだが、その辺は理解できねえだろ? まあ見えねえからな。で、シュウ。アレを配ってくれ」


 声を掛けられて『ニュクス』で印刷してきた資料を配布する。ページ数に従って説明を加えていく。


「一枚目に映ってる白黒の画像があるだろ? そこに映ってるのが銀原子だ。そのデコボコしてる奴1個が1原子だと思ってくれ。

 まあご覧のようにごちゃごちゃしてて判りにくいだろ? で、それを模式化したものがこれだ」


https://20412.mitemin.net/i229582/


「この球が1個の銀原子で、結晶格子って呼ばれる構造を作っている。この構造が無数に重なりあってその棒が出来ているんだ、ここまではいいか?」


 明らかに理解出来ているとは思えないが、ドクは構わず話を先に進める。


「でだ、魔力とやらが流れるとこの中心部に映像として記録されない何かが出現する。それを赤く染色して無理やりイメージにしたのが2枚目の奴だ」


 これが棒の伸びる仕組みだと語りながら、次のページをめくるように指示する。


「んで、次にあんたらが純粋魔力結晶って呼んでる奴の模式図だ。上にあるのが石英。爺さんから貰ったこれだな。左が魔力充填済のもので、右が魔力枯渇時のものだ。変化が判るかい?」


 3つを比較するとその違いは明らかだった。いずれも基本構造は二酸化珪素のそれであるが、魔力充填済のモデルは原子の周囲に無数の待ち針が刺さったような状態になっている。枯渇したモデルでは待ち針の頭が無くなったウニのような原子モデルになっていた。


「こいつが魔力の正体だと思う。魔力の素って事で『魔素まそ』って呼ぶが、こいつが原子に結合すると魔力を貯蔵できるようだ」


 そう言ってテーブルに置いた資料にマーカーで何かを書き込む。待ち針の針部分に『魔素』、頭部分に物質化した『魔力』と英語で記入されている。

 俺がそれを各自に通訳しているのをよそに、ドクの説明は続く。


「んでな、上の画像を見ると判るんだが直接魔力を流しても『魔素』は原子に定着しない。これを固定している力が存在するはずなんだ。そのカギを握ってるのがあんただ!」


 ドクの指先を辿ると『魔術師』に行きついた。指さされた本人も他の者も呆然としている。


「あんたが言ってたんだろ? 魔術の本質は変化し続ける力だって。その例外があんたなんだよ。健康維持の魔術ってのは常に自身に作用して、変化をさせ続けているってので理解できる。

 でもな、あんたはからに変化して固定されている。つまりあんたを森妖精へと変えた龍はこの固定化の力を持っているって訳だ」


 ドクの推論と説明に思わず声が漏れる。ずっと前から魔力の本質は目の前にあったのだ、ただ気が付かなかっただけに過ぎない。


「そして、シュウが龍から引き出した知識に『法の世界』っつーキーワードがあるんだよ。多分こいつがキモだな。仮に『法力ほうりき』とするけどよ、魔力を使って事象を引き起こすと一時的な変化が生じる。

 しかし、魔力と『法力』を併用すれば永続的変化を引き起こせるんじゃねえか? 無からとは言わねえが、物質を生成できるんじゃねえかと思ってる」


 そして資料に書き込んだ『法力』をグリグリとマーカーで丸く囲みながら、矢印を引っ張り「魔力を誘導・制御」と書き加えた。


「魔力ってのは常に変化し続けて制御するのが難しい、だが『法力』は制御に特化した力だと考える。こいつを使いこなせれば、不必要な魔力を集積して廃棄することも可能になるんじゃねえか?」


 周囲を見回すが、全員頭が煮詰まっているようだ。休憩を宣言して『命の水ドクペ』をそれぞれのグラスに注ぐ。何にせよ仮説は提唱された、後はこの仮説に従って検証を進め、仮説が正しいのか立証するしかない。

 幸いにして『法力』については知っている龍に心当たりがある。この星ガイアを守るために必要であれば、彼らもその秘密の一端を教えてくれるかもしれない。

 世界の神秘に迫れる興奮に年甲斐も無く胸をときめかせつつ、給仕を続けていた。

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