第146話 魔法学会01

 紆余曲折はあったものの、やっと合同魔術研究を始められることになった。

 『山妖精の都アルフガルド』の最奥にあるランドック氏の研究所に隣接していた倉庫を改修した建物に一同は会している。

 山妖精からは天才ランドック氏、森妖精からは魔術の創始者『魔術師』、地妖精からは碩学アパティトゥス老人、我々来訪者からは俺とドクが派遣されている。

 ドクだけでは意思疎通に難があるため、通訳も兼ねて俺が派遣されているがそれほどやることは多くないと思っている。

 取りあえずドクが挨拶なんぞする訳がないので、発起人として俺が挨拶をすることになった。


「皆さま忙しい中、我々の呼びかけに応じて頂き感謝いたします。魔力とは何なのか、その法則性を見出す研究会。『魔法学会』を始めたいと思います」


 全員が俺を注視する中、事前に用意しておいた資料を配布する。ハルさん手書きの資料をコピーしたものだが、コピー用の上質紙に気を取られて印字されている内容に目を通して貰えない。

 ひとしきり観察して気が済んだのか、やっと中身に踏み込めるようになった。全員が書いてある内容に目を通すのを静かに眺めながら、飲み物の準備を整える。

 頭脳労働なので甘いものが良いだろうと思ったのだが、ドクが試作144号の『命の水ドクペ』を押し付けてきたので全員のグラスに注いで配る。


 炭酸がはじける黒い液体に皆が興味を抱いたようだ。俺が真っ先に飲んで安全性を見せる。もう市販のそれと何ら変わらないクオリティに仕上がっている。

 見るとランドック氏が一気飲みに近い飲みっぷりで呷ると、グラスをテーブルに置いて吼えた。


「美味い! なんと言う甘さ、爽快さ、体の隅々に染み渡る!」

「わしもこんなに美味い飲み物は初めてじゃわい」

「果汁だけでは到底出し得ない複雑な味がする、これは酒造にも応用できるか?」


 マイナーな飲料だと言うのに妙に受けが良い。加糖された炭酸飲料なんて飲んだ事がないからかな? ドクを見ると得意げにサムズアップしてみせた。


「どうよ? やっぱ判る奴には判るんだよ。まあ最後の1ピースとして見つけた原料にちと難があって、大量生産は難しいんだがな」


「何を使ったんだ? こっちで作れるもんじゃないの?」


「シュウは薬臭さがどうのって言ってたろ? あの路線で進めていてな、ブロチンシロップを入れたらこの味になった」


 ブロチンシロップは気管支系に作用する鎮咳去痰剤として医薬品に分類されている。子供用風邪薬にも確かに入っている成分だ。

 桜の皮から抽出する桜皮エキスから作られており、近年供給不足になっている。そして本来医薬品であるため、飲料の生産にほいほいつぎ込めるものでもない。


「大量生産には桜の木を見つけないといけないのか?」


「そうだな。山桜って奴が望ましいらしい。まあ薬剤系は色々試したんだ、フスコデシロップなんかも配合したが味が変わらなかったしな。まあこれが基本形になると思う」


 初手から色々と脱線したが、全員が落ち着いた頃を見計らってドクが説明を始める。それを横で俺が通訳する流れとなる。


「んじゃまあ手元の資料を見てくれ。まずは魔力ってのは何かについて迫る際に観測できないんじゃ話にならねえ。あんたらは見えるらしいが、強弱を測る手段ってのはねえのかい?」


 それに対してランドック氏が応えて発言する。


「あるが、ある程度強い魔力以外は測定することが出来ない。まあ少し待っていてくれ、ちょっと取ってくる」


 そう言って席を立ち、隣にある自分の研究所へと向かっていった。暫くすると奇妙な道具を持ってきた。握力測定の装置に良く似た、握りが付いた装置で棒状の物が2本突き出ている。


「魔導機関を研究する際に出力を測る必要があってな、その際に作った装置なんだ。ここの部分を握って魔力を流すと左右の棒に変化が現れる。具体的には長くなるんだがな、材質の違う二種類の長さの差異を持って魔力の出力として計測しているんだ」


 そう言って実際にランドック氏が使用してみせる。確かに銀色の棒は目に見えて伸びた。白く濁ったガラス質の棒は変化していないように見える。

 そして巻き尺のような物を取り出すと長さを測り、伸長した長さの比率を魔力の単位として用いているらしい。


「へえ! 面白い測定方法だな、ありゃなんだ? 片方は銀か? っつーともう一方は石英かね? 電気抵抗率と似たようなモンなのか? 魔力ってのは電気に近い性質なのかね?」


 ドクが興味を持ち、鞄を漁るとデジタルマイクロメーターを取り出した。測定機器は2個あり、未使用の方を計測して精密な長さを求めている。

 その上で自分が持つ微弱な魔力を流してみて、その差異を測ると比率を求めて伝える。それを聞いてランドック氏が驚愕した。


「なんと! その装置はそんな微小な変化を読み取れるというのか!?」


 まあ文字通りマイクロメーターなので、読み取り精度が千倍以上違うためランドック氏が驚くのも無理はない。


「んで、これは元に戻るのか? いつまでも伸びたまんまって訳じゃねえんだろ?」


「あ…… ああ、そうだ。比較的状態が安定している素材を用いているが、短いものだと魔力を流し終えた途端に縮み始める。これは一刻(1時間弱)程度変わらないが、その後急に縮むことになる」


「ふーん、つまりだ。こいつが伸びる原因は魔力だ。この棒を詳しく調べたら魔力が目視できるかも知れねえな。そうすりゃこっちの計器でも数値として取り出せるかもしれねえ。おっさん、この棒貰っても良いか?」


 俺がランドック氏に通訳すると彼は頷き、装置から2本の棒を取り外すとこちらに渡してくれた。


「すまん、シュウ。『カローン』の設備じゃ足りねえ、『ニュクス』の方へ急いで送ってくれ。爺さんたちは、すまんがちょっと待っててくれ。すぐに戻る」


 ドクの言葉を全員に伝え、資料を読んでいて貰うよう伝えて飲み物と茶菓子として地妖精の謎芋から作ったポテトチップスを置いて席を立つ。


「すみません。いきなり席を外しますが、すぐに戻りますのでしばらくお待ちください。飲み物とお菓子のお代わりはここに置いておきますので」


 そう言ってサイドテーブルを示すと、急かすドクに追いついて『地妖精の都アスガルド』へと転移した。

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