第144話 合同魔術研究04

 俺は『森都』から水妖精の交易村へと転移した。そろそろドクの割り出したデータからこの星ガイアの緯度・経度を使った座標系での転移が可能となるだろう。

 一度の転移でピンポイントに辿り着けるため、メリットは計り知れない。今は辿った座標間の相対位置を総合して、『森都』・交易村間の座標差を割り出している。

 例によって曲率半径による高低差などが補正されないため、長距離を移動すると危険が伴うが最終的には『カローン』と共に飛ばねばならないため、身一つで実験できる内に補正データを多く得るのが肝要だ。

 位置座標は『管理者の目アドミニサイト』で取得し、メートル単位で較正しているため積算すれば正確な差分が求められると思いがちだが、その理屈が成り立つのは平面上での話である。それぞれの地点が球面上にあるため微妙な差となって現れる。


 現に『森都』と交易村との累積差を入力しても移動が発動しない。恐らく何らかの障害物にぶつかって座標変更が出来ないのだろう。

 高さに相当する座標を1メートル上方へと設定すると、視界が切り替わり直後に落下。気が付けば盛大な水柱を立てて、交易村中央の貯水池に沈みこんだ。

 少し予想はしていたため慌てること無く、水面から陸地を目視するとそちらへと転移する。幸いにも隊商は荷造りをしている段階であり、誰も周囲に居なかったため損害は俺が濡れたぐらいだ。

 盛大な物音に驚いた山妖精達が何事かと歩みよってくる。その集団の中ほどに居たギリウス氏に手を振ってアピールし、抜け出してきた彼と話を交わす。


「ギリウスさん、ガリウスさんに荷物は渡しました。隊商はこれから移動されるのですか?」


「ありがとうございます、シュウ殿。いえ、ここで一泊した後、早朝から移動する予定です。何か御用がありますか?」


「ご負担にならない範囲で結構なのですが……」


 そう言ってアリエルさんから頼まれた霊木捜索を依頼する。霊木の存在は彼も知っており、その効力も周知であるようだ。何でも『山妖精の都アルフガルド』にも1本の霊木が存在し、それを中心に都市が構築されているらしい。

 ただ霊木の若芽は森妖精にしか植樹できず、彼ら以外が植樹してもそれは霊木とはならないというのだそうだ。

 未発見の霊木であれば複数本の若芽を得られる可能性があり、地上に住まう妖精族はその確保に血道をあげているとも言える。

 一般的には地妖精や山妖精の寿命に匹敵する千年に1本程度しか採取できず、それすらも充分に育ちきる前に枯れたり既存の霊木と干渉してしまったりして、彼らの領土はなかなか増やせないのだと言う。


 安全を求めるなら既存の霊木の効力範囲内に重なるように植樹して育てるのが良いのだが、それをすると成長するにつれて既存の霊木と干渉し、双方が弱ってしまう。

 そうなるとどちらかを伐採せざるを得ず、往々にして若い方を切り倒すことになるのだそうだ。

 しかし今回は山妖精にとっても、森妖精にとっても都合の良い植樹場所が存在する。今後より重要度を増す交易路へと飛び地となるよう植樹するのだ。

 そうすればいずれは安全に交易できる道が拓ける。中継地点に向けて開墾を進め、畑を広げても良いだろう。図らずも俺が広めた特産品が生活の余裕を生み出し、霊木の生長を見守るだけの人員を割くことが可能となっていた。


「幸い邪妖精も駆逐されましたしね。根絶できた訳ではないでしょうが、当分は現れる事もないでしょう。奴らは魔物化していながらも霊木の影響を受けにくいので、都市の天敵なのです」


 いずれにせよ良い話題だったようだ、ギリウス氏は無理をしない範囲で捜索すると言ってくれた。大まかには初日に休憩した地点なので候補は二ヶ所程に絞れるだろう。

 そこまで有用な物ならば喫緊の課題が片付けば我々も支援すると告げ、くれぐれも無理をしないよう念を押しておいた。

 山妖精に様子を見て貰っていた海藻を回収すると、彼らと別れ『カローン』の傍へと転移した。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 『カローン』に近寄るとずぶ濡れの俺を見てハルさんが車内に走っていく。暫くするとタオルと着替えを持って走りよってきてくれる。

 ハルさんにお礼を告げて着替えを受け取り、物陰でこそこそと着替えを済ませる。脱いだ衣服はハルさんが回収して洗濯をしてくれている。本当によく出来た娘さんだ。

 折角なので着替えついでにPDAをドクに預けてメンテナンスもして貰いつつ、その間に各拠点を巡った状況をアベルへと報告した。


「状況は把握した。それぞれの協力態勢は取り付けられた訳だな。隊商も明日には移動するようだし、我らも戻る必要があるな。それはそれとして、その海藻はなんだ? サラダにでもするのか?」


「ああ、これは水妖精の特産品に出来ないかな? と思いまして、日本料理に欠かせない昆布の代わりを探して貰ったのですよ。温かい地方と言うこともあり、そのものずばりの昆布は無いと覚悟はしていたんですが、予想以上にかけ離れていまして」


 苦笑しつつも幾分か乾燥が進んだ海藻を並べて見せる。


「交易的には感光材料となる貝が有力そうでしたが、必需品ではないのでどうしても立場が弱くなるでしょう? やはり複数の特産品があった方が望ましいと思うんですよ、可能ならば鰹節も作りたいんですけどね。水妖精単体では無理そうなので悩ましいですね」


「シュウのお人よしは病気だな。イチゴイチエだったか? かつてそんな事を言っていた日系人の部下が居たよ、意味は Now or Never(やるなら今しかない)だったか? 禅は奥深い」


 突っ込みどころが満載過ぎて何から指摘すれば良いのか悩んでしまう。


「取りあえず一期一会は茶道の心得で、禅じゃありません。意味はTreasure every meeting, for it will never recur.(全ての出会いを大事にしなさい、それは二度と起こらないのだから) ぐらいですかね」


「なるほど、オモテナシって奴だな。素晴らしい考え方だが余力を残すようにしろよ。それでなくてもシュウには色々なタスクが集中しているんだからな」


「解っています。目下の懸念事項はこの海藻で出汁が取れるかですね。上手くすると夕飯が一品増えますよ」


 俺がそう答えるとアベルは苦笑しつつも手を振って『カローン』へと戻っていった。今のところは順調に推移している、魔力の本質に迫る研究が始まろうとしていた。

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