第141話 合同魔術研究01

 俺は各妖精族の拠点を巡るにあたって、折角なので栽培して貰う作物を持っていこうとプランターを確認しにきていた。

 植物の種子というのは本当に生命力が強いらしく、鷹の爪から採取した種も、洗い胡麻からもちゃんと発芽している。

 反面残念な結果になった植物が眼前に存在していた。見た目は大きく肉厚な黄色いパプリカという感じなのだが、実はピーマンの種を植えた際に生えた植物である。

 俺の好物であるピーマンの肉詰めを作りたいという事で真っ先に植えたのだが、育ったのは似てはいるのだが全く異なった植物になってしまった。

 恐らくF1種(1代雑種)だろう。1代に限り極めて優れた性質を示すが、次代からは元になった植物とはかけ離れた姿になることが多い。


 そして収穫したパプリカもどきは香りもなく味がほとんどしないという困った植物になっている。栄養価は高く、沢山採れるので栽培を続けているが、正直言うとサラダの嵩増しにしか使えない。

 パプリカのようなしゃっきりした食感も無く、火を通すとぐにゃぐにゃになるので使い道が難しい。ただピーマンの遺伝子は含んでいるはずなので、何かの拍子に顕在化しないかと一縷の望みを託して育てている。

 プランターから苗を育苗ポットに移し替え、唐辛子、胡麻、オレンジ、レモンと林檎にブルーベリー、黄桃の苗をリュックに詰めていく。

 意外と色んな物を食べていたんだなと種類の多さに驚く。寒さに強いのは林檎と黄桃、ブルーベリーの3種で、これは山妖精に任せることになるだろう。


 PDAの通信でアベルに出発する旨を伝えると、ヴィクトルとギリウス氏が俺に用があるという。

 早速ヴィクトルに通信を繋ぐと、森都へ行くのならと預けてあった赤い琥珀を持ってきてくれた。すっかり忘れてしまっていたが、アリエルさんに会えたら渡したい。ヴィクトルに礼を言うと交易村へと転移した。

 通常のブーツに履き替えると減圧ブーツは『カローン』に転送し、交易村の中央付近へ歩を進める。貯水池の近くに副長と話し込んでいるギリウス氏を見つけたので頃合いを見計らって声を掛けた。


「これはこれはシュウ殿。何でも各妖精族の拠点を回られると伺いまして、それならばと荷物の運送をお願いしたいのです」


 お安い御用だと請け負うと、水妖精が天体記録に使っている貝殻を数枚と封書を渡された。これの真珠層表面を採取すれば白黒モノクロ写真を作れると言ったのを試すのだそうだ。

 写真の技術には大きな可能性があると言うのが山妖精の見解であり、技術が確立できればどんどん仕入れたい素材になると言うことだった。

 水妖精の交易品が増えるのは喜ばしいことなのだが濫獲は絶滅を招くかもしれない。エウリーンさんに会ってその辺を注意しなくてはならないだろう。それに個人的に聞きたい事もあったので、荷物を受け取るとエウリーンさんを探す。


 交易村の内部水路にある桟橋付近にエウリーンさんは居た。彼女に声を掛けるとにこやかに応じてくれた。俺も体重を気にしながら突堤まで歩かなくて済むので助かる。

 早速彼女に昨晩出汁を取った後の昆布を見せる。これに似た海藻があれば欲しいと伝えると、仲間の水妖精に何事か話し、少し待って欲しいと言われた。

 言われるままに先の注意事項や世間話をしながら待っていると、3種類ほどの海藻が集められた。いずれも見た目は昆布に良く似ている。


 一つは浅瀬というかほぼ砂浜付近に生える海藻で、一番小さいが昆布と言うより笹の葉(海版)と言った印象だ。

 もう一つは飛びぬけて分厚く、厚さが親指ほどもある上に長さも凄まじい。軽く20メートルはあるだろう巨大な植物だった。

 最後の一つは俺が知る昆布の姿に最も近いのだが、色が黒い。日に透かすと茶褐色のように見えるので密度が高いだけかも知れない。

 どの海藻も夥しい量が自生しており、誰も欲しがらない漁の邪魔者という認識だったらしい。これをスープにすると良い味が出るのだと言うと持ってきた水妖精が齧り付いて不味そうな顔をしている。

 苦笑しつつ乾燥させて味を凝縮させる必要があることを告げ、一度試しに乾燥させるので譲って欲しいと伝えると命の恩人から対価など貰えないと固辞され、結局最初のサンプルだけは無料で頂くことになった。


 海岸にビニールシートを敷いて、その上に3種類の海藻を並べて天日干しにする。巨大過ぎる海藻は4つに切って並べ、からからになるまで様子を見ていて貰うことにした。

 見れば随分と水位が下がってきている。交易村が機能するのもそろそろ限界かも知れない。海藻の世話を山妖精に頼むとまずは『山妖精の都アルフガルド』へと飛んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 アルフガルドの大門前に出現すると、今度は周知が行き渡っていたのかスムーズに内部に入る事が出来た。

 迎賓館を訪ね、ガリウス氏を呼んで貰うよう頼むと応接室に通された。椅子に掛けるよう言われたが、自身の重量が凄まじいので椅子が壊れると言うと石製の椅子を持ちだしてきた。

 山妖精古来の家具は当初石製の物が多く、今もこうした家具が残っているのだそうだ。凄まじく重いであろう椅子を割と軽々しく運ぶメイドさんに驚いていると、山妖精は力持ちですからとほほ笑まれた。

 促されてそろそろと腰掛けると俺の体重にも耐えてしっかり支えてくれる。メイドさんはニッコリとほほ笑むと、お茶をお持ちしますと去っていった。


 再び現れたメイドさんにお茶とお茶請けを頂き、薄荷風味のお茶で喉を潤しているとガリウス氏が現れた。


「これはこれはシュウ殿。貴方に使い走りのような真似をさせて申し訳ない。しかし得難い能力なのですよ、こんなに早く隊商と連絡を取る手段は今までにありませんでしたからな」


 メイドさんに指示を出しながら頭を下げるガリウス氏に封書と荷物を渡す。

 彼は封を切って中身をあらためると、使いを出して貝殻をランドック氏に届けさせるという。ついでなので、この後自分も訪問したいという旨を伝えて貰い、リュックから苗木を取り出した。


「これは我々の世界で栽培されている果樹です。比較的寒い地方に育つ植物で、こちらが甘くて赤い林檎がなります。こちらは黄桃と言って黄色くて甘くジューシーな実をつけます。最後にこれがブルーベリー、甘酸っぱい青い実がつきます」


 すぐには実をつけないが、長期に亘って収穫が期待できるので是非育てて欲しいと伝えるとガリウス氏が切り出した。

 曰く、自分達だけが優遇され過ぎて申し訳ない。このままでは交易に格差が出来過ぎるので、これは地妖精にでも渡して欲しいと言う。

 気候の問題で地妖精には別の果樹を渡す予定であることを告げると、それならばと受け取って貰えた。

 林檎は果汁を発酵させてシードルと呼ばれるお酒も造れると言うと、育苗ポットに印をつけているのが微笑ましい。シードルを更に蒸留するとカルヴァドスに代表されるブランデーが作れると伝えると、彼の目つきが変わっていた。

 酒好きなのは種族的な特性なのか、例に漏れず彼も酒好きのようだ。


 メイドさんが育苗ポットを預かり、部屋から出ていくのを見計らって本題を切り出すことにした。

 『テネブラ』の脅威に対抗するため、魔力の研究をしたいが我々は魔力が見えないため協力を得たい。ついてはランドック氏を中心に、森妖精の『魔術師』、地妖精のアパティトゥス老人を招いて共同研究をしたいと申し入れた。

 まだ各所に調整を図っていないので、起案段階だが可能ならばこのアルフガルドで研究をしたいと言うと、ガリウス氏はむしろこちらからお願いしたいぐらいだと歓迎してくれた。

 最大限の便宜を図ることを約束し、『魔術師』とアパティトゥス老人が寝起きできる住居の提供も請け負ってくれた。

 ここでも対価を払おうとすると断られ、既に十分すぎる程貰っているので少しでも返させてほしいと懇願された。


 ランドック氏への説明はガリウス氏が実施してくれると言うことなので、先にアパティトゥス老人へと話を通すべく『地妖精の都アスガルド』へと飛んだ。

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