第140話 神は死んだ

 十分な観測データを得るための資料は集まった。解析作業自体は皆がやっているため、俺は俺にしか出来ない事をやることにした。

 すなわち龍の知識を用いた調査である。当初『龍珠』は誰にでも使えると思っていたのだが、俺以外の誰がやっても知識を得る事が叶わなかった。

 白龍自身が『龍珠』を託す際に俺を名指しで指定していたので、そのことが関与しているのかも知れない。

 スカーレットの寝床に『龍珠』を運んで、使わせて欲しいとお願いすると『龍珠』を抱卵するような例の姿勢になった。

 スカーレットの背に手を置き、創造神についての知識を得たいと強く望む。


 前回知識を得た際に感じた圧倒的情報量で押し流されるような感覚はなく、落ち着いて情報を探る事が出来ている。


【神とは普遍にして無限。あらゆる時代、場所に偏在し、そして何処にも存在しない。万物の創造主であり、全知にして全能の存在】


 何のことだか要領を得ない。哲学をやりたい訳でも禅問答がしたい訳でもないので質問を変える。


「神はいまどこにおられるのか?」


【昔いまし、今いまし、ここにいまし、彼方かなたにいまし】


 ん? つまり何時いつでも何処どこにでも居るって言いたいのか?


「神と対話することは可能ですか?」


【神は無限。語りかけれどお答えがあるかは忖度そんたくできぬ。常命の者が問うたところで、その命尽きるまでにいらえは頂けまい】


 要するにタイムスケールが違いすぎて意思疎通が成立しないのか。


「龍族はどうやって神からこの星を託されたのですか?」


【龍族はこの世と神世に跨って存在する。ゆえに神世にて無限に広がる御主みぬしより付託の栄誉を受けた】


「神世とは何ですか?」


【神が定めし法の世界。この世を動かす法の記された世界。重きものに引き寄せられるのも、水が高きより低きに流れるのも神が定めしことわり


「そこに行けば神にお会いすることはできますか?」


【龍族であっても神世に踏み込めるのは始祖龍のみ。他はこの世にあって、神世を垣間見るのみ。其は情報の世界。法の世界。理の世界。揺らぐ意識を持つ限り辿り着けぬ】


 む! 情報の世界! ひょっとして俺がている『情報層』は神の世界なのか?


「私が左目で覗く、『情報層』と名付けた世界。通常の世界と表裏をなし、相互に影響しあう情報の世界が神世ですか?」


【正しくはその一部である。小さきものシュウよ、そなたの目は我ら龍族の目に近い。神世の表層を覗き、またそれに介入することができよう】


 なるほど。神世の最下層が『情報層』であり、その上部に世界の法則などを定めた『法則層』のような物があるのだろう。

 つまりパソコンで喩えるとハードウェアが神であり、OSが神世。我々が暮らす物理世界はOS上で動作するアプリケーションのような物だという事だ。

 確かにアプリケーションからハードウェアに直接作用するのはOSが許さない。理にかなったシステムだ。

 神の存在は何となく理解出来た。世界が存続している限り、神は何処にでも居るが、直接意思を交わすことは叶わない。

 最後に一つ確認をする。


「『テネブラ』を神に破壊もしくは、別の場所へと移して貰うことは可能ですか?」


【可能。神に不可能はない。しかし『テネブラ』さえも生み出されたのが神である。世界の全ては神にその存在を許されている。願いが聞き届けられる事はないであろう】


 半ば予測はしていたが神頼みは無理らしい。そもそも願い出たところで、受理されるまでにガイアが滅ぶことすらあり得る。

 神にとってはガイアと『テネブラ』の関係すら毛先が絡まっている程度の認識でしかない可能性すらある。面倒だからと両方排除されたら堪ったものではない。


 俺は龍の意思に感謝を伝えると、スカーレットから手を放す。若干の眩暈はするものの、特に不調はなく有用な情報を仕入れることが出来た。

 頑張ってくれたスカーレットにそろそろ残り少なくなってきた林檎を渡す。一応林檎の芯は取り置いているので、寒い土地なら林檎が育てられるのではないだろうか?

 実験的にプランターに植えた林檎の種からは芽が出て大きくなっている。位置的に一番北部かつ高地にある山妖精に植樹して貰うのが良いと思ってはいる。


 俺は減圧ブーツで苦労して歩き、ミーティングスペースに設けられた俺専用ソファーという名の重量分散カウチに腰掛ける。

 そこで情報解析の指揮を取っているアベルに『龍珠』より得た神に関する知識を伝えた。

 要点はただ1つ。不遜な物言いだが神は役に立たない。人事を尽くして対処する他はないと言うことだ。


 アベルからは現時点の解析結果について概要を教えて貰った。解析の進捗は3割程度だが、それでも当初予定していたよりも高い精度の情報が得られている。

 全ての解析が終われば1マイル(約1.6キロ)先のドラム缶は千ヤード(約900メートル)先ぐらいになるそうだ。水妖精達の観測データはかなり高精度なものであり、長期間に亘る地道な観測が実を結んだのだ。


 解析にはまだ時間が掛かるものの、解析が終わるまで無為に過ごすのでは芸がない。兼ねてよりの課題であった魔力についての研究を開始する必要がある。

 魔力の操作に最も熟達しているのは『魔術師』だろうが、魔力の可能性を広げたのは山妖精の天才ことランドック氏だ。彼の作った魔法の工芸品アーティファクトを利用して魔力の正体を探りたい。

 俺の狙いをアベルに伝えると、『魔術師』とアパティトゥス老人も招いて、全員で知恵を絞った方が良い結果が出るのではないか? と言われた。

 なるほど世界の危機に全員の力を結集して立ち向かうという展開は、なんというか胸が熱くなる。

 俺の転移を利用すれば僅かな時間で集合が可能だ。それぐらいの時間を捻出することは可能だろう。その方向で調整を図ることにした。


 情報の解析が終了し、借り受けた資料を水妖精へ返却できるのに明日中を見込んでいるらしい。それまでに各人の予定を調整すべく、俺はそれぞれの拠点へと向かう準備を始めることにした。

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