第114話 山妖精の変化

 俺とハルさんは『山妖精の都アルフガルド』にある迎賓館を訪れていた。議会の筆頭代表であるガリウス氏に天文学について詳しい人物を聞けば効率的だと判断したからだ。

 今回の訪問に際して手土産に森妖精謹製の紅茶をいくらか持ってきている。気に入られれば交易に弾みも付くだろうという打算もある。


「お待たせした、シュウ殿。あの蒸留というのは凄い技術ですな! 強い酒を求めていた我らには夢の装置です。もっともランドックは混合液を分離できる点に凄さがあると言っていましたがね、まあ奴が良く判らないのはいつものことです」


 にこやかに我々を迎えてくれたガリウス氏は既存の酒からアルコールを取り出し、濃度を飛躍的に高めることが出来る蒸留装置を褒めちぎっていた。

 ランドック氏は流石に目の付け所が違うが、ガス灯に使う燃料を分離できることにでも気が付いたのだろう。その辺りは後でフォローすることにして先に本題へと入らせて貰う。

 ハルさんが紅茶を淹れて全員に配ってくれる。地妖精の職人に作って貰っておいたティーストレーナーごとプレゼントしたのだが、独特の注ぎ方に興味津々な様子で見つめている。

 アルフガルドの水は硬水であったため、軟水の森都で淹れたお茶とは違った風味になっているが、香りは変わらずなかなかに飲みやすい。ガリウス氏もお気に召したようで、香りを楽しみつつ飲んでいる。


 一息ついたところで早速本題を切り出した。やはり山妖精の暦は農耕に深く関与しており、川が氾濫する時期に周期性を見出したことから始まったと伝えられているらしい。

 麦や蕪、瓜などの作付けから収穫までを効率的に行うため暦は洗練されていき、地妖精と交易を結ぶようになってから共通の暦へと改定したのだそうだ。

 暦の改定をする際にランドック氏が尽力したという話なので、彼に話を聞けば観測データも得られるかもしれないと言われた。


 迎賓館を後にした俺たちは早速ランドック氏の工房を訪ねていた。ガリウス氏の使いに訪問を知らせて貰っているので、彼が在宅中であるのは確実だった。

 そして彼の工房は以前訪れた時とは様相が変わっていた。まずドアノッカーの横に金属製のラッパのような物が取り付けられており、一見して用途が判らない。

 取りあえず呆けていても仕方がないのでドアノッカーでドアを叩く。すると隣の金属製のラッパからランドック氏の声らしきものが聞こえる。

 らしきものと言うのはどうも相手を確認できない状態では翻訳能力が機能せず、意味不明の言語として耳に入ってくるのだ。能力に胡坐をかいて言語学習をしてこなかったツケが出てしまった形になった。

 ハルさんに通訳して貰い、来訪の旨を告げると奥に入って来てほしいといらえがあった。このラッパのような物は伝声管に相当する物らしい。『カローン』を見学した際にPDAでの遠距離通信にヒントを得て開発したようだ。


 内部に入って確認できたランドック氏の工房もまた様変わりをしていた。以前訪れた時は錬金術師の工房と言った印象だったのだが、それらは奥へと追いやられ代わりに大型工作機械らしきものが設置されていた。

 早速油圧式のハンドウィンチで天井から吊り下げられた魔導エンジンらしき物が工場っぽさを演出している。中世から一気に近代へと時代が進んだかのような有様に驚きを覚える。


「ははは! 驚いたかね! 君を驚かせることが出来るとは望外の喜びだ。実は君たちが使っていた電気というのも生み出せるようになったのだ。今吊り下げてあるのはその実験機だよ、駆動させるとコイルに電流が発生するのを確認できている。

 当然電気の力を使えば逆にモーターを動かすことで動力を得ることが出来ると判り、君たち来訪者が持つ技術の一端を理解することが出来たようだ。まだまだ実用化には時間が掛かるだろうがね」


 ランドック氏は本当に天才のようだ。『カローン』見学とドクや我々との会話だけでこれだけの物を作りだしてしまう。武器には然して興味を示していないのが救いではあるが、連射機構と自動化を見せてしまっている以上は軍事力のアドバンテージで山妖精が頭抜けてしまっている。

 我々が技術を伝えるまでもなく元々工業化の端緒にはいたのだが、その進化形と仕組みを見せたことで一気に飛躍が出来てしまったようだ。

 妖精族の将来に若干の不安を覚えたものの、取りあえずは喫緊の課題を解決する方が優先である。早速本題へと入らせて貰うことにした。


「暦か、君たちの設備を見せてもらって以降、我々の時間管理の大雑把さを問題視していたところだったのだ。何せ君たちで言う分や秒に相当する単位が無いのだよ。時計自体を大きく改革したいと相談していたところだ。

 それで君たちが欲しているのは過去の記録かね? それが何故必要になったのか訊ねても構わないかな?」


 別段隠し立てする必要もないので、大雑把にことのあらましを説明するとランドック氏は絶句していた。まあ天体が敵だと言われて、すぐにそれを受け入れられる方がどうかしている。


「なんてことだ! 君たちが願いを叶えると魔術は衰退する、つまり魔導機関は斜陽の存在となるのか……」


 なるほど、そう考えるのか。確かに魔力の供給源たる『テネブラ』が無くなれば、魔力を利用する技術である魔術や魔導機関は用をなさなくなる。

 しかし『魔物』化した生物は魔力を生み出す器官を体内に備えるようになるらしい。それを研究して人工的に魔力を作りだせるのなら、大規模にやり過ぎなければ問題ないかも知れない。

 それをランドック氏に伝えると、彼は何度も頷き『魔物』のサンプルが得られたら譲ってほしいと言われた。龍に確認して問題ないようなら譲ると約束すると、彼は数十枚の羊皮紙を持ってきてくれた。

 そこにはアルフガルドから観測した星空を写し取った絵が描かれており、暦と合わせて天体運行の基礎データとなり得る資料となっていた。

 持ち出しは禁止されているという事なので、早速PDAのカメラ機能で全てをデータ化してしまう。この際にカメラの原理について根掘り葉掘り聞かれたのだが、俺が知っているのは銀塩写真とCCDカメラの原理であり基礎技術が抜けてしまっている。


 まずはモノクロ写真についてのノウハウを提供することを約束し、ピンホールカメラと感光材料で原始的なカメラを作るところから始めて貰うということで納得して貰った。

 ここで得られた天体観測データは持ち帰り次第ドクに分析して貰い、ガイアの正確な大きさや自転、公転周期、主恒星たる『ソラス』の位置や『テネブラ』の位置を割り出すのに役立つかを確認しなければならない。

 不十分だった場合は更なるデータを求めて各所訪問を続行する必要がある、先の見えない作業に暗澹たる気分になっていたが、少しは希望が見えてきた。

 妙な宿題をも背負ってしまったが、確実に前進していることを実感しつつ『カローン』へと帰還した。

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