第115話 地妖精とジャガイモ

「んで、これが山妖精の書き写した星空の映像か。解析しないとはっきりした事は言えねぇが、ガイアの自転周期や公転周期を測るには貴重な資料となるだろうが、半周期も空に留まり続けるってのに『テネブラ』が描かれているものが少ないな、動きがないからか?」


「観測の切っ掛けが農耕にあるから、変化が少ない『テネブラ』じゃ目印にならないからじゃないかな?」


「なるほどな、俺様は取りあえずこの画像を解析するよ。シュウには悪いんだが『ニュクス』から観測装置を取ってきて欲しいんだ、頼めるか?」


「お安い御用さ、ただ俺が見てもどの装置が必要なのか判らないからリストとかあると嬉しいんだが?」


「ああ、それはもうシュウのPDAに送ってある。格納位置と品名を指定すれば取り出しは自動でしてくれるからそれを片っ端から転送してくれ」


「山妖精の隊商も今は『地妖精の都アスガルド』に居るらしいから丁度良かったよ。逆に向こうへ持っていく荷物はこのコンテナ一個で良いのか?」


「そうだ、その中身は消耗品の空き容器がほとんどだから、取り付けてあるタグを読み込ませれば勝手に格納してくれる。んじゃ頼んだぜ! これで少しはスペースが広くなるってもんだ」


 ドクの言葉に苦笑しながら俺とハルさんはアスガルドに転移した。コンテナを載せた台車を押しながら『ニュクス』に近づくと、PDAで認証して遮蔽モードを解除し、荷物の搬出と積み込みを指示する。

 コンテナの一部が持ち上がり、内部からクレーンアームに吊り下げられた木箱が運び出される。逆に搬入する荷物はセンサーライトで指定された位置に収まるように置いて、タグをPDAで読み込むとクレーンが運び上げてくれる。

 どういう仕組みで運用されているのか良く判らないのだが、ドクに言わせると大型倉庫ってのはどこでもこの程度の事はやっていると言うことらしい。

 自動で在庫管理もしてくれるので便利ではあるのだが、ドクに何かがあった場合は誰もメンテナンスすることすら出来ないシステムだけに不安が付き纏う。

 積み込みが終わり、搬出された荷物を交易村にある『カローン』へと転送していると後方から声が掛かった。振り向くとアパティトゥス老人が手を振っていた。


「お久しぶりです、ご老人。今日は少し荷物を取りに立ち寄らせて貰っています。ご老人はどういった御用で?」


「なに、お主らが何やらしていると聞いたのでな。ほれ、お前さんが分けてくれたジャガイモとか言う奴が沢山採れたんでな、見て貰おうかと思ってのう」


「え!? もう収穫できたんですか? 凄いなあ、僕たちの故郷だと植えてから収穫できるまでに百日近く掛かるんですが」


「うむ、『闇の森』の黒土が良いのじゃろう。ただのう、まだら模様になっている芋があってのう。お前さんがくれた資料とは違う姿になっておって食っても良いものか思案しておったのよ」


 まだら模様と聞いてピンと来た。ジャガイモ栽培は小学生の頃から何度もやっているので、ジャガイモの変色には覚えがある。そしてそれは少々問題のある事象だった。


「ご老人! 賢明な判断です。まだら模様というのは緑色になっているのでしょう? その変色した芋は日に当てましたか?」


「おお、そうじゃ。急な雨で土が流されてのう。確かにその辺りで採れた芋が緑色と茶色のまだら模様になっておる」


「食べなくて正解です。その緑色の部分は有毒です。もっとも我々には毒でもあなた達には違うかも知れませんが、危険があると判っている以上は食べない方が良いでしょう」


 ジャガイモは日光に当てると徐々に緑色になり、その部位にソラニンと呼ばれる有毒な成分を蓄える。少量であれば食べても苦いだけなのだが、たくさん食べれば中毒し頭痛やめまい、下痢や嘔吐を引き起こす。最悪の場合は死に至ることもあるのだ。

 取り急ぎ現物を見せて貰うことにして、老人宅にお邪魔する事にした。それほど多く栽培していなかったはずだが、老人宅の客間は床一面に筵のような物が敷かれ、その上にゴロゴロとしたジャガイモが転がっていた。

 掘り出されて土を払っただけのジャガイモは地球のものと縮尺は違えど大差なかった。しかし半数ほどのジャガイモに緑色の斑点が出ていたり、完全に緑色に染まったりしているものがある。

 取りあえず手分けして芋部分だけを切り離し、更によく水洗いをして選り分けた。緑色になったジャガイモも染まった部分を取り除けば食べられるのだが、そもそもでんぷんを消費してソラニンを生成しているため味が落ちる。

 それに種イモとする分には何の問題も無いので、そちらは小さく切って貰って種イモとするように指示しておいた。


 芋の変色には日光が関連しているので、枝が伸びた辺りで根元に土を盛ってやれば少々の雨では露出することが無いとアドバイスをしておいた。

 しかし芋がデカイ。アベル達がメークイン種を好むため、俺が持ち込んだ男爵芋を栽培して貰っていたのだが、通常であれば成人男性の拳程度にしかならない芋がバレーボールほどもある。

 ついでに言えば発育速度がここまで早いと思っていなかったので、芽を摘んで栄養を集中させるなどの処理をしていないため小ぶりなクズ芋がたくさんできている状況なのだ。

 地球でやるように摘芽して栄養を集中させたらどれほどの大きさになるのか興味が尽きない。取りあえずは食べられる芋と種イモにするものとを分け終えたのでジャガイモの簡単な食べ方を教えることにした。


 アディ夫人に蓋つきの鍋を借りると皮をむいたジャガイモを一口大に切って入れ、水をひたひたの状態になるまで注ぐと火に掛ける。火加減も関係ないため最大火力でガンガン加熱し、中の水が沸騰しても茹で続ける。

 竹串は無かったのだが鉄串はあったので、それで芋を刺して火の通りを確かめる。抵抗が少なくスッと串が通るようになればOKだ。水を捨てて水分を飛ばすと火加減も程よく弱火になっているので、そのまま鍋を揺すりつつ塩を振って味付けをする。

 でんぷんが粉を吹いて白くなり、粉ふき芋が完成した。調理人特権で一つ摘まんで味見をする。芋の甘みと塩のみのシンプルな味付けだが実に美味い。

 早速木皿に盛り付けてハルさんや老婦人にも食べて貰う。アパティトゥス老人が咳込み、アディ夫人が目を剥いて驚いている。


「なんてこと! 茹でて塩を掛けただけでこんなに美味しいなんて……。あなた! これは一大事よ! 皆にも知らせないと」


「そうじゃな! これは凄いわい! 毒になるかもしれんという扱いが難しい芋じゃが、これほど美味ければ些細なことじゃ! この芋は保存が利くのかね?」


「残念ながらそれほど長期間の保存は出来ません。水が凍らない程度の冷暗所で保存するなら30日程度はもちますが、それ以上になると腐ってしまったり、芽が出たりします。そして芽にも先ほどの毒が含まれるので、芽を取り除くか植えるかするしかないですね」


「ふむ。主食をこれに切り替えてしまうと良くなさそうじゃな。お主が持ち込んだ作物はどれも大地の活力を凄まじく吸い上げるようでな、『闇の森』の黒土が茶褐色になってしもうておるよ。こうなると普通の土と変わらん」


 アパティトゥス老人はがっかりしていたようだったが、アディ夫人は木皿を手に持つとどこかへと出て行ってしまった。

 暫くするとどやどやと大勢の地妖精が老人宅を訪れ、戻ったアディ夫人が小さく切った粉ふき芋を配っていく。そして皆が目の色を変えて驚いている。

 中にはアパティトゥス老人に詰め寄って、植えてからどれぐらいの期間で収穫できるのかを聞いている気の早い男性も居た。アパティトゥス老人が栽培を任せていた地妖精を呼び、彼に質問を押し付けて避難してくる。


「いやはや、これは予想以上の人気じゃわい。わしらが普段食べておった芋は硬くてぼそぼそしておる。まあその分保存は利くんじゃがのう。お世辞にも美味いとは言い難い」


 そう言ってアパティトゥス老人が取り出した芋を見ると何か妙だ。俺が良く知っている他の植物に凄く似ている。具体的には生姜。枝分かれした独特の形がそっくりだ。これは芋なのか?

 例外なく大きいのだが、生姜ならば食べ方がそもそも間違っている。あれは芋として扱って良いものではない。調理場は既に粉ふき芋で戦場のようになっているので、机の上に載せてナイフで切ってみる。

 生姜であれば独特の匂いがするのだが、しないしそもそも断面が白い。ナイフで少しえぐって食べてみるとシャリシャリと妙な食感がする。日本の梨を硬くしたような石細胞特有の歯ざわりがあり、しかし甘味は極端に少ない。

 水分は多いのに保存が利くとは妙な芋だなと思いつつ、少し分けて貰って研究してみる事にする。そして折角地妖精が沢山集まっているのだからと天体観測データの有無について訊ねてみた。


 するとアパティトゥス老人が一人の地妖精を呼び出し、彼は一つ頷くと老人宅を出て行った。暫くして戻ってきた彼は山のような紙束を抱えていた。

 少し黄色い色の付いた紙には多くの観測データが記されていた。何でも彼は地上にある観測所で天体観測をする技術者なのだそうだ。

 限られた土地を少しでも有効に使わねばならないという必要性が詳細な天体観測データを必要とし、山妖精が無色透明なガラス製品を生み出したのをきっかけに、レンズを作り望遠鏡を作ったのが地妖精だったらしい。

 地下で安全に暮らしつつ、しかし限られた期間で最大の収穫を得るための涙ぐましい努力の集大成がそこにはあった。季節ごとの太陽の航跡も記録されており、『ソラス』も『テネブラ』もわけ隔てなくしっかりと記録されていた。

 紙束はよく見ると紐で縫い付けて綴じられており、一応冊子の形を取っていた。よく見ると繊維の方向が縦横に走っているのが見えるため、一度分散させた繊維を再び膠着する製法で作られた紙ではないのが判る。

 おそらく地球で言うところのパピルス紙に似た製法で作られているのだろう。聞くまでもなく貴重で高価な存在であると判る資料を貸し出してくれるという地妖精には感謝してもしきれない。


 しかし俺たちには現代の利器があるので、長期間借りるまでもない。ハルさんにLEDライトで照らして貰い、しっかり光量を確保した状態で次々と写真に収めていく。

 量が量なので時間はかかるが作業を眺めていたアパティトゥス老人もページめくりを手伝ってくれ、作業は効率的に進む。

 好奇心旺盛な地妖精たちは写真に興味を抱き、一瞬でその姿を写し取れる技術に驚嘆するとやはりカメラの仕組みについて知りたがった。

 ランドック氏にも頼まれていることでもあるし、次にこちらを訪問する際にピンホールカメラと感光材料を持ってくると伝えると技術者たちが盛り上がっていた。

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