第111話 星喰らい

 白龍が去った『龍の祭壇』に沈黙が下りる。そして誰からともなく盛大に息を吐きだした。


「あー緊張した…… もうちょっとこう今から出ていきますよって言う前振りが欲しいね、目を開いたらそこに居るとか反則だよ」

「よくやったぞ、シュウ! 情けない話だが、俺は身動きが取れなくなっていた。銃口を突き付けられてもあんな重圧は感じなかったぞ」


 供物机を見ると肉と酒は綺麗に消えており、皿とスープ皿のみが残されていた。『久保田 紅壽』の一升瓶が消えているところを見ると、本当に気に入ってくれたようだ。

 そしてスープ皿の中に美しい球体『龍珠』が入っていた。色が変わることで有名な宝石アレキサンドライトとは異なり、グラデーションのように徐々に色が移り変わる奇妙な物だった。

 取りあえず酒が付着するとべたべたすると思い、『龍珠』を手に取ろうとしてスープ皿が乾いていることに気が付く。どうやってか綺麗にした後で『龍珠』を置いてくれたようだ。

 砲丸の玉ほどもある『龍珠』は手に取るとずっしりと重く、中身がしっかりと詰まっている感じがする。ここで検証していても仕方ないので、お酒を包んでいた風呂敷に包むとリュックに入れ、供物机ごと『カローン』へと飛んだ。


 『カローン』に戻ると供物机は壊して薪にし、ミーティングスペースにチーム全員で集まると龍との邂逅について説明した。

 ことのあらましを聞き終えた皆は沈黙を保っている。なかなかどうして荒唐無稽な話だ、すぐに飲み込むのは難しいのだろう。アベルが手を鳴らすと注意を集めて語り掛ける。


「皆、難しく考える必要はない。要は『地球』へ帰ることは可能だということだ。そのためには『天体テネブラ』を何とかせねばならないというのが問題だ。

 とは言え、我々が『テネブラ』について知っていることは多くない。精々がこの星を照らす恒星の一つであり、公転周期の約半分もの間ずっと夜を追いやる存在だという事ぐらいだな」


 アベルの合図を受けて俺は『龍珠』を取り出し、風呂敷を開いて中身を見せる。俺の肩に止まっていたスカーレットを腕に移すと、『龍珠』を近づけた。

 どうするのかと期待して見ていると、スカーレットは『龍珠』の上に乗ると蹲った。抱卵するような体勢になったスカーレットから白龍の意識が流れてくる。


【小さきものシュウよ、そなたに龍の叡智を授けよう。我が眷属に手で触れて知りたい事を思い浮かべよ】


 それは恐ろしい体験だった。脳裏に浮かぶいくつもの疑問に対して同時並行で回答があり、しかもその情報は多彩であり五感の全てを一斉に刺激され、あっという間に許容量を越えた。

 スカーレットから手を離し、肩で息をしながら呼吸を整える。圧倒的高密度の情報に晒され続けた脳は悲鳴を上げ、知恵熱とでも言うべきか頭痛と発熱でもって限界を告げてきた。

 少し休憩を取り、消炎鎮痛剤を水で流し込むと垣間見た情報を整理する。順序立てて話す準備が整うと、再度皆に集まって貰い話し始めた。


 第一に妖精族が『テネブラ』と呼んでいる恒星に見える存在は、一個の巨大な生命体であるということ。

 我々の時間で言うところの百万年ほども昔に突如現れ、この星に狙いを定めて寄生した寄生生物である。始まりの龍こと始祖龍がその存在を知っており、『星喰らい』という呼び名が付けられている。

 『星喰らい』の行動は非常に単純であり、恒星系の一点に留まり狙いを付けた惑星へと魔力を放射する。魔力は生命と相性が良く、その存在の在り様を書き換える。

 人間の活動に喩えると、惑星とそこに住まう生命体には人体と血流のような関係があるらしい。生命が生まれ、また死ぬ際に惑星に人間で言う酸素に相当するものを運んでいるのだ。

 そして魔力はその生命が運ぶ酸素よりも強く結合する一酸化炭素のようなものであるらしい。魔力自身は無害だが、生命が運ぶ酸素を横取りされ、やがて星は酸欠に陥り寿命よりも早く死に至る。


 星は死を迎えると形を保てなくなり、バラバラに崩れると『星喰らい』に飲み込まれ、『星喰らい』は惑星一個分の質量を得て肥大化し、次の餌を求めていずこかへと移動すると言うことだった。

 始祖龍はそうして喰われた惑星を知っており、神より託された星を守るべく魔力の除去を行っているそうだ。しかし星は広大であり、そこに住まう生命は無限に近い。

 微生物のような存在は魔力を蓄積する容量が足りないため問題ないが、植物や動物には徐々に影響が現れ始めた。魔力が浸透した生物は概ね巨大化し、蓄積が進むと突然変異を起こし自身で魔力を生み出す器官を持った生物になる。


 魔力を生み出す生物は『魔物』と呼ばれ、それ自身が世界を蝕む毒素となり得る。これが増えぬよう世界を監視し、その芽を摘むのがいつしか龍の役目となった。

 かつて地妖精を襲った女王蟻などは『魔物』と化した蟻であり、見つけ次第駆除していたのだそうだ。しかし対症療法では限界が訪れ、魔力濃度の高い地域には龍の卵を配して、幼龍が成長する際の糧とすることで『魔物』化を食い止めていたのだと言う。

 一般に寿命の短い生物ほど『魔物』化が早く、世代交代の早い生物を注視していたのだが、長い寿命を誇る妖精族にも『魔物』化するものが現れだした。

 それが『邪妖精』であり、個体数の少ない妖精族はいずれ全て『邪妖精』になると危惧していたが、『魔術師』が『魔術』を齎した。

 『魔術』は体内に蓄積した魔力を無理なく体外に放出でき、『魔物』化する妖精族は激減した。龍はその業績を称え、『魔術』を励行し『魔術師』にもそれを広めるように求めた。


 千年に一度周期で訪れる『星喰らい』の活動期には『魔物』化が頻発し、対応に追われていたが『魔術』の普及で余裕が生まれ、対症療法から『星喰らい』そのものに干渉する抜本的な対応を取ろうとした矢先に『星喰らい』に変化が現れたということだった。

 大陸中に増えた人類も頭痛の種となった。『魔術』を制限し、限られた者で独占した結果、毒素の生態濃縮に似た現象が発生した。大陸に住まう支配者層はいつ『魔物』と化してもおかしくない状態にあり、彼らが繰り広げる権力争いで発生する人々の生死が星の寿命を縮めている。

 次の活動期まで様子を見て、改善する様子が無ければ人類は滅ぼされる予定だったという。それ故に『魔術師』は龍が保護する神域の島へと戻されたのだ。


 話が長くなり、一気に多くの情報を齎したため、皆も休憩を必要とした。アベルが1時間の休憩を宣言し、各々が自分の部屋へと戻っていった。

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