第90話 森都と龍の秘密

 アリエルさんが椎茸や舞茸などの地球産の茸を持ち帰ってから2日、ついに森妖精の都に立ち入る許可が下りた。

 余談だが黒トリュフを見せたところ、森妖精が暮らす大森林ではありふれた茸であるらしい。森妖精は人類よりも嗅覚が鋭いのか、アリエルさんは交易集落からいくらも進まないうちに黒トリュフを見つけ出した。

 巨大過ぎて苔むした石だとしか思っていなかったが、落ち葉を払うと確かに茸だ。表面が硬化しているのでナイフで削り取ると芳醇な香りが漂う。

 削ってしまったことだし、一つ丸々掘り出して持ち帰ることにした。アリエルさんは小さい方だと言っていたが、地球では1キロを越えればニュースになるほどだと言うのに、3キロは優にある。

 『闇の森』で育てる事が出来ればもっと大きくなるのではないだろうか? まあ香りがメインであり、量を食べる茸ではないのでこれだけあれば十分だ。


 話を戻して我々チームは現在大森林に踏み込んでいる。アリエルさんらに先導されて森を進むのだが、なかなか一筋縄ではいかない。山歩きに慣れていない俺、ハルさん、サテラが遅れがちなのだ。

 他二人は女性なのでやむなしという見方もあるのだが、俺については言い訳のしようがない。ドクはそもそも付いて来ていないので、お荷物は俺だけという有様だ。

 結局はアベルとヴィクトルが二人を背負い、俺は遅れないように必死で後を追うことになった。最後尾にはウィルマが付き、俺はひとつ手前を必死に歩く。

 根っこに足を取られて転ぶこと2回、泥濘に足を取られて転倒すること1回の後、なんとか目的地に到着した。従軍経験者や生粋のハンターは大したもので、汗こそかいてはいる物の涼しい顔を保っている。


 しかし到着したとは言っても住居らしきものも見当たらず、他に森妖精もいない。何処にあるのかと周りを見渡していると蔓植物が伸びてきて、俺たち一行を樹上へと持ち上げた。

 そう言えばアパティトゥス老人が樹上に都市を築いていると言っていたなと思い出す。疲労のためか頭が回っていない、意識を新たにするべく深呼吸をしたが、酸素濃度のために咽かえる。

 暫く咳込んでしまったが、おかげで意識がはっきりした。改めて周囲を見渡すと、そこは異質な空間だった。

 樹木が互いに枝を渡しあい床や足場を作り上げ、飛び石のように方々の足場に住居が作られていた。まるで『トム・ソーヤーの冒険』に登場するハックルベリー・フィンが秘密基地として使っていたツリーハウスのようだった。

 勿論規模はこちらの方が圧倒的に大きく、日本の1Kマンションなどより余程快適であろうことがうかがい知れる。


「ようこそ、来訪者のお客様。『森都ラスガルド』にお客様をお招きするのは随分と久しぶりになります」


 そう言ってにっこりとほほ笑むのは美しい森妖精の女性。その微笑みは美しくはあるのだが、アルカイックスマイルのような感情を超越した笑みであり、仏像を眺めているような何処か非人間的な物を感じさせた。

 彼女は『森の花嫁グローディス』と名乗った。アリエルさんをはじめ、皆が畏まっているところを見ると森妖精の偉い人なのだろう。重鎮自らお出迎えとは実にフットワークが軽い。


「グローディス様がお出でになるとは思っておりませんでした。こちらが来訪者の方々になります。個別のご紹介はまた後程、皆さまこちらの女性が森妖精の最長老、我らの祖たるグローディス様です」


 聞けば彼女が生存する最古の森妖精であり、森都で暮らす森妖精は全て彼女の子孫にあたるらしい。本人自身も年齢は把握しておらず、最低でも八千周期(1万8千年)以上もの時を生きているとのことだった。

 彼女は常に森都中央にある大樹の中で眠っており、滅多なことでは姿を現さないため皆が騒然としていた。

 俺はグローディス様を盗み見る、肌も艶があり髪は目が覚めるような翡翠色、アリエルさんに良く似た恐ろしいほどの美人だ。いや逆か、アリエルさんがグローディス様に似ているのだ。


「私も永き時を生きてきましたが、森都に冠を戴く龍をお招きできるとは思っていませんでした」


 グローディス様が良く判らない事を言う。龍など何処にも居ないではないか、そう思って彼女を見ると真っすぐに俺を見据えている。


「え? 私は『魔術師』殿と同じ世界の住人です。龍なんてことはありえません」


「あら、ではどうして幼龍を連れていらっしゃるの?」


 グローディス様が不思議そうに小首を傾げる。幼龍? 彼女の視線は俺の右肩の上に固定されている。え!? スカーレットって龍なのか? 鳥にしては変だと思っていたが、龍って鱗がある爬虫類みたいな物じゃないのか?

 混乱で頭が真っ白になったが、とにかくこの世界に来てからの一部始終を掻い摘んで説明した。グローディス様は興味深そうに聞いていたが、やがて恐ろしい事を言い放った。

 俺はスカーレットが王女蟻に食べられたのだと思っていたが、実際は逆で体内から王女蟻をスカーレットが食べていたというのが真実らしい。


「スカーレット、お前って龍だったの?」


 嘴を突いて話しかけてみるが、本人(本龍)は首を傾げて良く判っていない様子だ。そう言えば火を吐いたってウィルマが言っていたし、思い当たる節はそこそこある。

 しかし成龍を見る限り、龍は同族以外と一緒に生活することはないようだ。その点スカーレットはウィルマと一緒に出掛けたりするので、妙な龍だという事になる。

 グローディス様自身も龍を目にする機会は多くなく、幼龍に至っては長い人生で2度目の出来事らしい。成龍に連れられた幼龍は、やはり宝石のような美しい羽根を持つ鳥のような姿で、その羽根は翡翠色をしていたそうだ。

 龍の生態はグローディス様すらも知らず、成龍であれば言語による意思疎通が可能であるという事しか判らないとのことだ。


 思いがけない情報を得て話が脱線してしまったが、ここはひとつ軌道修正を図り本道に立ち返るとしよう。

 我々の第一目標は地球に戻る事であり、そのために『魔術師』と会う必要がある。彼に会ってこの世界で得た情報を共有し、地球へ戻る道筋を見出すのだ。

 そう思って『魔術師』の所在を問うと、ちょうどアリエルさんが交易のために出発したのと入れ違いに蜂蜜採取に森の奥へ向かっており、まだ帰ってきていないという事だった。

 肩透かしを食らった形になるが、ここで慌てたところでどうしようもない。当初の予定通り料理を主軸に据えた交流を深めることにしよう。


 森妖精の食事事情はここ千年ほども変わっておらず、延々と同じ物を食べ続けており、食事とは生命を繋ぐためのものであり、楽しみとは思っていなかったらしい。

 革新派たちが行っていた交易にしても同様で、多少目新しい物が入ってきはするものの、森妖精の生活を変えるような物はなかった。

 しかし我々が提供した各種料理や新しい調理法、デザートと言う存在が常識を打ち砕いた。しかもその殆どがこの世界で賄えると言うのだから、守旧派達も大いに期待したらしい。

 彼らは新しい事を受け入れないのではなく、希望を抱き失望することに慣れた結果、希望を抱くことそのものをやめていたに過ぎなかったのだ。

 皆が期待の目で見守る中、地球人と森妖精との交流会が幕を開けた。

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