第87話 森妖精03

「危険ですから、この線よりこっちには絶対に入らないで下さいね?」


 そう言い置いてから転移して、アルフガルドに戻り『カローン』と共に交易集落に戻ってくる。

 突如現れた巨大な人工物に慄いている森妖精をよそに、車体後部ハッチからチームのメンバーが続々と降りてくる。

 サテラがスカーレットを抱えて降りてきた際に、アリエルさん――呼び捨てで良いと言われたのだが、敬称呼びで許して貰った――が息を飲む音が聞こえた。

 それぞれの紹介を済ませると、早速とばかりにアリエルさんが質問を投げかけてきた。


「シュウさん、そちらのサテラさんはどういった方なのですか? 我々と似てはいますが、微妙に違うと言いますか…… これほど幼い頃から膨大な魔力をお持ちになっているようですし」


 不安そうにしているサテラを俺の傍に招き寄せて頭を撫でて、彼女の出自と言うか出現した経緯を説明した。

 ついでにスカーレットについても確認したが、森妖精の誰もが知らないと口にした。完全に新種の生物なのかもしれない。

 一通りの面通しが終わると通常通りの交易が開始された。俺たちもいくつか品物を用意したことを話すと、興味を持ったアリエルさんが我々のテントへと足を運んでくれる。

 彼女の乗ってきた巨大羊は木に首綱で繋がれると、我関せずとばかりにその辺の草をむさぼり始めた。かつて俺たちが仕留めて王女蟻の餌にした羊と異なり、このヤギは二本の湾曲した角が後方に伸びているという地球で良く見るタイプの羊だった。


「どのような物が好まれるか判りませんでしたから、我々の故郷から持ち込んだ品物とこちらの世界で栽培に成功した茸等をお持ちしました」


 手始めにアパティトゥス老人が育てた椎茸を見せることにした。今朝収穫したばかりの椎茸は実に三百グラムもある巨大な物だった。俺が地球から持ち込んだ生椎茸が1個だいたい十グラム前後なのと比較すると規格外なのが理解できよう。

 流石に食味試験もせずに他人には渡せないため、アパティトゥス老人宅で収穫した椎茸を油で炒め、醤油をかけて食べてみた。肉厚の傘はブリブリとしており、噛みしめるとうま味が溢れ出す。俺と老夫妻で瞬く間に一個を平らげてしまったが、味に関しては太鼓判を押せる。

 早速ハルさんが焼いてくれた椎茸を切り分けて紙皿に載せるとフォークと共にアリエルさんに渡し、毒が無い事を示すために一切れを目の前で食べてみせる。うん、吸い物にしようかと思っていた軸の部分まで美味い。

 アリエルさんもおずおずと手を伸ばすと、一切れの端っこを小鳥のように啄み目を見張る。そして一緒に着いてきたイケメン達にも食べてみるように勧めている。


「これは凄く美味しい茸ですね。それにかけられている茶色い汁もとても美味しい。ただ塩辛いだけじゃなくて甘いような複雑な味がします」


 好評だったので次々に茸を見せる、エノキと舞茸、ブナシメジにエリンギは『闇の森』の黒土を培土に種菌を作り、覆土にも使用したところ数日で収穫できるように育つという破格の成長を見せてくれたので栽培キットのような形になっているのを目の前で収穫してみせる。

 最初に提供するのはエノキだ。これが最も栽培が簡単で石突部分を残しておけば何度でも生えてくるという脅威の生命力を見せてくれている。

 我々が普段目にする白いエノキダケから菌を採取したのに、成長したのは褐色のエノキダケになってしまった。まあ生育環境の違いだろうと納得し、味には問題なかったので提供することにした。

 醤油が好評だったので、味醂とともに水洗いしたエノキと先ほどの椎茸の残りを入れて、中華鍋で煮詰めていく。

 そして完成したのはアツアツのご飯に載せて食べれば堪らない自家製なめたけだ。既に調理中の香りで陶然としていたアリエルさんに味見を依頼する。当然その前に俺も一口食べてみせる。うん、美味い。しかしご飯が欲しい。


「んーーー!!」


 口に頬張ったまま耳をピコピコさせているのが可愛らしい。男性陣の方もしきりに頷きながら食べている。割と受けが良いようだ。しかし俺の手札はこの程度ではない。

 次に出すのは舞茸の天ぷらだ。衣をつけて大量の油で揚げるという調理法がこちらの世界にはないのか、森妖精はおろか山妖精までが珍しそうに眺めている。

 揚げたての舞茸の油をきり、紙皿に載せてまずは塩だけを振って食べて貰う。これは珍しい調理法も相まって物凄い人気となった。

 実は舞茸栽培は上手くいかなかったというか、上手く行き過ぎてダメだったというか。プランター程度の大きさで育てていたのだが、プランターを覆いつくす程の大きさに成長し、重量に至っては10キロ以上もあるオバケ茸になってしまった。

 だからどれだけ食べられようとなくなる心配などありはしない。しかし簡単に増えすぎるので売り物としての価値は低くなってしまうかもしれない。

 そして深皿に醤油と味醂、だし汁で作った天つゆを入れ、これに浸して食べても美味しいですよと勧めてみる。

 我も我もと求めてくる人に天つゆを渡していて気が付いたが、これは交易集落に居る全員がここに来ているように思う。人口密度が異常になっている。


 皆が舞茸に夢中になっている間に次の料理に取り掛かる。ブナシメジの石突を取り、水洗いして解してバラバラにする。フライパンを熱してバターを溶かし、ブナシメジを投入してさっと炒める。しんなりしてきたら塩胡椒で味を調えて完成。

 お手軽なおつまみとして最適、ブナシメジのバターソテーだ。一口摘まんで味見をする。濃厚な味わいと独特の食感が堪らない。

 これはアリエルさん以外には受けた。アリエルさんはどうもバターの香りが苦手のようだ。

 最後の茸はエリンギだ。こいつはとにかくシンプルに薄切りにしたものに塩胡椒のみを振り、ただ焼くだけ。

 ヒラタケの仲間であるエリンギは、火を通すだけで独特の旨味が活性化して美味しいのだ。茸祭りは好評で、人気的には椎茸、舞茸が頭抜けており、それ以外は横並びという感じだった。


 次に用意したのは地球では非常にありふれた品であるチーズだ。

 電子レンジで下処理をしたジャガイモのスライスと、玉ねぎにベーコンを炒めて塩胡椒で味を調えた後、チーズを削り入れてさらに過熱する。本来はオーブンで焼き上げたいのだが、臨場感を出したいので目の前で蕩ける様を見せつける。

 ジャガイモのほくほくした味わいにベーコンの重厚な旨みが加わり、玉ねぎの甘みとチーズのコクと酸味が奏でる味の多重奏に打ちのめされたのか、天を仰いでいる人達まで居る。

 異世界に来て割と時間が経つが、乳製品を見かけていないのでチーズならばインパクトはあるだろうと思って用意したのだ。

 果たして狙いは正しく、皆が我先にと群がっている。簡単で美味しいジャーマンポテトは万人受けする料理だろう。

 まあ羊ですら象ほどもある世界だ、牛がマンモスサイズでも驚かない。しかし酪農は困難を極めるんじゃないだろうか? 牛の世話をしようにも背が届かない。牧草ベースであってもどれだけの量を平らげるのか想像もつかない。


 試食のつもりだったのだが、皆大分がっつり食べてしまっているので、予定を繰り上げてデザートを出すことにした。

 冷蔵庫から牛乳を取り出し、塩を少々振り入れて鍋で温める。表面がふつふつしてきた段階で弱火にし、レモン汁を絞り入れる。果汁を絞った際に出た種子を取り除いていてふと思う、これって育つのかな? 後で調べることにして、一応はペーパータオルに包んで水気を切っておく。

 暫くするとタンパク質が凝固し始めて固まりだすので、火を止めて暫く冷ます。ボウルにザルを重ねた上に厚手のガーゼを被せて、鍋の中身を流しいれ固体のみを漉しとる。

 本来は自然に水気が切れるまで放置するのだが、ここは手早くするためにガーゼを絞って強引に水分を抜くとレモン風味の爽やかなリコッタチーズが出来上がる。

 出来上がったリコッタチーズを皿に取り、上から蜂蜜を掛けてシンプルなデザートの完成だ。レモンの香りと酸味に蜂蜜の蕩ける甘み、やわらかな口当たりのチーズと深いコクが感じられる一品となった。

 このデザートは量が少ないのでアリエルさんのみに振る舞っている。喜んでくれてはいるのだが、耳がピコピコしていない。満点ではないのだろうか?


 ふと思いついて冷蔵庫から成分無調整の豆乳を取り出し、先と同じ手順でチーズを作り上げる。これは所謂アナログチーズと呼ばれる代用品なのだが、バターの香りが苦手だった彼女にはこちらの方が良いかもしれない。

 作り直したデザートをアリエルさんに渡し、彼女の耳を注視する。やった! ピコピコしている。豆乳ならばこちらの世界の豆でも作れるだろうし、酢や柑橘類の果汁さえあれば森妖精たちでも作れるだろう。

 俺たちは元々交易ではなく、交流が目的であったため大成功を収める事ができた。反面、交易が目的の山妖精は試食会が終わってから交渉を再開していた。

 これで我々の知りたいことを訊ねる足がかりが出来ていると良いが。ダメなら最後のとっておきを切るまでだ、にこやかに微笑むアリエルさんを眺めつつ、お茶会の準備を進め始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る