第86話 森妖精02
有体に言って旅は順調だった。俺が往復することで街との連絡も取れ、保存食以外が食卓に並ぶのが好評ですらあった。
更にアウトドアの定番料理として日本から持ち込んだカレールウを使ったカレーシチューを作ったところ、異常なほどの反応を見せてくれた。
寸胴鍋一杯に作ったというのに夕食一回で食べ尽され、鍋の底まで徹底的にパンで拭いつくされて一滴すら残らない状態だった。
山妖精がこれだけ食いつくならカレースパイスを森妖精達に勧めてみるのも面白そうだ。
道中に発生したトラブルらしいトラブルと言えば、地球で言うところのヘラジカのような恐ろしく巨大な鹿が進路を塞ぐ形で眠りこけており、迂闊に起こすと危険だからと遠回りを強いられた程度だった。
若干の遅れは発生したものの、隊商はほぼ予定通りに森妖精の交易集落へと到着した。
それは不思議な集落であった。建物の様式はテレビで見たアマゾンの原住民たちが暮らす住居に良く似ており、草と木で出来た通気性の良い建物だ。そもそも部屋を区切る壁が無い。
それらとは別に見慣れた木造のログハウス風の建物もあった。こちらは山妖精達が滞在する際に使用する建物であり、様式が異なる住居が入り交じって不思議さを醸し出していた。
さらに集落の観察を続けると、人々が暮らすうえで欠かせない物が存在しないことに気が付いた。
水が無いのだ。近くに川がある訳でもなければ、井戸が掘ってあるわけでもない。どうやって水を調達するのかと確認すると、山妖精様式の一つの建物へと案内された。
そこには巨大な切り株が存在しており、桶状になった断面に滔々と水を湛えていた。ここに滞在する間の水はこれを利用するらしい。消費した水は根が地下水を吸い上げて補充してくれるので、時間が経てば元通りになるそうだ。
山妖精達が用意した水場であり、本来彼らはこのような水場を必要としないらしい。精霊術で樹木に語り掛け、樹木が持つ水を必要な分だけ分けて貰うのだそうだ。
確かに樹木は莫大な量の水を根から吸い上げ、内部に蓄えている天然のポンプ兼貯水槽である。少々水を分けたところでびくともしないだろう。
俺とアベルは荷物からテントを組みたて、そこで交易用の品々を準備して森妖精達の到着を待つことにした。
用意できた地球産茸はエリンギ、舞茸、エノキ、ブナシメジだ。実はホンシメジも持ち込んでいたのだが、調べてみるとこれは広葉樹と共生関係を構築する菌根菌であり黒トリュフと同じく人工栽培は難しそうだった。
一応サンプルとしてホンシメジも黒トリュフも持ってきてはいるが、似たような種類をこちらで発見した際の調理法紹介にとどまることが予想された。
茸だけではカードが少ないと思い、別途用意した品物の準備も進めていく。道中で思いついたカレー製品も3種類用意した。日本の有名メーカー謹製カレールウに、アメリカ資本に買収されてしまったがC&B社の元祖カレースパイス、これらとは別に個人で持っているスパイスを調合して出来立てのカレースパイスも披露する予定だ。
カレースパイスは多くのスパイスで成り立っていると思われがちだが、我々がこれぞカレーと思う味わいを生み出すのは4~6種類程度に過ぎない。
カレーの色を決定づける『
この5種類は鉄板であり、ほぼ外すことの出来ない組み合わせだ。それ以外の部分で自分好みの香辛料を調合する。
俺の場合はハンバーグに必須と思っている『
思わずふらふらと引き寄せられる程に蠱惑的な甘い香りだが、口にするとピリリと辛く複雑な美味さを持つというのが俺の理想のカレーだ。
スパイスはその場で炒って香りを出して調合するのがベストであり、今の段階から粉末にしてしまうと香りが飛んでしまう。それぞれのスパイスを配合に従って分量ずつ小袋に入れて準備を完了する。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そして約束の日に森妖精達が現れた。彼らは非常に美しかった。光の加減で金色にも見える翠髪に、彫りが深く鼻筋が通ったアングロサクソン的な容姿をしていた。
予想していたよりも身長が高く、180センチに届かない俺よりも僅かに低い程度だ。しかし俺の心は少しもときめかなかった。何故か? 男ばっかりだからだ。
何が悲しくてイケメン鑑賞なぞしなければならないのか。それにエルフの特徴として有名な笹穂耳も、言われてみればやや長く若干尖っているな程度であり、サテラのような明らかに長くとがった耳をしていない。
暴言を承知で言えばがっかりエルフどもであり、俺としては声を大にして言いたい。おっぱいエルフを! それもオークと絡んで「私は屈しない!」とか言っちゃうタイプのツン系美人を出して欲しい。
果たして俺の祈りにも似た切望は異世界の神に通じたのか、彼らの最後尾に巨大なヤギの背に腰掛けこちらを見つめている女性の森妖精が居た。
切れ長の目は涼しげだが、どこか色気を感じさせる。水着のようなパンツから覗く太ももが白く輝いているようにすら見えた。皮のブーツと生足が織りなすコントラストは俺のやる気を急激に回復させた。
脚線美から小ぶりで無駄な肉など一切ない見事なカットの尻を通り、内臓が存在するのか怪しい程の美しいくびれは芸術品とさえ言えよう。
アパティトゥス老人から聞いていた通り、胸は控え目であり期待していたようなおっぱいエルフではなかったが、輝かんばかりのイケメンに劣等感を掻き立てられた心を癒してくれた。
異世界万歳! ファンタジー最高! 是非彼女に黒ニーソもしくは黒タイツをプレゼントせねばならないという、強迫観念にも似た思いが胸に去来する。
本筋とは関係ないところで鼻息を荒くしている俺をよそに、山妖精と森妖精の交易は始まった。
「お約束通り隊商を率いて参りましたギリウスです。此度はアリエル殿もお出ましとは好都合だ、実は我らは来訪者の客人を連れてきているのです。紹介させて貰えませんか?」
ギリウス氏の口上にヤギの背から飛び降りた女性が頷く。察するに彼女がアリエル殿なのだろう、どんな声か聴いてみたいのだが未だに森妖精は誰も口を開かない。
「アリエル殿、こちらが来訪者の客人です。背の高い方がアベル殿、低い方がシュウ殿です。そしてお客人、彼女が革新派の森妖精代表であるアリエル殿です」
紹介を受けて俺とアベルが地球式に頭を下げて礼をすると、彼女は何故か俺に向かって繊手を伸ばした。
ん? これはあれか? 貴人の女性に挨拶をするあれなのか?
取りあえず一歩進み出て跪き、その手を取ってすべらかな手の甲に接吻する。顔を上げると顔を真っ赤にして茹で上がったアリエル殿がいた。どうもやらかしてしまったらしい。
「申し訳ない、これは私の故郷で貴人の女性に対する最敬礼だったのです。ご不快に感じられたなら謝罪いたします」
そう言って平謝りに徹する。アリエル殿は呆気に取られていたが、ほほ笑むと良く通る美しい声で話し出した。
「謝罪は必要ありません、シュウ殿。私は『
名のあるどころか辺境の農家に生まれた小倅であり、洗練された所作とやらも映画で見た挨拶の物まねに過ぎないのだが、言わずが花と言うものだろう。何も言わずにただほほ笑んで見せる。
聞くと彼らの挨拶としては、伸ばした指同士を合わせるだけで良かったらしい。場所が変われば挨拶や風習も違う、安易に要らない事をして大恥をかいたが、こうして森妖精たちとの交易が始まった。
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