第80話 ホード(大群)03
最初の犠牲者は指揮官らしき大柄な邪妖精だった、先陣を切って突き進み皆を鼓舞しようとしたのか後ろを振り返った途端に足を取られた。
軸足を起点に回転し、逆側の足を下した瞬間に板を踏み抜いた。狙っていた骨折は回避されたものの、前後から杭で脚を貫かれ濁った絶叫があがる。
さらに尻もちをついたところに虎の子の設置罠、トラばさみが仕掛けてあったから堪らない。総鉄製の豪勢な罠なので数は少ないのだが、視覚効果は凄まじい。尻を大きく抉り取られた指揮官は悶絶し、暴れたために杭で固定された脚までが折れた。
もはや絶叫すら上げられず指揮官は気絶した。下手をすると死んでいるかも知れない、予定では怪我をして貰って後送されるのを追跡する予定だったのだが上手くいかないものだ。
俺たちは壁に仕掛けたCCDカメラと集音マイクで現場を観察しながら、戦場を模擬化したシミュレーション画面と比較して計画を調整していく。
「あの位置にトラばさみを置いたのは誰だ? 見事な連続コンビネーションが決まったな」
「うーん、最初の罠を飛び越えた奴が踏むと思って置いたんだ。予想外の連続技になってしまったね」
ドクの軽口に俺が応える。前方に走っている最中に片足を取られてこけると、真正面には転倒せずに斜め前に投げ出される。それを見越しての飛び越え防止対策だったのだが。後ろ向きに掛かって、尻で踏みつぶすとは恐れ入った。
指揮官の呆気ない退場と凄惨な様子に喊声を上げていた周囲の邪妖精もしり込みする。どうやら指揮官は生きていたらしく、板切れのような物に載せられて後退していく。
ドクに目配せをするとサムズアップで応えて見せた。別の邪妖精が指揮を引き継いだのか、そいつが声を張り上げると再び突撃が開始される。
地面を警戒して壁際ギリギリを走る邪妖精に別のトラップが牙を剥く。若木を撓らせて固定し、先端に尖った杭を括りつけただけの簡単な代物なのだが、威力は抜群だ。
ストッパーを足に引っ掛けた邪妖精は鞭のように撓って襲い掛かる若木に顔面を強打され昏倒する。しかし彼は幸運だった。杭が仕掛けられていない部分しか当たっていないのだから。
並んで走っていた邪妖精は顔面に杭が突き刺さり、トラップの一部となって揺れていた。
その惨状を見た邪妖精達は知恵を絞り、一直線に並んで進むという作戦を編み出した。悪くない戦略だ。先頭の一人は犠牲になるが、後続は抜けられるのだから。
だが、その程度を予想しない我々ではない。先の壁トラップは別に壁限定ではない、地面にだって仕掛けられる。斜め方向から襲い掛かってくる範囲攻撃に3、4匹がまとめてなぎ倒され2匹が見事串刺しとなった。
凄惨な即死トラップに怯んだ邪妖精を指揮官が鞭を振るって追い立てる。そして彼らは罠の少ないゾーンに自然と誘導され、小高く盛り上がった土盛りを越えて、着地できなかった。
いや、正確には着地したのだが簡単に底が抜けて落とし穴に落下した。深さ30メートルもある殺意満点の落とし穴だ。
先頭の邪妖精が消えたのが見えないように土を盛り上げてあるため、後続も次々と落下する。10匹ばかりも落ちたところで、気づいた邪妖精が後続に叫ぶ。
飛び越えるには縦に幅があるため、斜めに飛び越え着地する。その瞬間に仕掛け弓から矢が放たれ、邪妖精は腹を貫かれた勢いで後ろに飛ばされ落とし穴に落下した。
回避した先に罠を仕掛けるのは常套手段なのだが、経験のない彼らは犠牲を出して学習するしかない。
悔しがる際に地団太を踏むのは異世界でも同じだったのか、鞭を持った指揮官が振り上げた足を下した先にもトラップは存在した。
L字型の起き上がりトラップが勢い良く踏み抜かれた反動で襲い掛かり、頭を横から杭で穿たれて指揮官は息絶えた。
百匹ほども居た邪妖精は第一トラップゾーンすら抜けられず全滅した、負傷した生き残りは壁の上を悠々と歩くウィルマが手製の弓で射抜いていく。
アベルとヴィクトル、カルロスがPDA片手にトラップを再設置している間に、ドクはドローンで追跡を実施していた。
森の中を運ばれていく指揮官の行く先に、邪妖精の集団が居た。ざっと見て三百匹は居るだろうか? これが昨日発見された集団であろう。
何事か話し込んでいるようだが、マイクでは拾えないし、拾ったところで誰も解析できないから意味がない。
尻が大きく抉られた指揮官は応急処置を施され、板切れの担ぎ手が交替してさらに後送されていく。意外に大物だったのか、本拠地まで戻るのかも知れない。
入れ替わりに三百匹が戦闘準備を整える。枯れ木を束ねてつる草で縛り、簡易の盾を作って武装する。盾を構えて前進すれば即死は防げるという魂胆なのだろう。
意外に賢いのだが、相変わらず腰蓑一丁の防具無し、裸足で足並みを揃えて進み始める。
アベル達に持たせた出来立てホヤホヤのトラップが役に立つだろう。PDAの通信機能を利用して第一トラップゾーンの中ほどに適当に設置して貰うように依頼した。
俺は邪妖精達の死骸を能力で回収して回り、アルフガルドの腑分け場に積み上げる。こいつらの肉を食べる事は禁忌とされているらしいのだが、体中に豊富に魔力を含んでいるため、臓器を抉り出して魔力燃料にするのだそうだ。
半分ほどは未だにコンクリートを捏ねているが、お役御免となった半分の魔導機関はトラップに組み込まれ、出番が来るのを待ち構えている。仲間たちの死骸から取った燃料で殺される邪妖精には憐れみを感じる。
通信が入り、アベル達の作業が完了したらしい。先ほどのウィルマが歩いていた壁の上を恐々歩き、彼らを転送で壁の中に退避させる。
「やはり木製の罠は安価だが耐久性に難があるな。3割近くが破損して補修が必要な状態だった。
アベルが愚痴を漏らす、死体は粗方転移させたが、零れた内臓やら肉片やらはフォローできない。血と臓物の臭いで不快な環境の中、再設置に励んでくれた彼らには頭が下がる。
「アベル、森の中に居た別動隊がこちらに向かっている。規模はおよそ三百で防具なし。即席の木製盾のみを前面に押し立てて突撃してくるつもりらしい」
「なるほど、それでアレを設置したのか。防御力を上げて挑むというのは良い作戦だが、防具なしは無謀でしかないな。盾で視界が狭まれば余計に罠に掛かるというのに」
「三百が一気に掛かって来れば良いのですが、波状攻撃を仕掛けてくれば第二ゾーンぐらいまでは抜けられるかも知れませんね。念のため丸太転がしの準備もしておきます」
「あれはシュウが居なくなっても、坂道を造成して転がせば継続運用可能だろう。その威力を披露できる機会があれば良いがな」
そうこうしていると、監視カメラの映像に邪妖精の影が映る。もう30分もすれば到着するだろう。一応第二弾の連中にも声をかけるためにハリネズミのようになっている見張り台に陣取る。
「仲間が全滅したにも関わらず向かってくる勇気は評価しよう。君たちが降伏すると言うのならば、我々は命までは取るつもりがない。
余剰食糧がそれほどないため厳しい労働環境にはなるだろうが、鉱山で鉱夫として働くという就職口も用意しよう。降伏するかね?」
純粋に善意から申し出たにも関わらず、返ってきたのは殺意と矢の雨だ。言葉は通じているはずだが、今度は返答すらない。
俺はさっさと後方に逃げ戻り、迎撃の準備に加わった。
邪妖精達の戦法は単純かつ効果的で、冷徹非情な物であった。50匹ずつぐらいのグループを5つ作り、一直線に同じルートを走破する。
第一グループはすり潰される前提で、後続の安全を確保するのだ。統率の取れた軍隊ですら採用出来ない、自爆特攻に近い作戦をあっさり実行する統率力は驚嘆に値する。
しかし注意して映像を観察すると第一、第二グループは異常な興奮状態にあった。薬物だ。アッパー系の麻薬同様、興奮効果のある薬を飲ませたのか、粗末な盾を構えて遮二無二向かってくる。
喊声と言うより雄たけびをあげて突撃してくる邪妖精はパニックホラー映画そのものだった。血走った眼を剥き、涎を垂れ流しながらの突撃は勢いが増したがために被害も多かった。
特にL字型トラップが有効であり、先頭の邪妖精が盾ごと貫かれて止まると、後続が激突して被害を拡大していく。
無慈悲にも仲間の死骸を踏みつけ、乗り越えて第二グループが走り込む。第二グループが走り抜けた後を追いかける第三グループから悲鳴があがる。
薬物で痛覚がマヒしている第二グループには通用しなかったが、第三グループには効果覿面だったのだろう。油断していたのも相まって次々と転倒しては更なる絶叫をあげている。
原因は極小のテトラポッド。ドクが金型を作り、山妖精が鋳鉄で作り上げたお手製のマキビシだ。適当に放り投げても必ず尖った先端が上を向くようになっているため、簡単に大量設置できる上に撤去も磁石さえあれば容易い。
裸足の足を穿たれ、痛みに悶絶して転がると体中に突き刺さるという悪循環。彼らの対処法は的確であった。
既にトラップに掛かって息絶えた仲間の死骸を放り投げ、その上を踏んで渡るという非情な戦略に出た。
治療さえすれば助かったであろう重傷者すらも道として使われ、踏みつぶされて息絶えた。仲間意識など無いかのような徹底ぶりに戦慄が走る。
第二グループを使い潰して落とし穴ゾーンまで達したところで、最後尾にいた指揮官たちの一団が前進する。
仲間が命をもって切り開いた血塗れの道を悠々と歩いてくると、先行の3グループに突撃を指示する。
目測を誤って真正面の落とし穴に落ちる間抜けも居たが、大半は左右に着地し、次々に罠に掛かって倒れていく。しかし着実に罠も消費され第四グループが飛ぶ頃には機能している罠は存在しなかった。
第四、第五グループが走る先に通路の幅いっぱいに広がるプールが出現する。警戒して手を突っ込んだりしていた邪妖精だが、攻撃性は無く足場が悪いだけだと判ると盾を投げ捨てて飛び込んだ。
先を行く第四グループが中ほどまで進んだところで罠が起動する。壁際に作られた縦4列のスリットから無数の
魔導機関とベルトを利用した自動連射式ボウガンだ。スピードは無いがトルクはあるため、5秒に一発ペースで着実に矢を飛ばす。
プールに深入りしすぎたため、進むことも戻ることも出来ずに串刺しになり、邪妖精達はプールに沈んでいく。
均一の太さに加工した円柱の先端を尖らせただけの太矢であるため、それほど距離が無いのに弾道がぶれ、でたらめに飛んでいく。
しかしそれも計算の内である。発射位置が固定であれば真正面だけ注意すれば回避できると思い込む。しかし隣のスリットからも矢は飛んでくる。上段のスリットからフォークボールのように急に落ちてくる矢もある。
カートリッジ式にバネで上から矢を押し出すだけの木製マガジンに互い違いに矢を詰める『ダブルカラム式』で200発を装填してあるのだが、第四・第五グループが息絶えた頃には矢も尽きた。
最後の指揮官グループは放り捨てられた盾を仲間たちの死骸に投げつけ、それを足場にタールのプールを走り抜ける。流石に走られては後列のボウガンを起動したところで命中しないし、今更火を着けても遅きに失している。
タールプールを越えると城門まで一見したところでは何もないように見える。頭に鳥の羽根で作った冠のような物を戴いた一際太い邪妖精が吼えると、彼以外の邪妖精が一心不乱に駆けだした。
暫くは一列に走っていたが、罠がないと判ると左右に広がってゆく。頃合いを見計らって丸太を加速させた状態で転移する。
突然現れた巨大な丸太は直径1メートル近くもあり、とても飛び越えられるような高さではなかった。そもそも脳が反応するまでも無く、丸太に轢き潰された邪妖精が多かった。
人類基準では停止状態から一瞬で時速60キロに加速されると視認出来る人は稀である。邪妖精がどれほど動体視力に優れていようとも、突然目の前に時速80キロで転がる丸太が出現すればなすすべなど存在しない。
唯一の生き残りとなった指揮官以外は高速かつ大質量の丸太に圧し潰され、無残な轢死体となり果てた。
一人きりになった指揮官は踵を返すと、逃走を開始した。しかしタールプールの手前で乾いた破裂音が響く、カルロスによる狙撃だ。
将官だけ特別扱いで地球産のお土産を持たせてやりたいという、アベルの心遣いが7.62ミリ弾を彼に届けた。頭に。
残念ながらアベルの気遣いもむなしく、頭部の強度が足りずに銃弾は地面を穿った。途上にあった頭部はスイカのように砕け散り、頭部を失った体が遅れて倒れた。
「彼らには是非とも地球土産を持たせてやりたかったのだが、異文化交流は失敗に終わってしまったようだ。戦いはいつも虚しい」
アベルが心にもない事をほざいている。四百匹もの邪妖精を片付けたが、所詮は先遣隊に過ぎない。しかしここからは我々の反撃する時間だ。追跡していたドクを交えて反撃戦の作戦を練るべく、チーム全員で『カローン』に向かった。
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