第71話 アルフガルド Ⅰ

 異世界の創造神に祈りが通じたのか、交易路から外れないように腐心したのが功を奏したのか、何はともあれ山妖精たちの本拠地らしきものが見えてきた。

 地妖精の都アスガルドがちょっとした街程度の大きさだったので、山妖精の本拠地アルフガルドもそのぐらいの規模なのだと漠然と思っていたのだが、一言で言えばくろがねの城だった。

 山の中腹に開けた空白地があり、高さ30メートルはあろうかと言う巨大な鉄扉が傲然と佇む。それに続く城壁は『アスガルド』で見た巨人族お手製の青白い謎の石材が山肌に埋まるように聳えている。

 山の斜面を鉛直下方向にL字型に抉り取り、垂直の面に鉄扉が存在すると言えば判り易いだろうか? 壁で完全に封鎖されて中を窺うことが叶わないが、おそらく横穴形式の山に埋まる形の都市があるのだろう。

 巨大過ぎる鉄扉はどうやって開閉するのかと、高倍率スコープで観察していると、扉の下端にさらに小さい扉が設けられ、内扉だけが開いていた。外扉は飾りという訳か。

 内扉の両脇に兵士詰所のようなものがあり、門番と思わしき山妖精の姿も見える。紹介状もあることだし、堂々と接触することにした。


「ヴィクトル、微速前進で頼みます。山妖精の隊商たちぐらいのゆっくりとしたペースで、敵意が無い事をアピールしながら登場したいんです」

「了解。取りあえずシュウは後ろで手を振って、両手に武器を持っていないアピールをして下さい」


 細心の注意を払って可能な限り友好的に近づいたというのに、城門付近は蜂の巣を突いたかのような騒ぎになった。門番が内側に向かって声を張り上げると詰所から完全武装の山妖精が現れ、門番合わせて8名が陣取っている。

 警戒されつつも襲われないのは隊商のリーダーから預かった、友好を示す旗とやらを括りつけているからだろう。

 お互いの距離が5メートルほどになった所で制止の声が掛かり、乗り物から降りて徒歩で来るようにと言ってきた。

 こちらに異論があろうはずもないので、バイクを停車してヴィクトルと二人荷物を背負うと、俺が先頭に友好旗を示しつつ近寄っていく。


「こんにちは、ギリウスさんの紹介で参りました、来訪者です。怪しい者じゃありません、これが彼直筆の紹介状です」


 そう言って巨大な戦斧を担いだ隊長らしき山妖精に話かける。彼は鷹揚に頷くと、油断なく紹介状を受け取り、中身を検める。

 封蝋がされていたため中身を読んでいないのだが、悪い事が書かれていないと信じたい。

 紹介状の効果は劇的であった。中には俺たちに最大限の配慮をし、賓客としてもてなすよう書かれていたようで、彼らの態度が急変した。


「申し訳ない、お客人。誰であろうと誰何し、怪しい者を中に入れないのがわしらの職務ゆえ、ご理解頂きたい。

 急いで責任者との面会を取り付けるので、取りあえず城壁の中へご案内しよう。ようこそ『アルフガルド』へ」


 門衛の山妖精に案内された扉の内側は、鉱山の街と言った在り様だった。全体的に切り出した石造りのヨーロッパ風といった街並みで、中央の目抜き通りを境に左右対称の区画整理が為されていた。

 一応は迎賓館なのだろう、一際豪華なレンガ造りの建物に招かれ、立派な暖炉が設えられた応接室に通される。

 薄荷に似た風味のお茶を出され、責任者が到着するまで待って欲しいと告げられた。アポなしの訪問であるため、気にしないで欲しいと告げて待つことにした。


「なんだか思っていたより近代的だね。内門のところを見ていたんだけど、巻き上げ機が例の魔導機関で運用されてるみたいだったよ」

「シュウは変なところを観察していますね。明かりは基本的にガス灯なんですね、自然光もあるんですけどどうやって取り込んでいるんでしょうね?」

「それは僕も思いました。天井付近が妙に明るいですよね、山肌を光が透過する訳でもなし、光が内側まで回折してくるとも思いにくいんですけどね」


 そんな話をしていると、扉が開き身なりの良い山妖精が入ってきた。彼は鋭い刃ガリウスと名乗り、隊商のリーダーであるギリウス氏は彼の息子なのだそうだ。

 俺は勝手にドワーフと言えば王を戴き、中央集権型の封建社会を形成しているかと思っていたのだが、街区ごとに代表者を立てる形の合議制を取っているらしい。

 ガリウス氏は一応筆頭代表であり、我々の世界で言えば市長のような存在であった。


「衛兵から息子の紹介状を受け取ったよ。不肖の息子だが見識は誰よりも広い、それが手放しで君たちを褒めちぎっておる。是非我らの街で暫く逗留して頂きたい、可能なら交易を望むのだが可能だろうか?」

「もちろん、こちらこそお願いしたいと思っております。私たちは先遣隊であり、本隊をこちらに呼びたいのですが、構いませんか?」

「無論だとも、何やら巨大な乗り物をお持ちと書いてあった。是非に私も見てみたいのだが、ご一緒しても構わないかな?」

「突然現れるので面白い見世物とは言えませんが、それでも宜しければどうぞ。大門前の広場に召喚しますが、構いませんか?」


 彼は快く了承してくれたため、城門まで戻りバイクの収納からガイドビーコンを取り出す。ガリウス氏はバイクに興味津々であるため、それを眺めていて貰い、その間にビーコンを設置してPDAで信号を送る。

 どんな計測をしているのか判らないが、一分ほどの間を置いてPDAに着信があり、相対座標での位置座標が送られてきた。


「では、本隊を連れてきますので、しばらくお待ちください。私が消えて以降はこの線よりこちら側には来ないで下さいね。危険ですから」


 そう告げて単独で『カローン』が待機する泉の畔に転移する。PDAを操作してチーム全員にタイマー同期信号を送り、カウントダウンの後に『カローン』ごと『アルフガルド』に転移した。

 突然消えた俺が伴って現れた『カローン』の巨躯に、ガリウス氏はおろか門番達も開いた口が塞がらない様子だった。

 中からチーム全員が降りてきて、それぞれを俺が紹介していく。リーダーであるアベルの手を握ると改めてこう言った。


「ようこそ来訪者のお客人。山妖精の街『アルフガルド』へ、我々は貴方たちを歓迎する」


 異世界で遭遇する二番目の知的種族との交流が、こうして幕を開けた。

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