第67話 異世界人でもわかる魔術入門

「――――と言うのが魔術の基礎理論になるわけじゃ。理解できたかの? お客人」


「ええと、なんとなくは理解できていると思います。要するに魔力を知覚して、体の隅々まで行き渡るイメージをすれば良いんですよね?」


「まあ一番基礎の治癒魔術に限定した話じゃが、その通りであっとるよ。では、実践してみよう。すぐには出来んじゃろうが、何事も練習じゃよ」


 今日はアパティトゥス老人主催の魔術教室に参加していた。我々の尺度で30年近く開かれることの無かった講座に、老人はノリノリで教えてくれるのだが、魔力とやらを感じられない異邦人たる我々には雲を掴むような話である。

 最初の切っ掛けすら掴めない事に苛立ち、ふと思いついたことを検討してみる。魔術とやらがどんなプロセスで実行されているのか、『情報層』側から観察してみてはどうだろう? 感覚の世界よりもデジタルな世界の方が俺には馴染み深いはずだ。

 実を言うと心霊スポットを巡って以来、『情報層』へのアクセスは意識してしないようにしていたのだ。発端はこちらがていることに反応する奴が居たため、恐ろしくなり見るのをオフに出来ないかと思ったら通常視界のみになり、それ以降能力使用時以外はずっとオフにしていたのだ。

 この機会に魔術の行使について観察してみようと思い立った。


「ご老人、お手数ですが何か魔術を行使して頂けませんか? 私は少し特殊な能力がありまして、習得の手掛かりが掴めるかも知れないのです」


 アパティトゥス老人は二つ返事で了承し、以前に見た発火の魔術を使って見せてくれた。


「なるほど! 絡繰りで魔術は発動するんですね。では私なりのアプローチでやってみます」


 発火の魔術に関して一部始終を観察し、面白いプロセスで成り立っていることが理解できた。

 第一段階として、魔術の影響範囲に相当する『情報層』の領域を確保する。

 第二段階として、その内部領域に対して炎のイメージを送り込み、物理現象に転化させている。その後、領域を一部開放することで外部に影響を与えている。

 指先に炎が出現しても、指が延焼することなく、上端のみで火が着く理由がしっかりとえた。


 この『情報層』世界は本当にシステマチックに出来ている。何もない場所に対しても領域を確保したいと申請すれば用意してくれるのだ。

 てっきり物があって、初めて『情報層』が確保されるのだと思っていたため、盲点を突かれた形になっている。

 そして俺の悪い癖なのだが、好奇心から猿真似ではなく、アレンジを施してみたいと考えた。


「まずは同じ魔術を最小規模でやってみますね?」


 『管理者の目アドミニサイト』に映る指先の空間に幅2センチ、高さ5センチ程度の領域を確保する。

 次に何も無い場所が燃えるイメージが浮かばなかったため、酸素とメタンの混合気体が充満しているイメージを描き、それが燃えている状態を意識した。

 限定空間内に青白い炎が燃え上がる、そして上端を開放して、木切れに点火する。無事に小さな火種を作ることが出来た。

 確保した領域を閉じるように念じると、たちまち火は消えた。これは非常に便利だ! これぞ魔術、使い勝手がよく、小回りが利き、応用性にも富みそうな予感がする。


「おお! 基礎魔術を飛ばして、発火魔術を習得するとはお客人は面白い特性をもっておるのう!」


「まだまだですよ。コツを掴んだので、少しアレンジしてみますね」


 今度は確保する空間を大きく設定する。幅10センチ、高さ20センチ程の領域を確保し、酸素とアセチレンをとある比率で混ぜ合わせた状態で噴出し続けるイメージを描き、着火を意識する。

 ゴウッ! と音を立てて青白いというか白く見える火柱が噴き出す。それと同時に恐ろしい勢いで生命力が抜けていくような脱力感に襲われる。領域を保っていられず魔術が崩壊し、へたり込んだ。


「なんちゅう無茶苦茶な術を使うんじゃ! そんな規模の魔術を使えば最悪枯死するぞい!」


 アパティトゥス老人から叱責を受け、何が起こったかを知らされる。俺が持っている魔力はこちらに来てから浴びた物と、蟻の肉等を食べた事により蓄積された僅かな量しかなかった。

 しかし起動したのは大規模な魔術。足りない魔力を補うべく、魔力は生命力を引きずり出し魔力へと変えて消費したという事らしい。

 なるほど生命力というのはおそらく代謝エネルギー的な何かなのだろう、それは魔力に変換することが可能だと言う事か。


 俺はその後実習には加われなかったため、只管に観察し続けた。何度か実演された発火魔術を観察するうちに、自分の勘違いを悟る。

 俺は『管理者の目』を使って直接『情報層』に働きかけて領域を確保したが、アパティトゥス老人が確保する領域は徐々に広がってから魔術が発動することに気が付いた。

 熟練の老人が実行しているため、1秒ほどで既定の大きさに広がり切るので見落としていた。

 そのことを質問として投げかけてみると、先に影響範囲を魔力で満たしてから物理現象を起こしているらしい。

 つまり皆は魔力を介して『情報層』にアクセスしていることになる。俺がやった事は邪道のようだ、一旦これは封印して魔力を感知するところからじっくり取り組むことにした。


 魔術についての基礎は理解できた。しかし、こうなってくると例の魔法の工芸品アーティファクトが気にかかる。

 試作品ゆえに名前も付いていなかったので、こちらで勝手に水妖の盆ウンディーネベイスンと命名して使っているのだが、サテラ以外の誰が使っても同じような結果となる。

 つまり入力される力が同じであるならば、同じ出力を返す魔術回路と言っても過言ではないのだ。

 これは魔術の術式だけを外だし出来る事を意味している。毎回魔術をゼロから構築せずとも良いため労力を大幅にカットできる。

 それどころか、複数の工程を組み合わせれば色々な機能を実現出来得る可能性を秘めている。

 例えば水を生み出し、熱伝導率の良い細い管を通しながら炎の術式で加熱する。これにより現代の瞬間湯沸かし器に相当する物が作れる。

 魔力の総量というのはこちらで生活していれば、嫌でも増えていくそうなので魔法の工芸品の製法について知ることは有意義かも知れない。


 思い立ったが吉日とばかりに、山妖精の隊商を訪れ、水妖の盆を購入した店主に製作者を聞いてみた。

 するとこれも山妖精きっての天才による物らしい。製法は彼しか知らないのだが、何を使っているかについては店主が知っていたため詳しく聞いてみた。


 この世界に住む動物は一定確率で心臓部に魔核と呼ばれる魔力の結晶みたいな物を持っているとのこと。

 水妖の盆を製作する際に、数多くの魔核を求められたらしい。どう使っているかは判らないが、魔核を用いて術式を作っているんだろうと言うことだった。

 今回の例だと女王蟻や王女蟻、雄蟻ならば絶対に魔核は持っているはずだと言っていたが、少なくとも女王蟻と、王女蟻については存在しなかったと思う。興味本位で解体を眺めていたが、そんなものが取り出された様子はなかった。

 貴重な情報を提供してくれた店主に通貨代わりとなっているビールを渡し、その場を辞した。


 気になってアパティトゥス老人に女王蟻と王女蟻の解体で、魔核とやらは出てきたのか訊ねてみたが、やはり存在しなかったらしい。

 女王蟻については腹部が大きく破損していたため、流れた可能性もあるが相当に巨大な魔核が形成されていた筈であり、網に掛からなかったというのは不自然だと言う。

 仮説だが『孵らぬ種の卵』が体内にあり、それが魔核の代わりになっていたのではないだろうか? と言っていた。

 とすると王女蟻の魔核の代わりになったのはスカーレットの卵なのか? どちらも膨大な魔力を蓄えているため、あながち間違っているとも言い難い。


 色々と謎や課題を残して不完全燃焼気味ではあるが、これでますます山妖精の本拠地にて天才氏を訪ねない訳にはいかなくなった。

 チームのメンバーが最低限治癒魔術だけは使えるようになってから出発したいのだが、皆の習熟度合はどの程度なのだろうか?

 裏技を使った挙句に大失敗をやらかしたが、実は魔力を完全にゼロにしたお陰で、流入しつつある魔力らしきものを意識できるようになった。

 上手くすると皆に先駆けて治癒魔術を習得できる可能性がある。

 父親の威厳を示すべく、サテラにドヤ顔で治癒魔術を教える自分を妄想し、皆の待つ『カローン』に向かった。

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