第61話 凱旋

 『アスガルド』地上跡に戻ると人だかりが出来ていた。王女蟻を一目見ようと、地妖精達がつめかけたのだ。


「ただいま戻りました。いやはや凄い人ですね、50人ぐらいいそうですね? 王女蟻を解体するのですか?」


「おかえりなさい、シュウさん。え!? 肩のそれなんですか?」


 ハルさんが俺の声に気づいて振り返り、硬直する。まあ無理もない、途方もなく目立つ緋色の宝石じみた翼を広げて威嚇しているからだ。


「何だか王女蟻の腹から出てきた球があったんですが、転送できなかったんで洗って調べてたら、中からこいつが出てきましてね、懐かれちゃいました」


「いやいやいやいや、懐かれましたって、ちょっと! どうして連れてきちゃったんですか? どんな生態しているかも判らないのに…… ちゃんと飼えるんですか?」


 手をぶんぶん振ってオーバーアクションなハルさんに、スカーレットも首を左右に振って追従していて面白い。


刷り込みインプリンティングってあるじゃないですか? 何かアレで僕を親だと思っているみたいで、見捨てられなかったんですよ。飼っちゃダメですかね? 賢い子で単純な意思疎通が出来るんで、それほど手間はかからないと思うんですが……」


「え!? シュウさんの左目って動物とも意識が交わせたんですか?」


「地球じゃ試したことが無かったんで、こいつだけが特別なのかも知れませんが、びっくりして話かけたら返事しましてね。情が湧いてしまったというか、名前も付けたんですよ『スカーレット』って。な?」


 そう言って嘴を突くと、頭をうんうんと振った後に翼を畳んだ。ハルさんを敵では無いと認識したようだ。やはり賢い子だ。


「もう…… 仕方ないですね。ちゃんとお世話するんですよ? こんにちは、スカーレットちゃん」


 なんだかお母さんのような事を言いながら、ハルさんはスカーレットに触りたそうだ。腕を伸ばすと肩から降りて、腕の先に留まる。


「うわぁぁ! 綺麗な羽根! 赤く透き通ってルビーみたい! それなのに温かくてふわふわしてる、でもちょっと匂いますね」


 ハルさんとそんなやりとりをしていると、チームのメンバーが次々に近寄ってくる。


「シュウ! なんだそれは? 現住生物か? 状況を報告しろ」


 アベルの言に、今までの経緯をかいつまんで全員に話す。ドクは早々に興味を無くしたが、ウィルマが凄い目でこちらを見ている。


「それは『偉大なる精霊グレートスピリッツ』じゃありませんか? 神々しい姿に人と意思を通わす知性、間違いありません。シュウ! 貴方は新たな族長となる資格を得ました」


「うーん、新たな部族を持つ気は無いんですが、息子には嫁さん見つけてやりたいですね。こいつと同じ仲間が居れば良いのですが」


 舐めまわすようにスカーレットを見ていたウィルマが、何でもない事のように告げる。


「総排泄口が縦長なので、おそらく雌だと思いますよ。なんて美しい姿…… 白頭鷲のような凛々しい外見に金の瞳と黒の嘴、緋色の体毛と羽根。シュウ! お願いです。この子の羽根が抜けたらで構いません、1本頂けないでしょうか?」


「え! お前女の子だったの? そうか、娘か。スカーレットって名前の女優も居たし、名前は問題ないな! 自然に抜けた奴で良ければ構わないと思いますよ? 良いよな、スカーレット?」


 解っているのかいないのか、スカーレットはうんうん頷いている。多分OKなのだろう、そう解釈する。

 スカーレットの生態や食性を把握するべく、アパティトゥス老人にも見せることにした。


「おや? お客人、これまた凄いものを連れてきたのう。こんなに強い魔力を放つ鳥は見たことが無いわい」


 魔力とやらが判らない俺たちでは知覚できないが、どうやらスカーレットは強い魔力を放射しているらしい。


 アパティトゥス老人と、彼の知り合いだという地妖精たちも集まって来てスカーレットを見てくれたが、誰一人として知るものはいなかった。

 見たことも無い鳥であり、ここまで目立つ外見なら空を飛んでいても容易に発見できるが、今までに目にしたことが無いとのこと。

 産まれた直後に自分の卵殻をバリバリ食べていたことを話すと、そんな習性を持つ鳥は見たことが無いと言われた。これにはウィルマも同意しており、母鳥が抜け殻になった卵殻をカルシウム補充のために食べることはあっても、生後間もない雛が食べることは出来ないとのことだった。


 そんな話をしていると、酒樽のような体型をした髭もじゃの地妖精が近づいてくる。


「王女蟻を仕留めたらしいな、どれ儂が解体するとしようか」


 巨大な斧と木槌のような物を軽々と肩に担いで、のっしのっしと近づいてくる人物は、周囲の地妖精とかなり異なった外見をしている。

 身長もやや高く160センチぐらいはありそうだ。服の上からでもはちきれそうな筋肉をしているのが判る。


「おう! 親方、頼めるか? 生身の部分が腐るとどうしようも無く臭うからのう。あと仕留めるのに毒を使ったらしいので、肉は食えんらしいぞい」


「なんじゃと! こんなにたっぷり蟻肉があるのに食えんのか! 今日は焼き蟻で宴会じゃと思っておったのに、当てが外れたわい」


 アパティトゥス老人が親方と呼ばれた人物を紹介してくれる。なんと彼は山妖精であり、地妖精と山妖精は相互に職人を派遣しあっているらしい。

 言われてみれば、ファンタジーに出てくるドワーフそのものの外見的特徴を備えている。予想よりも身長が高いぐらいか?

 彼は『蘇る鉄ガドック』と名乗った。ガドック師は二人の弟子と共に『アスガルド』に駐留しており、金属加工と技術支援をしているとのことだった。

 地妖精も手先が器用なのだが、彼らは精密機器等の小さい作業を得意としており、大型機械やガス灯、冶金技術などは山妖精が得意とする分野なのだそうだ。


 蟻退治の経緯と蟻の巣を水没させたことを話すと、ガドック師は急いで水抜きをして蟻の死骸を回収しようと言い出した。

 地下の蟻ならば溺死しただけであり、今ならば食用可能であり、干し肉にして保存も出来るし、多くの素材も回収できる。

 それに最奥には女王蟻と雄蟻も死んでいるだろうから、是非とも回収して素材にしたいらしい。

 しかし水抜きと言っても、我々には待つしか出来ないというと、地妖精に頼めば容易く可能だと言う。

 蟻の巣よりも深く潜り、止水層を越えて地下水の通り道を開けて、その後で蟻の巣と繋げれば、1時間と経たずに水抜き出来るらしい。

 アパティトゥス老人が地妖精たちを集めて、回収チームを編成している横で、ガドック師がスカーレットに興味を持った。


「儂もそれなりに生きておるが、こんな美しい鳥を見たのは初めてじゃ。山妖精の伝説に登場する火の鳥にも似ておるが、そもそも火の鳥には卵が存在せんからのう」


 聞くと火の鳥とは、地球の伝説と同じく不死の存在であり、己の死骸から炎と共に何度でも蘇るのだそうな。常に成体であり、卵になどなりようがないとのこと。

 気になったので山妖精の生態についても色々訊ねてみた。地球の伝承通りならお酒好きだと思って缶ビールを渡すと、しげしげと眺めた後に一口飲んで、これが貰えるならと語り始めた。

 山妖精の特徴は、やはり地球で言うドワーフのそれと酷似しており、火の精霊を信奉し、鍛冶を得意とする一族なのだそうだ。

 地妖精とは採掘した鉱石や細工品の交易で、古くから交流があり仲良くしているが、鍛冶をする際の燃料として樹木を伐採するため、森妖精とは仲が悪いそうだ。

 山妖精というか妖精族全般が長命であり、山妖精も地妖精と同じく平均的に500周期程生きるらしい。ガドック師は120歳程度の新進気鋭の職人らしい。髭もじゃの外見からは年齢がサッパリ判らないのだが。


「このビールと言う酒は美味いのう! 味は薄いが喉を通る時の感触が堪らん! ここまで冷たくして飲む酒というのも初めてじゃ! そしてこの缶がまた素晴らしい。何処にも継ぎ目が無い! どうやって作っておるんじゃ?」


 酒好きなのも伝承通りであるらしく、瞬く間に渡した6本の缶ビールが空になった。流石に缶ビールの製造過程なんぞ知らないので、その辺について詳しいであろうドクを後で紹介すると言っておいた。


「おーい! 親方、お客人。準備が出来たぞい、女たちは焚き火の準備をしておるし、わしらは食い物を確保しにいくとしよう」


 蟻の巣から大量の死骸を取って来ても、解体する人数が足りないだろうと思っていたが、近く山妖精の隊商が来るので人手も売却先にも困らないらしい。

 地妖精達は何に使うのか、何かの線維で編んだ網を大量に持っていた。俺たちチームも手伝って、さっさと仕事を済ませ、宴会のご相伴にあずかるとしよう。

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