第60話 蟻退治04 ~Giant Killing~

 巨大蟻たちの墳墓となった出現地点は外周に堀を持つ、円墳のような形になっていた。

 ソノラ砂漠の土砂も水を吸ったのか変色しており、乾いた砂、水を吸った土砂、黒土と綺麗に層が分かれて壮観であった。

 その円墳の頂上にどでんと横たわる巨大羊は腹の縫合を解かれており、内臓をはみ出させた無残な姿を晒している。


 王女蟻がホウ酸入り羊を食べても死ななかった場合を考慮して、ヴィクトルとウィルマ、アベルは必死に巨木に細工を施している。

 『ラプラス』が追尾しているため、万が一王女蟻に襲撃されても、ここまで逃げることは可能である。


 そして俺とカルロスが何処にいるかというと、地上30メートルはあろうかと言う巨木の梢に陣取っていた。


「うひぃ…… なんて高さだ、良くこんなところで平然と銃を構えられますね。僕は風が吹くたびに、落ちるかも知れないと幹にしがみついていますよ」


「狙撃点は基本的に高所だ、この程度は好立地ですらある。それに落下防止用ハーネスを付けているだろう? 足を滑らせようが風で飛ばされようが死ぬことはない」


「それはそうなんですけどね。僕の能力って座標移動だけだと慣性力はそのままだから、落下するまでに座標設定と慣性力を設定しないと、転移先で骨折したりするんじゃないかと怖くて怖くて……」


「ハーネスがあればそもそも落下はしない。このハーネスを切断するには専用工具が必要なほどの強度を持っている。お前程度なら10人ぶら下がっても切れたりしないから安心しろ」


 俺たちが高所で何をしているかと言うと、血の匂いに惹かれて他の肉食獣がやってきた場合に追い払うためと、王女蟻が死ななかった場合の後詰だ。

 尤も王女蟻が近辺の動物を食い荒らしたのか、先ほどから妙にでかい蝿がたかっている以外は、何の動物も寄ってきてはいない。

 王女蟻があの体格を維持するためには相当量の食料が必要であり、周辺の大型小型を問わず動物を手あたり次第狩っていると考えると、なかなか餌場に現れないのも納得がいく。


 俺が枝にしがみつく蝉の幼虫みたいになっていると、PDAが振動して着信を知らせる。アベルからだ。

 内容を確認すると細工が完了したのは6割程度だが、王女蟻がこちらに向かっているため離脱するとのことだった。

 『ラプラス』にコマンドを送り、三人を転移させる。墳墓の麓に三人が無事出現する。PDAの通話で声をかけて木の又に当たる開けた場所に三人を転移させる。

 三人は俺のように手間取ることもなく、さっさと腰部のハーネスを伸ばし太い枝に固定すると近寄ってきた。


「状況を確認しよう。先ほども伝えたが、細工の進捗は6割程度だ。おそらく3方向から巨木を倒すことができるが、脱出できる隙間も発生するだろう。

 予備プランの狙撃とシュウの止めに期待したい。間もなく王女蟻は現れるだろう、その場で食べ始めるならば良し、持ち運ぶようなら土砂を爆破し穴に落としたところを巨木で押しつぶす手筈だ。

 

 相手の生態は判っていない。地球の昆虫と同じだとすると強い生命力を持っているはずだ、完全に死亡が確認できるまでは絶対に近寄るな。

 頭を潰しても体だけでも動く生き物だ。そして巨体に撥ねられれば体格差から無事では済まん。可能ならば体節の全てを切り離しバラバラにするのが望ましい。


 む! 王女様のお出ましだ。ヴィクトルは起爆準備、カルロスは狙撃態勢を取れ、ウィルマは観測、シュウは待機だ」


 巨木の合間を縫うようにして王女蟻が現れた、気のせいか昨日よりも大きくなっているように見える。

 盛んに周囲に触角を向けて辺りを警戒している。予想以上に賢い生き物だ。さっさと毒餌に食いつけと祈るように見守る。

 安全だと判断したのか、空腹に負けたのか、王女蟻は円墳を上り巨大羊に食いついた。足元が巣であるためか、持ち運ぶようなこともせず、豪快に引き千切っては食らいつくを繰り返している。

 あれほど巨大に見えた羊の腹が空っぽになったころ、王女蟻に異変が生じた。巨体を支えていた脚が震え始め、轟音を立てて巨大な体が地面に落ちる。


「よし! 今だ! ヴィクトル、起爆しろ!」


「アイサー! HAHAHA! 落ちろ、虫けら!」


 ヴィクトルが奇妙なグリップのような物を握ると、円墳が爆ぜた。盛り上がっていた土砂が今度は逆にすり鉢状に落ち込む。

 立て続けにカキンカキンとヴィクトルがグリップを握る。樹上に居るにも関わらず、腹に響く重低音と共に巨木が一斉に傾いてくる。


「総員体を固定しろ! 振動に備えろ!」


 アベルの号令で、全員がハーネスを引き締め、体を固定する。そして激震! 大地を揺るがす轟音が何度も響き、恐ろしい縦揺れが俺たちを襲う。

 縦揺れでしなった枝が横揺れも発生させて、梢に居る俺たちはカクテルシェイカーの中身のように翻弄される。

 数分かけて揺れの衝撃から立ち直った俺たちが穴を確認すると、そこには這い出そうとしたところに上から倒木に押さえつけられ頭だけが覗いている王女蟻が居た。


「よし! やったか?」


 アベルが迂闊にもフラグ発言をする。このお約束のセリフを吐いた場合、十中八九対象は生きている。その証拠に片方が根元から千切れ、1本のみとなった触角が動き周囲を探る。


「くそっ! まだ生きてやがる! カルロス!」


 アベルの指令を受けてカルロスがM95で狙撃する。残っていた片方の触角が弾け飛ぶが、そこまでだ。対象が巨大すぎて致命傷となり得ない。


「ふむ、狙撃では何十発撃ち込めば死ぬのか判らないな。止めはシュウに譲るとしよう」


 カルロスはそう言うと二脚銃架バイポッドを折り畳み、銃を片付け始める。アベルに確認を取ると、彼も頷いた。


「それじゃ王女の墓標を突き立てるから、全員対ショック姿勢を取ってくれ。いくぞ!」


 そう言うと能力で重なり合っていた一番上の巨木を持ち上げ、王女蟻の頭部に目がけて加速して落とす。凄まじい振動が再び体をシェイクする。ああ…… 吐きそうだ。

 ヨーヨーの気分を味わった後に地面を見ると王女蟻の頭部を貫いて巨木が屹然と立っていた。これで死んでくれれば良いのだが。


 俺たちは体を固定していたハーネスを外し、地上に転移した。真正面に王女蟻の複眼が見える。ここまで巨大になると複眼の一つ一つが六角形をしており、ハニカム構造となっているのが良く解る。

 巨木の隙間から王女蟻の体を窺うが、動く様子はない。いつでも退避できるように『ラプラス』を待機させて、墓標以外の巨木をどける。

 果たして王女蟻は絶命していた。胸郭は巨木に圧し潰され歪み、腹も千切れて神経節が引きずり出されていた。流石にここまでされては生きてはいまい。


「よし! シュウ、王女様の胸と腹を別々の方向に移動させてくれ。抵抗されれば生きているし、抵抗されなければ千切れて確実に死んだことが判る」


 アベルの発想がグロい。しかし中途半端は敵にも失礼だ。胸に鉛直上方向、腹に下方向の加速度を設定する。

 ミチリッと嫌な音を立てて王女蟻は頭部、胸部、腹部に三分割された。地響きを立てて落下した胸郭から丸い何かが転がり出る。


「OK、ミッション完了だ。巨大蟻の甲殻は建材や工具となるため、持ち帰れば地妖精が買い取ってくれるらしい。妙な玉も出てきたし、転送を頼めるか、シュウ?」


「了解、チーフ。蟻の巣から水が抜けるまでは当分かかるでしょうから、ひとまず先に戻って凱旋といきましょう」


 俺はそう答えると、チームのメンバー、王女蟻の死骸、伐採してしまった巨木を次々に『アスガルド』の地表付近に転送する。

 転がり出た妙な玉も転送しようとしたのだが、何故か転送できない。

 皆は先に送ってしまったし、仕方がないから中身を確かめるべく、滲み出している水で表面を洗う。


 粘液を拭って現れたのは宝石で出来た真球。表面に金や銀、サファイア、オパール、アメジスト。兎に角出たらめに宝石や貴金属をくっ付けた直径50センチ程度の球体となった。

 耳を押し当てると何やらゴソゴソと動く音がする。これは何かの卵なのか? 考えられるのは蟻だが、蟻の生態的に王女蟻が翅を生やしていない状態だと未交尾だ。つまり有精卵を持っているはずがない。

 覚悟して左目を近づける。僅かに光が透過して、何やらモコモコした奴が動いている。そいつの目が俺を見た、直感的にそう感じた。

 驚いて離れると、ズガン! という音と共に嘴のような物が内部から突き出てきた。

 呆気に取られて眺めていると、嘴は引っ込み、再び突き出る。ガンガンと音を立てて卵殻を剥がし、そいつは頭を外に出した。


 そいつは恐ろしく美しかった。鮮やかな緋色の宝石で出来た鳥のように見えた。透き通る鮮やかな羽を持つ頭部を振り立ててどんどん卵殻を削っている。

 あ! 食ってる! 明らかに無機物というか鉱物が混じっている卵殻を事も無げにバリバリと音を立てて咀嚼し、充分に隙間が出来たところでのっそりと体を外に出す。

 猛禽類のような鋭い爪を持ち、畳んでいた翼を広げる。深紅と黒だけで構成された体と、金色の瞳を持つそいつはこちらを一瞥すると振り返り。猛烈な勢いで卵殻を食べ始めた。

 瞬く間に卵殻を腹に収めると、意外とユーモラスなよちよち歩きでこちらに歩みよってくる。不思議と敵意は感じない。


「お前、あの蟻に食われていたのか。案外間抜けだな。親は何処に居るんだ?」


 通じるはずも無いのに話しかける。ここで予想外のことが発生する。答えが返ってきた。


【お母さん】【一緒】


 思考のような何かを伝えると、体を摺り寄せてくる。しまった、インプリンティングだ。鳥類は最初に見た動くものを親と思い込む習性があるのを失念していた。

 ここでこいつを見捨てるのは簡単だが、生後間もなく親を無くした雛がどうなるかなど考えずとも明らかだ。

 自分の過失でもあるし、ここはひとつ腹を括ろう。


「今日から俺がお前の『お父さん』だ、息子よ。俺と一緒に来るか?」


 そう問うと、意外に愛嬌のあるクリクリとした目をこちらに向けて意思を伝えてくる。


【一緒】【お父さん】


 む! こいつ賢いぞ。それじゃあ名前を付けないとな、太陽の光を受けて緋色に輝く翼を見て安直な名前を付けてしまう。


「よし! 緋色にしよう! あ、でもチームの皆は英語圏の人間だったな…… じゃあ英語でスカーレットだ! スカーレット、家族のところに帰ろう」


 そう言って手を伸ばすとよじ登って、俺の肩に留まった。かなり爪が痛い。腕と肩に当て布しないと怪我するな。


「お父さんと一緒に帰るぞ?」


 そう言って転移設定をする。今度は拒否されずに設定出来た。能力を発動すると俺たちは王女蟻の墓所を後にした。

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