第55話 遭難二日目(夜)

 それほど時間をかけずに石壁で囲まれた都市らしきものの近くに到着できた。森の中では気づかなかったが、いつまで経っても明るいままであり日が沈まない。

 正確に言えば片方は沈むのだが、2つある恒星のうち小さい方が沈み切らずに空に居座り続けるため、真昼とまではいかないが常に夕暮れ程度の明るさとなっている。


「さて、どうしたもんかね? ここからドローンを飛ばして壁の中を偵察するか?」


 ドクの発言にアベルが思案している。俺たちはいつでも逃げることが出来るとは言え、逃亡先が森の中だ。できれば現地の知性ある存在と交流して情報を仕入れたい。


「夜になれば明かりが灯ったりと変化があって文明レベルが判ると思っていたが、この有様じゃ期待できないな。よし、ドローンで偵察してくれ」


「オーライ、チーフ。それじゃヴィクトル、悪いがまた手伝ってくれるか?」


「判りました。あ、熱源探知用の赤外線カメラも載せましょう。距離も近いですし、飛行時間が短くなっても問題ないでしょう?」


 二人はドローンの装備について話しながら、上部デッキに向かっていった。

 このタイミングで俺のPDAにメッセージが着信する、地球からだ。作戦方針に関する意見と地球での調査結果の続報が記されていた。


 現住知的生命体とのコンタクトには慎重を期すように、敵性生命だった場合は即座に撤退出来る準備をした上で臨むこと。

 巨木は幹部分はそれほど希少性が無いが、10個程採取されたスイカ程もある果実とその種に大きな薬効が期待できる。

 黒土の成分には特筆すべきものが無かったのだが、土壌を粉砕して水溶液とし、その水溶液で地球の作物を育てたところ、異常な成長を遂げた。具体的にはラディッシュ(二十日大根)が一日で収穫でき、大きさは3倍にもなった。

 現地の知性体と交流できた場合は、森とその土壌について聞き取りを行って欲しい。

 チームの現在位置に関する考察として、地球から100億光年以内の範囲に二重恒星を持つ、水の存在が確認できる星は無いとのこと。


 特にめぼしい情報はない、しかしあの土にそんな不思議な力があろうとは思わなかった。日本の食材を買いがてら、最悪アメリカに定住することを考えて、実家から両親が育て俺が食べ慣れた米の籾を貰ってきているのだが、これを水耕栽培してみるのも面白いかも知れない。


 そんなことを考えていると、ミーティングスペースのモニタにドクが映り込む。面倒になったのかガスマスクを付けていない、外気を吸い込んでも給気よりも排気を多くすることを意識すれば問題ないそうだ。


「聞こえているか? それじゃこいつを飛ばすぞ、壁よりも高い建造物は前回の飛行映像からも確認できなかったため、主観カメラは記録のみで映像は送信しない。俯瞰カメラと赤外線カメラの2つの映像を流すから、そっちでも確認してくれ。俺様は主観カメラで操作する」


 音声が途切れると、モニタに映像が映り込み、徐々に高度が上がっていく様が判る。上空からの映像で見ると、石壁が円形ではなく、正八角形を描くように配置されているのが良く判る。

 そしてドクが言っていたように、防壁内部の映像が表示されるが、まばらに平屋の掘っ建て小屋のような物があるだけで、生活感が無い。ひょっとすると放棄された廃墟なのかも知れない。

 そして1時間ほどかけて周辺映像を見た限りでは、これと言った物は見つからなかった。熱源反応も一切なし、生物が住んでいる様子もない。巨大生物が出現する森の近くだけに、街を捨てて出て行ったのかも知れないと思っていると警報が鳴った。


 何処から現れたのか、『カローン』のすぐ近くに緑色のチュニックと臙脂色のズボンとブーツを履いた人物が居り、コンテナ上部に居るドクに向かって何事か話しかけている。ドクが目に見えて狼狽えている。

 咄嗟にハルさんを振り返るが、彼女は首を振る。彼女の知る言語体系ではないらしい。とすると俺の出番だなと、アベルに許可を取り付けて車外に出る。

 『ラプラス』は例の追従型警戒モードにて待機させてあるため、そうそう危険はないだろう。その人物を視界に入れてこちらからも声をかける。


「すみません、そこの人。この近辺にお住みの方ですか?」


 俺が声をかけると、その人物は振り返った。ずんぐりとした体格に豊かな白鬚を蓄え、黄土色の肌をしている。比率的に妙に手足の先端が大きいが、五指が確認でき、概ね人の形をしていた。


「お! あんたは話が通じるのか? こんなとこに居ったら危ないぞ、そのキラキラした奴は乗り物なんじゃろ? そいつは奴らの目を惹くから隠すか放棄せんと食われるぞ?」


「え! 貴重な情報をありがとうございます。ご老人、我々はここに迷い込んでしまい、ここが何処なのか、どんな危険があるのか判らないのです。奴らとはいったいなんですか?」


「なんじゃ、お前さんら来訪者だったのか。ワシが知る来訪者は200周期ほど前に、あの上に居る奴と似たような外見をしておって、自分を魔術師だと言っておったよ。あ、いかんいかん。長話をしてる暇はないんじゃ、とにかく案内するからこっちに避難せんか?」


「ちょっと待って下さいね。仲間が居ますので、連絡します。キラキラしてるのがダメなんですよね? それも何とかします」


 そう言うとPDAの通信機能でチーム全員に呼び掛けて、状況を説明する。壁ギリギリの位置に『カローン』を移動させ、ドクに外面偽装の操作をして貰うと銀色に光り輝いていた車体が壁と同じ模様となり、外からでは見分けがつかなくなる。

 所謂光学迷彩機能なのだが、老人は興味津々だった。目を輝かせてペタペタ触っては驚いている。流石にタイヤまでは迷彩できないので遮蔽モードも起動して装甲板で覆ってしまうと壁のでっぱりにしか見えなくなった。


「ほぅほぅ、面白いのう。山妖精どもの乗り物かと思ったが、生き物であったか! 壁と同じ模様になって隠れるとは賢い奴じゃのう!」


「いや、ご老人。これは乗り物であっています。生き物の能力を模した機能でこういう風に隠れているんですよ」


「なんと! そんなことが出来るのか! 長生きはするもんじゃのう! それで、お前さんらはこれで全員か? こんなに大きい乗り物を7人で操っていたのか?」


「まあ、そんなところです。これで奴らとやらには見つからないでしょう。安全なところとやらに案内して頂いても構いませんか?」


「そうじゃったな。まあここらでええじゃろ、ちょっと下がっておれ」


 そう言うと老人は地面に両手をついて、何事か呟いた途端、地面に大きく四角い穴が出現した。


「途中までは暗いが、すぐそこじゃ我慢しておくれ。ワシについて来なされ、ワシら地妖精は来訪者を歓迎するぞい」


 老人は我々を先導して大地に穿たれた四角い穴(良く見るとスロープ状に斜め下へ続いている)に入っていく。

 老人にアベルから渡されたLEDランタンを渡すと大層驚いたが、それを手に持つと意気揚々と前を歩いていく。

 不思議なことに掘っても居ないというのに前の土が無くなり、逆に退路となる穴がふさがってしまった。

 俺の能力であれば脱出は容易だが、完全に閉じ込められたことに警戒していると、老人が振り返って叫ぶ。


「そんなに離れると埋まってしまうぞい。ワシを中心に大地に退いて貰っておるんじゃ、離れたらもとに戻ってしまう。遅れんように着いてきなされ」


 なるほど、老人には害意はなく、この超常現象はごく自然なことのようだ。アベルとアイコンタクトを交わすと、全員で足並みを揃えて老人に続く。『ラプラス』の転送設定を先の『カローン』の位置にし、転送対象を俺中心に20メートル以内のIFF信号を発する人物で設定する。

 ほどなくしてトンネルが広大な空間に繋がった。驚くほど天井が高い地下空間がそこにはあった。

 天井自体が仄かに発光しており、地面のあちこちに光を発する尖塔のような物が立ち、周辺を明るく照らしている。

 中央に巨大な噴水を湛えた、四分割に区画整理された都市が整然と並び、高度な文明を持っていることが一目でわかる。


「ようこそ、来訪者のお客人。ここが我々地妖精の都、『アスガルド』じゃ」

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