第53話 遭難二日目(昼)

 静寂を切り裂いて突如警報が鳴り響いた。耳をつんざく機械音に驚いて飛び起きる。

 全員が起きており、皆の表情に緊張が走る。そして視線がドクに集中する。ドクはPDAを確認しつつ全員に促す。


「おい、お前らモニタを見ろ。すげえモンが見られるぞ。ははは、日本の怪獣映画かよ」


 ミーティングスペースのモニタに映しだされたのは一匹の蟻だった。しかしそのサイズが尋常ではない。『カローン』に近づいてきているのだが頭の高さが、車高の半分までに達している。

 『カローン』自体が常識外れに巨大だと言うのに、半分もの大きさがあるとなればアフリカ象よりも大きいことになる。


 巨大蟻は外見からは想像もつかない機敏な動きで触角を振り立て、こちらを探っているように見える。

 全体としてのシルエットは我々の良く知る蟻なのだが、大質量を支えるためか体節や節足が肥大化している。極度に肥大化した歩脚は昆虫の物というより、タラバガニのそれに近い。黒光りする体から生える剛毛が槍のように見える。


「地球外生物とのファーストコンタクトは巨大昆虫だってか。さて、こいつは知能を持っているかねえ? はぐれなら良いが、こんなのが群れを作っていたら流石の『カローン』ももたねえな」


 巨大蟻はしばらく『カローン』の周囲を窺っていたが、連結されている『エレボス』『ニュクス』の方へ向かい、やがて興味をなくしたのか周囲の巨木に紛れて見えなくなってしまった。


「立ち去ったか。ドク、映像からサイズの計測はできるか? 概算で構わない、地球上の似た生物がいるかも確認してくれ」


 アベルの指示を受けてドクが映像解析を始める。しばらくしてモニタ上にスケールが表示される。


「複数のカメラから捉えた映像で計測したから、精度は高いはずだ。全長は触角を含めておおよそ30フィート(約9メートル)、地球の蟻と同じく炭素系素材で構成されていると仮定すると重量は6000ポンド(約2.7トン)程もあるんじゃないか。

 外見的特徴は色を除けばアカヒアリに似ているな。蟻の多くは肉食だ、極力刺激しないことが大事だな」


 誰かが息を飲む音が聞こえた。意味が解らない。あんな巨大生物が闊歩する環境で人類は生存可能なのだろうか? 

 息を殺したような沈黙がわだかまる中、俺のPDAが着信のアラームを響かせる。地球側からの通信だ。『マクスウェル』を経由する都合上、通話とはいかずメールのようなメッセージ形式なのだが、この場合は好都合だ。

 ドクに頼んで、通信内容をモニタに表示してもらう。地球側に突如現れた巨木と色違いの大地について調査を実施しており、現時点で分かったことが簡潔に纏められていた。


 巨木を構成する素材は地球のそれと大差なく、ほぼセルロースだが、一部に未知の元素が確認されているらしい。

 巨木を一部輪切りにした際に判明した事実として、年輪の間隔や樹木の生長度合から見て、地球よりも早く大きく成長する。

 巨木内から発見されたキクイムシの一種である穿孔性害虫や昆虫の死骸から、地球よりも大型の生物が存在する可能性がある。

 単純比較でスケールが2倍程度になっているため、体積では8倍の巨大昆虫が生息している可能性がある。

 これを捕食する鳥類や哺乳類、爬虫類等が居た場合、人間より巨大な体躯を持つ可能性があるため注意が必要。


「遅え! 既に遭遇しているよ! しかも8倍? あれが? 動画ファイルを送り付けてやれ、シュウ」


 地球側との情報をやり取りした結果、危険性評価が難しいため観測用ドローンを使って周辺を調査するように指示された。

 外気温は35度、湿度に至っては70パーセント近くあり、これだけ暑いと変温動物は大型化する傾向にある。逆に恒温動物は小型化するため、昆虫や爬虫類に注意を払うようにとの警告が添えられていた。


「あの一匹だけが突然変異なんだろうか? サンプルが少なすぎて判断できないな。シュウの能力による移動で地球へと帰還することが可能かどうかも調べてみよう。このIFFマーカーをソノラ砂漠に転送できるか?」


 アベルから渡された、小指の先ほどのサイズを持つ機材を受けとる。ここで倒れるとまずいため、別室に移動してグミを放り投げる。座標を固定すると消失し、ベチッというような音がしたため、ここは自転をする惑星上にはあるのだろう。

 そしてIFF装置を『マクスウェル』の存在座標付近に転送しようとするが、エネルギーが足りないのか何なのか座標変更を受け付けてくれない。試しに近距離で移動させてみると三次元軸の移動は可能であった。第4、第5パラメタが操作できないのが問題だと判断する。


 地球への移動手段が無い以上、常駐している自爆プログラムも無用の長物となる。

 こちらの世界で生命の危機に瀕したとき、妙な動作をされても困るのでプログラムを停止させ、PDAのリマインダーに地球に戻れたら再度実行することを書き込み、アベルに状況を報告することにした。


「すまない、アベル。三次元軸に沿った移動は可能なんだが、第4、第5パラメタを変更できないため地球には移動できない。エネルギーが足りないだけかもしれないがね」


「そうか、仕方ないな。ドク、ドローンは飛ばせるか?」


「ああ、問題ない。2時間程度の飛行が可能だ、『カローン』には2機積載してあるんだが、両方とも飛ばすか?」


「いや、万が一を考慮して、一機だけを飛ばしてくれ。『カローン』を中心に渦巻状に外へ外へと探査範囲を広げてくれ。一時間経過したら直線で帰投だ、補給が期待できない現状、物資の損耗は最小限に抑えたい」


「了解、チーフ。こういう時だけは頼りになるな。すまないヴィクトル、上部ハッチを開いてドローンを発進させるから手伝ってくれ」


「判りました。操縦用の電波増幅装置は必要ないんですか?」


「ああ、『カローン』自体が増幅器を兼ねているからな。直線距離で離れる訳じゃないから充分カバーできるだろう」


 ドクとヴィクトルが出て行って暫くすると、モニタの一つにドクが映り込む。


「それじゃあ、今からこいつを飛ばす。映像と音声は拾えていると思うが、問題があったら俺を呼び出してくれ」


 そう言うと、ガスマスクのような物を装着し、『カローン』上部のハッチを開き車外に出るとドローンが飛び立った。

 ヘキサコプター形式のドローンが順調に高度を上げる、樹冠を越えて俯瞰映像とドローンの主観カメラが表示される。

 俺たちは巨木の森の奥深くに出現したようで、俯瞰映像は何処を見ても黒い巨木の海であり、周囲の風景が変わらない。

 一方主観カメラには妙な物が映り込んでいた。地球と同様にさん然と周囲を照らす太陽が2つあった。


「本格的に異世界に来てしまったみたいだな、恒星が2つ見える。少なくとも太陽系じゃないことは確かだよね」


 その後も代わり映えのしない映像のみがモニタを占領していたが、空撮開始から一時間が経とうというところで変化が現れた。

 森が途切れて平野部が見えた。ドローンの近くを大型の鳥類が横切る。地球で言うコンドル程度の大きさがあったが、滑空ではなく羽ばたきによって飛翔していた。

 地球ではあそこまで大きくなると帆翔ソアリング滑空グライディングでしか飛べないのだが、低重力かつ高酸素濃度がそれを実現しているのだろう。


 そして主観カメラの範囲ギリギリに石壁のような外壁を備えた人工物が見えた。飛行時間的にも制御範囲的にも圏外となるためドローンは帰還する方針となり、距離と方角のみを計測すると戻ってきた。

 外気に触れたドクとドローンは2時間の徹底洗浄が実施されるため、ヴィクトルだけが一足先に戻ってきていた。

 そしてドローンが帰還する際に『カローン』を真上から見下ろした映像が撮れたのだが、一つ奇妙な事が発生していた。


「皆、気づいたか? 昨日はあった医療スタッフの死体が消えている。体長1メートル以上の移動物体を検知するように設定してあったが、巨大蟻以外は警報が鳴らなかった。つまり医療スタッフの死体を持ち去ったのは、巨大蟻の可能性が高い。となると、あの化け物は人を食うということだ」


 知的生命体が居る可能性と、差し迫った生命の危機と板挟みとなり、車内には重い沈黙が下りていた。

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