第48話 循環

「うーん、映像はすぐに作れるんだが、音声が面倒だなあ。でも音なしだと迫力が無いしなあ」


 ドクがPDAに大型キーボードを繋げて何かしら作業をしていた。後ろから覗き込むと、どうやら『カローン』内にある『G―Ⅱ』に対して遠隔操作で動画を編集しているのだと判った。


「何してるんだい、ドク? ああ! イチローMADか! アメリカにもあるんだなこれ!」


「ん? 何を言ってるんだ、シュウ。これはお前が演算させた破壊力計算を元に物理演算をして、被害状況のシミュレート映像を作っているんだよ。まあ見てろ、最初から通して見せてやる」


 そう言うと、ドクは映像を最初から再生する。

 衛星視点から見下ろしたアメリカ大陸の映像から始まり、空の一点に巨大な塊が出現する。この時点で影が五大湖を覆いつくすことから、異常な大きさの岩塊であると判る。

 静止していたそれは突如斜め下に向けて突き進む、タイムスケールが表示され1000分の1に減速されているというのに、恐ろしい速度で地表に向かう。


 そしてアメリカ大陸の中央部に激突というか、辺り一帯が爆散する、映像が拡大され山ほどもある岩塊が崩壊しながら地面に潜り込んでいく。

 巨大質量に押しのけられた大地は波打ち、固体ではなく液体のように盛り上がり、ついで水面に水滴を落とした時のように王冠状に盛り上がった。

 ただし、その規模は水滴が作るそれのような可愛らしいものでは無かった。横に目盛りが表示されるがスケールが異常だ、一目盛りが10キロメートルという馬鹿げた壁がそそり立つ。


 ここから一気にタイムスケールが加速する、噴き上げられた土砂というか地表の壁が捲れ上がり、重力に従って大瀑布となる。

 土砂は吹き上がり続けているのに、次から次へと壁が生まれては叩きつけられていく。そして振動が海面に達した。

 今度は海が持ち上がった。そうとしか言いようの無い規模で海水が巻き上がる。そして土砂に倍する規模になった海水が世界を蹂躙してゆく。

 海上に浮かぶ島国である日本など一溜まりも無かった。海水と共に持ち上げられ根こそぎ消失した。馬鹿げた大津波が世界を疾走している背後から、今度はアメリカ大陸自身が土砂津波となって追いかける。

 今度は宇宙視点に切り替わり、やや潰れた球状だった地球が派手に凹んで、みかんの皮でもめくるかのように開いていく。地球は既に球形をしておらず、下膨れのハート形のような奇妙な形状に変化していた。

 アメリカ大陸の真裏に位置する南極大陸の北部海域でも突如海が盛り上がり、爆散した。隕石激突の衝撃が地球を通して真裏に抜けたのだ。


 そして大津波同士が南回帰線付近で激突し、大気圏外まで海水を噴き上げた後、反発してそれぞれ逆側に戻っていく。そして土砂津波と激突し波濤は砕け散り、土砂津波も爆散して勢いを相殺されて小さくなっていった。

 これで終わりかと思えばそうではなかった。内圧が高まった地表のいたるところから溶岩が噴出した。爆心地で未だに吹き上がり続ける土砂も色が灼熱したそれに変わった。

 世界中が火に包まれていた。至る所に火山が出現し、一斉に噴火した。世界中に火の雨が降り注ぎ、噴煙が対流圏を覆いつくす。


 ここに至ってようやく爆心地の噴出が止まった。地球から海が消えていた。窪みを満たすのは赤々と燃える溶岩の海。水分は全て蒸発し対流圏の噴煙と入り混じり漆黒の雨として降り注いでは蒸発するのを繰り返している。

 タイムスケールがどんどん早くなる、5秒で1年が経過する。ようやく地球が冷えてきていた。大地には同心円状の山脈が生まれ、山脈と山脈の合間に漆黒の海が生まれていた。

 既に世界地図は俺が知るものとは異なる様相を呈しており、比較的原型を留めているのは巨大なアフリカ大陸のみとなった。

 ここで動画がストップする。いや、変化が無くなっただけだ、タイムスケールがもっと加速していた。5秒で10年が経過している。

 今度は地球が凍り付いていた。空は完全に漆黒のガスに覆われ、地表に一切の陽光が差さず、見る見る凍り付いていくと同時に、恐ろしい気圧差から超巨大ブリザードが発生して世界を覆いつくす。

 所謂全球凍結となったところで、今度こそ映像がストップした。


「とまあ、こうなる訳だ。何とも面白いシミュレーションだが、ここまでやってもアニメのように地球が割れないとは驚きだ」


「まあ完全に固体じゃなくて、中身に液体が詰まってるからね。しかし、自分で依頼したことだけど、映像化すると凄いインパクトだね。

 地球崩壊の過程がつぶさに見られて面白いけど、これオーストラリアが破滅するまでどのぐらいかかるの?」


「ん? それはオーストラリアで人間が生存不可能になるタイミングか? そうだな、ちょっと待っててくれ」


 そう言うとドクは何やら操作を始める、映像が逆再生されていき、凍った地球が溶けて、捲れた皮が戻っていく。


「この辺りだな。時間にすると隕石が地表に激突してから8時間から12時間ってところだ。その時点でオーストラリアの哺乳類は死に絶える」


「え!? なんで? 地震? でもその程度じゃ死滅は無いだろう?」


「こうすると判るか? サーモグラフだ、白いところが最も高温で、青から赤に移るにつれて温度が下がるんだ。つまりこの時点でオーストラリアの平均気温は430度にもなる、哺乳類は生きちゃいない」


「430度だと燃え上がるじゃないか! あ、華氏か! 日本だと摂氏表記なんだよ、摂氏にすると何度?」


「摂氏だと220度ぐらいかな? まあどこに居ても大火傷する程度にはなっているから、堅牢な防御施設に籠った人類なら生き残れるかな?

 まあ温度に耐えても衝撃には耐えられないから意味ねえけど、それすら奇跡的に耐えたとして全球凍結すりゃ食い物もねえ、どの道生き残る目はないよ」


「北アメリカ大陸が生存に適さなくなるのはどれぐらいかな?」


「ん? そりゃ激突して1時間も経ったらそもそも陸地がねえよ、アメリカ全土は空の上さ、核シェルターだってマントル層まで掘らないだろ?」


「でも演算結果で一応生存の目はあったんだろう? 何処なら生き残れるんだ?」


「南極大陸の永久凍土の底。大規模な地下空間があるとされているから、そこにシェルターを作って立て籠もったら、食料と水、電気が生きている間は生き残れる可能性が僅かにある」


「え? 結局詰みだよね? 食料も水もいずれ尽きるし、地表で作物が育てられるようになるのはどのぐらい後だい?」


「まあ、その辺は誤差が大きくなるから正確にはわかんねえけど、ざっと二千年ぐらいすると太陽と土と水が蘇るから、植物は生えるんじゃねえかな?」


「へー! 人類は死滅しちゃっても地球は再生していくんだな。生命は循環するんだなあ、いずれ人類がまた登場して歴史は繰り返すのかもな」


「まあな、でもここまでデカイ隕石は観測されてないし、人類を滅ぼすだけならこの100分の1の大きさで充分なんだ。ここまでデカイ規模を演算したのは、流石の俺様も初めてだったよ。まあ面白かったけど」


「記念にこの映像貰っても良いかな? 編集も見事で凄く見ごたえがあったよ! 流石はドクだ、じゃあこれ約束の報酬ドクペ


「マジか! ディサローノ・アマレットが手に入ったのか! ビ、ビールは? 割り材のビールが無いと話にならねえ」


「そっちもぬかりないよ。金麦って言う奴を持ってきた。これで割ると命の水ドクペ神の酒ソーマになるってわけだ」


「シュウ! 受け取れ! このSDカードに今の映像を効果音付きの動画として保存してある、俺は早速試してくるから、またな!」


「ありがとう、ドク!」


 俺はドクに礼を言うと動画ファイルの入った記録素子を懐にしまい、これを使わずに済むことを祈りつつ自室に向かった。

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