第49話 反駁

「君の方から我々に話があるというのは初めてだね。どう言った用件かな?」


「今までの君の貢献を考慮して、こうして機会を設けたが、我々も暇ではない。そうそういつもは付き合えないことを理解してくれたまえ」


「朗報ならばいつでも大歓迎だが、君の表情を見る限りは、そういう訳でもなさそうだな」



 俺は『墓地グレイブヤード』最深部にある『賢者の間』で三賢人たちと会談を行っていた。

 とりあえず牽制するために、軽い話題を振ってみる。


「お時間を取って頂きありがとうございます。とは言え悲報という訳でもないのです。一つ提案をしようと思っています。しかし、中の人が変わっているのにカスパーの声は変わらないんですね。リアルタイムで変声させているんですか?」


 三賢人はくぐもった笑い声を漏らしつつ、こちらの質問に答えてくれる。


「君は相変わらず妙なところに目が行くね。ヘンリーにはもう会ったのだろう? 肉声というものは存外個人を容易に特定できる要因となるのだよ」


「我々本来の肉声が持つ特徴は、一切反映されない特殊な変声機構を用いている。本来は代替わりしたことも気付かれないのだがね」


「誇りたまえ、君は最も三賢人に近づいた日本人だと言えるだろう。有色人種では初となる、大変な栄誉だよ?」



 どうも今代のカスパーは白人至上主義者なのか、言葉の端々にこちらを見下すニュアンスを匂わせてくる。


「はっはっは! 身に余る栄誉、恐悦至極にございます。東洋の猿めは、この一事を一生涯の自慢と致しましょう」


 おどけて大袈裟に身を折って、恭しく礼をする。慇懃無礼な態度にカスパーが息を飲む音が聞こえる。小者だな。


「控えよカスパー。君はまだ三賢人となって日が浅い。安い挑発に乗ったり、心の裡を相手に晒したりするなど賢者にあるまじき失態だ」


「カスパーが失礼したね。そろそろ本題に入ろうじゃないか、時間は有限だ。君も益のない口喧嘩に時間を費やす趣味はなかろう?」


「失礼した。態度を改めよう。皆の言う通り本題に入ってくれたまえ」



 腐っても賢人か、感情と理性とを戦わせ、理性が勝利する程度には理知的な人物であるらしい。


「こちらこそ不遜な態度を取り失礼いたしました。それでは私から皆様へのご提案なのですが、この私めをご信用頂いて若返るか、意のままになる『情報層』編集ツールの作成を諦めては頂けないでしょうか?」


 そう切り出すと、メルキオールが呵々かかと大笑した。


「ははははは、何を言うかと思えば提案にすらなっていないじゃないか? 検討するにも値しない」


「君を信用する? 論外だ。君の代用品を諦めるに至っては我々に一切メリットがない」


「提案と言うのは利を示し、相手の応諾を引き出すことを言うのだよ? まずは我々が納得するだけの利を示したまえ」



 まあこの反応は予想通りだ。こんな提案が受け入れられるとは端から思っちゃいない。


「仰る通りです。私は地位も名誉も金も権力も欲しません、放し飼いにして頂くだけの自由を欲しているだけです。既にあなた方から頂いた報酬ですら持て余しています。

 小市民の私が三千万ドル(約30億円)ものお金を持っても使い道がないのですよ。『ホーム』に住み込みで働いていますから、土地も家屋敷も不要です。

 死蔵させるぐらいなら市場にでも還流して経済活動に使うべきでしょう。今の職場は割と気に入っているので、定年まで精いっぱい勤めさせて貰うつもりです。これが利とはなりませんか?」



「ならないな、それらは全て空手形だ。君は現状に満足しているのかもしれないが、いつ豹変するとも限らない。そして君が明日も元気に生きているという保証はどこにもない」


「三千万ドル程度のはした金では経済に影響すら与えないよ、我々からすれば子供の小遣いだ。そんなもの当てにするまでもない」


「我々は希望的観測をもとに行動しはしない。いついなくなるとも判らない君の善意に縋るほど、追い詰められてもいない」



「経済を気にするなら消費したまえ、君が望むなら新進気鋭の実業家として財界にデビューさせても良い。一躍セレブの仲間入りだ」


「金を使って君を陥れた元上司に復讐してはどうかね? 資金援助は惜しまない、大株主になってその女を失脚させてはどうかね?」


「日本での立場が良いのなら、それを用意することもできる。外資系企業のCEOに収まって、君が落ちぶれた途端に手のひらを返した元恋人を見返すのも一興だろう?」



「ははは、面白い冗談です。見知らぬ他人と会うことすら苦痛な私がセレブ? 可能なら一生引きこもっていたいぐらいです。復讐についてはそうですね、8年前なら乗り気だったかもしれません。

 怒りというのは長続きしないのですよ、今となっては関心もわきません。それに狭い箱庭から出て、広い世界を知りました。今さら金魚鉢を得意げに泳ぐ魚を茹で上げようとも思いません。

 元恋人に関しては思うところがないわけではありませんが、彼女なりの考えがあったのでしょうし、この病気になってからは執着や熱意とは縁遠くなりました、わざわざ見返したいと思うほど彼女に執着がありません」


 そう言うと三賢人は絶句し、明らかに呆れた口調で話し出す。


「まったく扱いにくい男だな、君は。そうすると我々としても不本意だが取れる手段が限られてくる」


「それに君は思い違いをしている。我々は君にお願いをする立場にはない。今までは君が気持ちよく協力できるように配慮していたに過ぎない」


「とは言え年老いた君の両親を害するほど我々も鬼畜ではない。君が大事にする親友がいたね? 君が強情を張ると彼が困った立場に追い込まれることになるかもしれない」



 三賢人は譲歩から一転して脅迫をしてきた。単に手札を出し惜しみしているだけで、必要とあらば俺の両親にも手をかけるのだろう。

 できれば使いたくなかったが、ここが鬼札の使いどころだ。一切の譲歩をしないという事を思い知らせる必要がある。


「懐柔に失敗すれば、次は脅迫ですか、意外に芸がないですね。私としても本意ではないのですが、そちらが私の大事な物に手をかけるのならば、私も強硬手段を取らざるを得ません。

 少し面白い物を用意したので、ぜひ皆様にご覧にいれましょう」


 そう言って持参していたノートパソコンを開いて見せる。既にスタンバイ状態になっていた動画を再生する。ドクが編集した大迫力の地球崩壊の映像が流れる。

 隕石激突から1日後、地殻津波の後に、激突した隕石が蒸発して発生する、摂氏四千度を超える岩石蒸気に世界は包まれ、地球全体が太陽のように輝いているところで再生を打ち切った。


「いかがです、面白い出し物でしょう? 貴方たちは私を追い詰め過ぎた、私は自分の人生にすらさほど執着しません、両親や親友が居ない世界など無くなっても構わないのです。

 賢明な貴方たちのことです、この後地球がどうなるかなど見なくてもわかるでしょう? 世界最高峰の頭脳たるドクに演算してもらいましたが、人類が生存する確率は0パーセントです。

 地球上にいる限り、どこにいようと多少前後しても必ず死に至ります。地球を脱出して宇宙に逃げても結果は変わりません。補給が受けられないなら、やがて干上がるのは自明ですよね?」


 三賢人の誰かが息を飲むのが聞こえた、初手から地球と心中するとは思っていなかったようだ。


「私を亡き者にして止めるのは不可能ですよ? 既に実行命令は下しています。手榴弾の安全レバーを握りこんでいる状態です。私のバイタルが途絶えた瞬間、この壮絶な自爆は発動します。

 まあ偶然であれなんであれ、私が死ねば地球は終わりです。能力は左目がある限り止まりません、そして私の頭は破壊できても、ダイヤよりも堅い左目は破壊できないでしょう?」


 言外に直接三賢人が手を下さずとも、他の組織からの関与や、不慮の事故、病気でも自爆は発動するため、しっかり守ってくれと脅して彼らの逃げ道を塞ぐ。

 脅し文句の前者は本当であり、既に常駐した機能として常時待機中である。無論任意で起爆もできる。そして後者はハッタリだ。だがそれを確かめる術は誰にもない。


「日本人というのは本当に交渉が下手だな。どこまでも譲歩して譲れない一線を越えた途端、極端に攻撃的になる。君のご先祖様たちもそうだった、そのためWW2は引き起こされたというのに」


「もう少し交渉の余地はないのかね? この有様では君も君の両親も親友も生き残れないだろう?」


「ハッタリだ! それに一個人で核兵器ですら、なしえない破壊をもたらすだと! しかも黄色い猿が! こんな巨大な岩塊なんてエアーズロックだろう? 先に壊してしまえば良い」



 うーん、このカスパーは罷免した方が良いんじゃないかな? 感情の制御に難があり過ぎる。


「いえ、エアーズロックでは大きさが足りなかったので、この岩塊のモデルはやはりオーストラリアにあるマウント・オーガスタスです。

 別に壊して頂いても構いませんよ? そもそもこれは一例に過ぎません。 候補地は42箇所を設定しています、それが実行時にランダムで選ばれるだけです。合衆国ですとグランドキャニオンも候補地の一つです。

 ご存知ですか? 隕石というのは巨大な一個が激突するよりも、複数の隕石が同時に激突する方が大きな破壊をもたらすことを。グランドキャニオンの岩山を、手あたり次第に落としても構わないのですよ?」


「ジャップめ! 神をも恐れぬ悪魔め! 黄色い猿の分際で、世界を掌握したつもりか!」


「カスパー様落ち着いて下さい。何なら試してご覧に入れましょうか? 私の死をトリガーにせずとも任意で起動もできますので、お望みとあらば貴方の一声で地球は滅びます」


 そう言うとカスパーは明らかに怯んで押し黙る。この人はダメだな、他の賢者に比べて明らかに役者が劣る。


「もう良い、カスパーは以降の発言を禁ずる。で、君はどうしたい? 君とて破滅を望んではいないのだろう?」


「我々は君を過小評価しすぎていたようだ、評価を改めるとしよう。そして交渉のテーブルに着こうではないか。君の望みを言いたまえ」



 カスパーのモノリスに大きく『Receive Only』の文字が浮かび上がっている。やっぱりできるんじゃないか! いや、今そこはどうでも良い、正念場だ集中しよう。


「貴方たちもここで引き下がる訳にはいかないでしょうし、私としても良い関係を維持できるのなら、それに越したことはないのです。

 どうでしょう、お互い妥協点を探りませんか? 貴方たちは私が信用できない、しかし若返り延命したい。私は信じて欲しい、そして野放図な能力使用はしたくない。これでは平行線です。


 そこでプランBです。まあこちらが本命の提案とも言えます。生物ではなく『情報層』のみの存在を構築しましょう。それは私の命令しか受け付けませんが、命令自体は文書でできるようにします。

 私はそれを貴方たちの許に派遣し、文書に記された内容を実行させます。これなら私は貴方たちが何処の誰かを知ることはありませんし、貴方たちは比較的安全に延命できる。

 私は無制限な能力使用を忌避しているだけで、私自身が耐えられないような命令以外は基本的に従うつもりです」


「ふむ、なかなか魅力的な提案だな。しかし、その『情報層』のみの存在というのは作れるのかね?」


「世の中にはそのような存在が既にあちこちに居ますよ。アニミズム信仰では霊山、霊木、霊石なんかにもそういう存在が張り付いていました。レポートは提出していますよね?」


「そうか、あれを応用するというのか。判った、その妥協案を受け入れよう。最終的な決定は追って知らせる。カスパーにも納得させねばならないからな」


「これより我らは協議に入る。余程のことがない限りはその案を飲もう。しかし、こういうサプライズはこれっきりにして欲しい。我々も年老いて心臓も弱っているからな」



「わかりました。交渉の席を設けて頂ける限りはサプライズをしないことをお約束いたします、それではこれで、失礼します」


 そう告げると、俺は席を立ち『賢者の間』を後にした。



◇◆◇◆◇◆◇◆



『C』の文字が赤く光るモノリスから、『Receive Only』の文字が消える。


「さて、どうしたものかな? 飼い犬に手酷く噛みつかれてしまった訳だが。皆の意見を聞きたい」


「どうしようもないな、我々の完敗だ。あの手の人間は勝算がない限りはそもそも勝負などしない。彼の手札は本物であり、必殺だ」


「それで奴の言いなりになれば、奴は必ず付け上がって要求を突き付けてきますよ! どうにかして痛い目に遭わせてやる必要があります!」



「今代のカスパーは本当に愚かだな。やはりヘンリーは得難い人材だった。感情が制御できずして賢者を名乗るなかれ」


「馬鹿な貴様にも判るように言ってやろう、それで? 彼の手札が本物だったらどうするのだ? むざむざ滅びを前に指を咥えてみているのか? 眠れる獅子どころか竜だった彼の尾を踏むのかね? 代償は全人類が支払うのだぞ、詰まっているのか怪しい脳みそで良く考えることだ」


「しかし、おめおめと引き下がっては三賢人の沽券に関わります! あの不遜な猿に身の程を思い知らせてやらねばなりません!」



「どうやってそれをする?」


 呆れたようにバルタザールが問う。


「拷問でもするのか? 彼の能力を封じられねば、即座に破滅だぞ? 名案があるなら言いたまえ、無いのなら黙れ」


「彼は本質的に臆病だ。あのタイプには奇襲しかないというのに、用意万端待ち構えられては、手も足も出ない」


「しかし、何か方法があるはずです! 卑小な猿が我々を出し抜ける筈がありません」



「君の思い上がりは目に余るな。良かろう、君に一ヵ月の猶予を与えよう。その間に対策を立てたまえ、出来なかったり勝算がみこめなかったりした場合は、君にはカスパーを降りて貰う」


「そんな! それはあまりに」


 カスパーは最後まで言い切ることができなかった。メルキオールの怒声が割り込む。


「黙れ! 出来もしないことを放言したのだから当然だ。全く賢者の質も落ちたものだ、推薦者にも責任を取って貰わねばならないな」


「これは最後のチャンスだ。せいぜい頑張りたまえ」



 その言葉を最後に、二つのモノリスから光が消える。


「おのれ! 日本猿の分際で、この私を窮地に追い込むとは許し難い! 必ず吠え面をかかせてやる!」


 怨嗟の声を吐いて、最後の光も消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る