第21話 秘密

「ご決心はつきましたか? お返事を伺いに参りました」


 そう言うとブラウンさんは微笑みを浮かべて小首を傾げて見せた。こういう仕草を見るとあどけない少女のようで本当に年齢不詳な人物だ。


 前回来訪時と同じく応接室1に、公安の室井さんを除いた三人が集まっている。つまり俺、ブラウンさん、金髪野郎である。

 彼らが来るまでは一言ぐらい嫌味を言ってやろうと待ち構えていたのだが、いざ面と向かうと彼らに文句を言っても仕方がないという諦念が湧く。

 うつ病に罹って以来本当に諦めが良くなったなと自嘲しながら、彼女に向かって返事をする。


「一日猶予をくれたこと。いきなり誘拐するような真似をせず交渉してくれたこと。そして他の勢力から守ろうとしてくれたことに感謝する。

 自分の置かれた状況は理解した、そちらのスカウトに応じよう。あと面白いデータをありがとうこれは返すよ」


 そう言うと親指でUSBメモリを弾いて金髪野郎に飛ばす。奴は余裕の態度で手を伸ばしキャッチできずに空振りした。

 意趣返しのつもりで割と勢いよく弾いたため、予想外に大きな音がして顔面にぶち当たった。

 態度はでかいしメモリの中身的に考えて相当頭が良いのは判るが、運動能力もしくは反射神経のどちらか、あるいは両方に難があるようだ。


 奴は何事も無かったかのようにメモリを拾うとポケットに放り込み、何を思ったのかサムズアップをしてみせた。


「で、俺はどうすれば良い? 一応主治医には俺の治療履歴や継続治療に必要なデータを用意して貰っているし、俺一人分の荷物はまとめた。

 元より退院する予定だったから必要ならば今日にでもここを出られるが?」


「それは重畳。大道ドクターのデータはありがたく頂戴します。身一つで来て頂いても問題ない準備はしておりますが、ご協力頂けるならそれに越したことはありませんからね。


 薄々お気づきとは思いますが、我々の組織は米国に拠点を置いています。貴方には近日中に渡米して頂くことになります。

 パスポートの準備等は不要です。貴方の身分は本日付けで日本国国家公務員となり、同盟国である米国に派遣されることとなります。

 待遇的には日本国公務員準拠かつ、米国の公務員としての給与も支給されます。


 但し貴方の戸籍情報は改竄され、別人の情報が残ることになっています。小崎秀相しゅうすけ氏は霞が関で勤務されている方となります。

 現時点を以て貴方はコードネーム『道化師クラウン』。識別名シュウという人物になりますのでご了承下さい。


 昨日なにやら悲壮な覚悟をされていたようですが、ご心配には及びません。当面の安全が確保されればご両親にも会えますし、大道ドクターとお会いになって頂くことも可能ですよ。無論事前に申請頂き、許可されればという条件付きになりますが」


 思ったよりも待遇は悪くないようだ。それに給料が二重で支給されるなら金銭面ではかなり余裕が出るだろう。

 しかし昨日の行動が会話に至るまで筒抜けなのは頂けない。かなり臭い台詞吐いた記憶があるし、俺は少し涙目になっているかもしれない。


「ご両親に捜索願を出されると少し困った事になるので、こちらをお渡し頂き長期出向になったとでもご説明下さい。

 米国内にあるダミーカンパニーでの貴方の身分証になります。こちらはエンジニアとして採用したことになっています。


 ご両親からの問い合わせ等は、一度この会社を経由して我々の組織に持ち込まれる形を取ります。

 そして貴方が気にされていたご両親の様子は3か月に一度、この会社に報告書として持ち込まれますので随時確認いただけますよ」


 至れり尽くせりだな。なるほど俺の能力を高く評価しているという言葉に嘘はなさそうだ。

 気持ちよく仕事をさせるために環境を整える。なるほど米国式は効率的で無駄が無い。


「色々配慮してもらったようで礼を言う、ありがとう。公にはできないが零細組織って訳でもなさそうだ。

 それで俺が所属することになる組織の名前はなんて言うのかな? 差し支えなければ教えて欲しい」


「そうですね、名前に意味はなく、問い合わせても何も得られませんが『ボディバッグ・レギオン』そう呼ばれています」


 死体袋ボディバッグ軍団レギオン? 剣呑な名称に俺の中に眠っていた中二心がむくむくと起き上がってくる。


「損耗率が高いという意味で『ボディバッグレギオン』って呼ばれているんじゃないのなら、おじさんテンション上がっちゃうなあ!!」


 興奮気味に茶化して言うと、彼女は小鳥がそうするかのようにコテリと擬音がしそうなほど首を傾げて聞いてきた。


「日本ではテンションは上がるのですか? 我々のイメージでは緊張状態にあると言いますか、張り詰めた状態になるといいますか。

 テンションは強い、弱いで表現されることが多く、上がったり下がったりするイメージではないのですが……」


「あれ? これって和製英語だったりするのかな? ハイテンションとかって言わないんですか?」


「私は語学が専門なんですが、そうですね高電圧の場合などにはハイテンションと言ったりします。興奮状態であるなら『Hyper』を使いますね」


 これは彼女の興味がある分野だったのか、予想外に嬉々として解説をしてくれる。若そうなのに語学が堪能なのか、身振り手振りを加えて熱弁する様は彼女が小柄なことも相まっていっそ愛らしくさえあった。

 父親が娘を慈しむような目線を向けていると、彼女は我に返ったのか赤面しながらこう言った。


「あ! 失礼しました、話が脱線しましたね。こちらの彼が渡したデータに地球上の主要な地域に関する環境データが含まれていたと思います。

 このアドレスに空メールを送って頂いた後に、この座標まで能力で移動して頂ければ30分以内に迎えが到着する手はずになっています」


 一枚の樹脂製と思しきカードを渡すと彼女はそそくさと席を立った。金髪男性の背中を押すようにしながら室外に向かい、退出直前にニッコリと笑みを浮かべつつこう言った。


「ご両親に報告後、2~3日中にはメールをお願いします。そして我々は貴方を歓迎します」

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