第16話 遭遇
小石を投げては、設定するプロパティを修正して、反映する。急加速から、フォークボールのような軌道を描いて急落下。
10回目の試行であるにも関わらず、一向に改善の兆しが見えない。胸ポケットに入れていたためへし折れた、ボールペンで設定値を書き留める。
「んがー! ちっくしょー!! 何でだ!? 何が悪いんだ? 100メートル程度、真っ直ぐに飛べば、それでええのに……」
どうせ汚れているから良いかと、乾いた地面を転がりながら全身を使って悔しさを表現していると、クスクスと女性の笑い声が聞こえてきた。
げ!! 見られたのか!! と勢い良く跳ね起きて、声の方向を振り返る。そこには綺麗な金髪を背中に流した……
ん? なんだあの格好?
全身真っ赤になった、世界一有名な配管工のおっさんを模した女の子が居た。日本人の俺には、外人さんの年齢は良く判らないが、結構な美少女に見えた。
「さっきから何をしているの? おじさんは日本の人? 怪我してない?」
「!?」
唐突に聴こえた
あれ? 日本語を公用語にしている外国は、パラオだけじゃなかったのか? ハワイでは日本語が通じるらしいけど、ノルウェーも大丈夫なのか!?
「言葉わかる? 英語なら判るかな? 大丈夫ですか?」
「あ、いやいや判るよ。大丈夫、ありがとう。良く僕が日本人だって判ったね、日本語は誰に習ったの?」
「あ! 通じた! なんだ言葉が判らないのかと思った」
にぱっ! と擬音がしそうなほど無防備な笑みを浮かべる少女に、この子は思ったよりも幼いのかもしれないなと思い直す。
「えっとね、私がおじさんを日本人だって思ったのは、私のお父さんが日本の人と商談しているの。
それで最近私の家に来た人が、おじさんに良く似ていたから、日本人なのかなって思ったの。
日本人って皆綺麗な黒い髪の毛に、黒い目なんだね。おじさんは片目を怪我しているの?」
「そうなんだ。僕は、そうだね、ちょっと訳ありで片目が悪いんだ。見えない訳じゃないから不便はないんだけどね。
あ、名乗ってなかったね。僕は小崎
「シュウおじさんね、私はルイーゼ。ルイーゼ・オルセン、ルイーゼって呼んでね」
「よろしくね、ルイーゼちゃん。しかし凄いねルイーゼちゃんは、その若さで二ヶ国語ペラペラなんだね。もしかしてご両親のどちらかが日本人だったりするの?」
「え? 私は日本語なんて話せないよ? シュウおじさんこそノルウェー語が上手だよね、方言みたいな独特の訛りがあるけど」
「え!? 僕は日本語以外だと、英語が少し話せる程度なんだけど。ノルウェー語とか全く知らないよ?」
「え!! でも今、ノルウェー語で会話しているよ? 変なシュウおじさん。それとも日本式のジョークだったりするの?」
妙だ……ノルウェー語なんて単語一つすら知らないのに、彼女によると俺はノルウェー語で会話しているらしい。
言われてみて彼女の口元を観察すると、確かに日本語の発音に伴う唇の動きではないと気付いた。
明らかに異常な現象だが、思い当たるのは左目だな。意思疎通が出来るのなら問題ないと、調子を合わせておくことにした。
「あははは。そうそうジャパニーズジョーク。そうだ! ルイーゼちゃんは、今お暇かな? 少し手品を見せてあげるよ」
「今は『イースター・クライム』だからお休みなのよ。朝から暴れている人がいるって聞いたから様子を見に来たの」
そうか日本は昼過ぎだったが、こっちは朝なのか……時差の情報も盛り込んでおこうと、心のメモ帳に記録して小石を拾い上げる。
「じゃあ、お嬢さんの暇つぶしに、日本の伝統技能『隠し芸』を見せてあげるよ。放り投げた石が、途中で急に加速するから見ていて」
そう言って彼女に軽く微笑んで見せて、前方に勢い良く小石を放り投げる。5メートルほど飛んだところで能力を発動させて、水平方向にベクトルを与えた。
山なりに飛んでいた小石は、突如として猛然と水平方向に加速し、やはり勢い良く失速して、フォークボールのように落ちた。
「え! え? 何をしたの? シュウおじさん凄い!! もう一回やって!!」
おそらく自分の子ども程に年の離れた少女が、予想外に良い反応をしてくれたため、気を良くして次々に放り投げる。
「この手品を練習していたんだけどね、思ったとおりに真っ直ぐ飛ばないんだよね。すぐ落ちるし」
「どうやって飛ばしているの? 火薬? 爆発しないね。サッカーボールとかは回転しながら飛ぶけど、シュウおじさんの小石は回らないから?」
「それだ! ルイーゼちゃんありがとう!! そうか、慣性モーメントか! 野球のボールでも無回転の変化球、ナックルボールは不規則に落ちるもんね」
「ね! ね! これって練習したら私にも出来る? 『ルス』の間にお父さんに見せたいの!」
「うーん、ちょっと難しいかな? 少し特殊な才能が必要になるんだよ、この手品」
「ちょっと難しいってことは、頑張れば出来るね! シュウおじさん教えて~?」
あれ? なんだ? 俺は無理だと言ったのに彼女は可能だと判断した。意思疎通に不具合があるのか?
ああ! 価値観の違いか!! 日本人は少し難しいと言われれば無理だと判断するが、彼女は『少し』難しいなら『頑張れば』可能だと判断したんだな。
うわー異文化コミュニケーションをしているなあと、一人で頷いていると聞きなれた声が飛び込んできた。
「少し目を離した間に少女をかどわかすとは、大胆不敵な犯行だな。女性不信は治ったのか? 長い付き合いだが、お前がノルウェー語を出来るとは知らなかった」
「おう! 崇、お帰り。人聞きの悪い事を言うな! 彼女は、ルイーゼちゃん。地面を転がる不審人物にも、怪我を心配して声を掛けてくれる優しい天使だぞ」
「やだ! シュウおじさん。天使だなんて、もうっ!」
「ん? 彼女は日本語がわかるのか? その割にはノルウェー語を話しているような?」
「崇は、ノルウェー語が出来るの?」
「いや全然。お前と一緒で、日常英会話が出来る程度だ。今回の商談も英語だったぞ」
「そっか。もう用事は済んだのか? 実はな、立ち上がれない理由があって、ズボンを買ってきて欲しいんだ。例の転倒で、尻のところが大きく破れていてね」
「今どきズボンって言わないぞ。こっちで買うと高くつくから、俺のジャージを貸してやるよ。ホテルまではそうだな、俺の上着でも腰に巻いて隠しておけ」
「ありがとう。ルイーゼちゃん、おじさんは用事が出来たからこれで失礼するよ。この手品はそうだね、習得までに30年以上掛かっているから、すぐに覚えるのは無理なんだ。
代わりと言っちゃあなんだけど、コレをあげる。日本のおもちゃだよ」
そういうと俺はポケットから袋に入ったおはじきを取り出し、彼女の手に乗せた。
何故おはじきを持っていたかというと、例の瞬間移動に使うと面白いかな? と思ったからだ。
色鮮やかなガラスのそれは、彼女の目を引いたらしい。彼女がコチラに関心を向ける前に立ち去るとしよう。
「何だかお前の日本語だけ通じているようだったが、これもお前の能力か?」
「偶然だがね、どうもそのようだ。俺には日本語に聴こえるし、彼女にはノルウェー語に聴こえているそうな」
「一時間も放置したのは悪いと思うが、現地の人間と交流しているとは思わなかったぞ」
「まあ何にせよ、ジャージを貸してくれ。このままだと日本にも帰れない。こっちでホテル取っているの?」
「割と近くだから歩いていこうか。日本とここじゃ7時間ほど時差があるから、俺は朝飯を食ったが、お前は晩飯には早いよな」
「それよりも手当てと、シャワーを浴びさせてくれ。流石の俺も、この格好はどうかと思うからな」
そう言いながら二人連れ立ってホテルに向かう。それを見つめる彼女が、手におはじき以外のものを載せていることに気づかないまま。
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