第四話 スーパー・テレスペリエンス 3/6

 おそらくエイルもエルデも「もしや」と想像していたに違いないそのままの答えが、改めてクロスから告げられた。だからというわけではないが、エイルはもしそういう事ができるのならば、と疑問に思っていた事をクロスにぶつけてみた。

「それってつまり、マーリンは壮大な自爆装置にもなるって事じゃないか。マーリンがフォウの移住先を開拓する目的で創られたとしたら、それは矛盾してないか?」

「矛盾しているさ」

 クロスはあっさりとエイルの言葉を肯定してみせた。

「だからこそ、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……万や十万じゃなく、本当に気が遠くなる程、僕は確認したんだよ。だけど何度調べても答えは同じだったよ。だからもう一度言おう。マーリンの機能をもってすれば、ファランドール全土を消滅させることなど朝飯前だ。なにしろマーリンは文字通りファランドールの創造主なのだからね」

「得意になってるとこ悪いんやけど次の質問の時間や」

 話が長くなりそうだと判断したのか、エルデが問いかけた。

「一周回って元の位置に来たような気がしいひんでも無いけど、敢えてきくで。なんでアンタはファランドールを滅ぼしたいんや?」

「それは実につまらない質問だね。どれくらいつまらないかというと、今日君達全員が口にした質問の中でもっとも僕の興味を惹かない事柄だといえばおわかりいただけるかな?」

「アンタの興味はどうでもええ。ウチには非常に興味ある事柄や。どれくらい興味があるかっちゅうと、アンタに出会ってから一番興味をそそられるっちゅうたらわかってもらえるか?」

「うーん。つまらない質問に対する答えなんてつまらないに決まっているものだけど、それでも聞きたいのかい?」

「つまらんかどうかを判断するのはウチや。サクサク答ええや」

「うーん。君は周りから強引過ぎるだとか、自分勝手だとか、我が儘だってよく言われてるだろ?」


 エイルは思わず口元が緩みそうになったが、かろうじて堪えることが出来た。もっともエルデはエイルの方を見てはいなかったので無意味な努力ではあったのだが。

「シグルトが育て役だと聞いていたので、もうすこしこう、レティナっぽい面影があるものとばかり思っていたんだが」

「やかましい。そももそあのスケベジジイに育てられたからこうなったんやろ! というかウチのお母ちゃんの名前をお前が口にするな!」

 クロスの口から母親の名前が出た事でエルデの語気が荒くなったのは、エイルには当然の事に思えた。クロスとてそうなることはわかっていたろうに、それでも敢えて口に出して何らかの反応を見ようとしたのだろうか?

 エイルはそう考えたが、クロスの表情が一瞬だが珍しく曇ったように見えたので、そうではないと直感した。


「わかったわかった。じゃあ僕がつまらないと思っている答えを敢えて言うことにしよう。と言っても既に口にしている事だけどね。それは僕はこの世界に絶望しているからだ」

「絶望するなら勝手にしとけ! 頼まれてもないのに勝手に消すとか、めっちゃ迷惑や」

「まったくもって君の言うとおりだね。だけど僕は我が儘なんだ。その辺りは君に似ているのかもしれないね」

「一緒にすんな!」

 エルデはそう怒鳴るとクロスをにらみ付けた。

「ウチが我が儘なんは否定せえへんけど、それでも気に入らんからっちゅうて、ウチは気に入らんもんを消そうとか思わへん。アンタとウチとは、そこが根本的に違う」

「うん。まあ、そうだろうね」

「そもそも、それやったらアンタはファランドールを入植地にしようとやってくるフォウの征服者っていうヤツらよりよっぽど非道いやろ? それとも何か? フォウに盗られるくらいやったらオレが潰したる、みたいなノリなんか? そんな幼稚な行動に巻き込まれるぎょうさんの人の事を考えてみいや」

「これは驚いたな」

 目を吊り上げて非難するエルデに、クロスはそう言った。

「何がや?」

「【白き翼】よ」

「な、なんやいきなり?」

 いきなりクロスから四聖の役目の名で呼びかけられ、エルデは思わず戸惑った様子を見せた。

「亜神であるこの僕が、なぜ人という違う種の心配をする必要があるんだい?」

「え?」

 エルデは驚いた声を上げたが、エイルは思い出していた。亜神はそもそも「そういう存在」だったと。人のことを虫けら程度にしか見ていないというとさすがに言い過ぎだろうが、少なくとも人を自分達と同格の存在だとは見放してはいない。


「僕からも一つ、君に質問があるんだ、【白き翼】」

 少し前の上機嫌な雰囲気はもはや影も形もない。クロスは今までとは打って変わった感情のない声色でそうたずねた。

 その変化に息を呑んだエイルの目に映ったクロスは、無表情で怜悧な雰囲気を漂わせていた。直感的に取り付く島がないと確信できるその佇まいにエイルは覚えがあった。

 イオス・オシュティーフェ。

 同じ亜神である彼と初めて出会った時に感じた「異物感」と同じであった。


「十二色の筆頭【白き翼】ともあろう存在が、なぜ人に懐く? エレメンタルだろうが、ただの人間だ。あまつさえそいつはファランドールではなく、我々を征服しようとしている側の価値観を持つ人間だぞ? たまさかこちらの事情を知ったにしろ、そのたまたまがなければ顔色一つ変えずにこのファランドールにやってきて我らを蹂躙する側の人間なのだぞ? ましてや自分の名を与えるなど気が触れているとしか思えない。同胞として敢えて言わせてもらおう。恥を知れ、幼きエイミイの王よ」

「やかましい、このどぐされが!」


 エルデはまったく怯まなかった。

 そうだ。エイルは思い出した。そんな事、エルデはもうとっくに超越しているのだ。だからクロスの言葉に少しでも「悔しい」と思った自分を恥じた。

「亜神とか人とか、フォウとかファランドールとか、そんなんどうでもええんや。女と男が出会った、それ以上、どんな理由がいるんや? ウチとこの人を嘗めんなや? 人を煙に巻くことしか考えてへんクソムシ以下のアンタに、他人の感情をとやかく言う権利とかありえへんわ。マーリンが機械やろうがフォウが異世界からこっちに侵略してこようが、ウチとこの人の間は変わらへん。そしてそれとおんなじもんが、このファランドールには無数に存在してる。その一つ一つが大切なもんやって、あんたが理解できようができまいが、ウチはもう知ってるんや。だからこれだけは言うとく。あんたがそれを知って絶望するのは勝手やけど、いくらひとりぼっちやから言うて、他人まで破滅の道連れにするのはめっちゃ迷惑や!」

「エルデ」


 その言葉を心地良いと感じながらも、エイルは声をかけずにはいられなかった。

「そういうのはコイツの前で気取られるのはダメだって言ってたんじゃなかったっけ?」

 エイル自身はその事で怒りを買おうが殺されようが、もはやどうでもいいと思っていた。だからその問いかけは確認のようなものであった。

「そんな事、もうどうでもええ。あんたが殺されたらウチもコイツをぶっ殺してすぐに死んだる。あんたがいてへんのに、ウチが生きてる意味ないやろ? そやさかい覚悟決めとき」

 エルデの言葉に、エイルは満面の笑みを浮かべてこう返した。

「了解。ありがとな。惚れ直したぜ」

 すると美しくも鬼のような形相になっていたエルデの顔が、瞬時に真っ赤にゆで上がった。

「な・な・な」

 そして紅潮したまま、またもや目を吊り上げた形相に戻り、今度はエイルをにらみ付けた。

「アホ! こんな時に何を言うてんねん」

 それが照れ隠しである事は明白で、エイルはそんなエルデの顔を見る事ができて、幸福だと感じていた。そしてもうこのまま死んでも悔いは無いな、とさえ。

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