第四話 スーパー・テレスペリエンス 2/6


 エルデは喉元まで出かかった突っ込みを呑み込むと、話の続きを促した。

「はいはい、それで?」

しかしクロスはとぼけた反応を返した。

「それで、とは?」

「いや、マーリンと会話して、その後どうなるんやって聞いてるんやけど?」

「どうって、どうもこうも」

「どうもこうもって、何や?」

「それだけなんだが」


「いやいやいやいや」

 堪えきれずにエイルが割って入った。

「会話してたんだろ? 見たんだよな? だったら会話の内容は? というか、会話したらどうなったんだ? マーリンと会話までできたんならその先があるだろ? エレメンタルはマーリンの座……ってここか? いやそれは今はいいから、エレメンタルが合わせ月の間にマーリンの座に辿り付いたらマーリンと会話が出来る、というところまではわかったから、その後どうなったかっていう話だろ?」

「うーん」

 焦れる二人を見て、クロスが面白がっているのは明白だった。だがクロスのその性格の悪さに今さら腹を立てる事自体が腹立たしかった。とにかく「答え」が知りたかったのだ。それはエルデもエイルも同じだった。

「君も周りから『せっかち』だって言われないかい?」

「言われてねえよ!」

「どちらにしろ感情のぶれ幅が不安定過ぎるようだね。エレメンタルとしてそれはどうかと思うよ?」

「余計なお世話だ」

「いやいや、僕にとっても、そして間違いなくファランドールにとってもエレメンタルの力が暴走するとなると関係ないどころの話じゃないからね。だから余計なお世話どころかとても重要で間違いなく必要な指摘だと思うよ。そもそも」

「あー、この人の話はそこまでや。アンタは脱線好きにも程があるやろ。わざとやってんのやろうけど、いい加減に話を元に戻してもらおか」

 エルデはいさめるようにエイルの肩に手を置くと、クロスに向かってそう言った。


「いい加減鬱陶しいから、これからはこっちの質問に答えてもらうで。まずは会話の内容や。マーリンとエレメンタルは何を話しとったんや?」

 やれやれ、といった風に肩をすくめたクロスだが、特に文句も言わずにエルデの質問に答え始めた。

「それは僕にはわからない。なぜなら声で会話をしていたわけではないからさ」

「声に出してへんのになんで会話しているって思ったんや?」

「文字がね、表示されたんだ」

 クロスはそういうと、マーリンの壁面に向かって手をかざした。

「マーリンには人間とやりとりするためにこういう窓が設けられていてね、必要に応じて、あるいはこちらの要求に対して文字がや図形が表示される。制御や設定はこの窓を通じて文字などを使って行うわけだね。例えば、そうだね」

 画面に表示されたいくつかの図形をクロスが触ると、それに応じて別の画面がいくつか開いた。クロスはその中の一つを選び、その表面をさっと撫でた。

「これは」

 クロスが選んだ画面が瞬時に大きくなった。画面は横長の長方形だが、短編、すなわち高さは長身のクロスと同じほどだ。もちろんその場に居た全員がその画面の内容を見渡せた。

 そこにあったのは文字だ。正確には単語だった。文章とはいえない。たった2種類の単語が、特に規則性もなく表示されている。画面の大きさに呼応して一つ一つの文字はこぶし大ほどの大きさに見えた。

「これが約千年前、つまり前回の『合わせ月』の夜に、当時の空精がマーリンとかわした会話の記録だよ」


 YESとNO。

 浮かんでいるのは二つの単語だ。

 その二つだけが表示されている画面を見つめたエルデとエイルはクロスの言わんとしたことがようやく理解できた。

「エレメンタルの言葉だけ、という事か」

「しかも『はい』か『いいえ』だけとは念の入ったこっちゃな。これはまるで会話っちゅうより口頭試問みたいなもんやな」

「僕もそう思う。何を質問されたのかはわからない。でも質問の数は前回も前々回も一二八問のようだね」

 エルデにとっては見慣れぬ画面だったろう。だがその表示方法や仕組みについて質問することはなく、しばらく文字を見つめていたが、それ以上興味がないといった風な顔をクロスに向けると、次の質問を投げかけた。

「それで、これが試験やとして、エレメンタルは試験が終わった後どうなったんや? あ、言うとくけど『どうもなってない』っちゅうのは無しや。試験を受ける前と受けた後で本人に変化があったのかなかったのか、本人以外に変化があったのかなかったのか、そこら辺をもったい付けずに教えてもらおか」

「今回の質問は二つだね。ではまず一つ目の質問の答えだが、見た目の変化は全くない。エレメンタルは命も取られていないし、身体的な損傷を被ったわけでもない。ただ……」

「ただ?」

「ただの人になっていたよ」

 エルデはは思わずエイルをみやった。エイルも全く同じ行動でエルデと視線を交わすことになった。

「それって、エレメンタルの力がなくなっていたってことか?」

 エイルの質問にクロスは妙な顔で首を傾げてみせた。

「当たっているけど、正解とはいえない」

 その答えを聞いたエルデが、思わず歯噛みをしてみせると、クロスは視線を逸らせて方をすくめた。

「エレメンタルというより、フェアリーですら無くなっていたよ。それから」

「ついでに記憶も無くしていた……か?」

「ご明察。そしてご想像の通り、僕が確認した限りでは、無くした記憶はマーリンに関するものだけだった」

「話の流れから行くとマーリンについての記憶は当然消されるんやろな。そんで、周りにはナンの変化も影響もなかったんか?」

「それはさっきもいったろう? 会話が行われて、それで終わりだったのさ。つまり前回も前々回も、おそらくは僕が知るそれ以前にマーリンの座に辿り付いたエレメンタルが居たとしても、同じ状況だったんだろうね。その証拠に、フォウはまだファランドールに侵攻していないし、アイスとデヴァイスも動いている」

 クロスの最後の一言に、エイルはまた違和感を覚えた。『合わせ月』とはアイスとデヴァイスが完全に重なる蝕の状態をいう。だからそれら二つの月は言わば『合わせ月』の一方の主役であるのは間違いない。いや、主役ではなく舞台の一つと表現した方がいいのかもしれないが、だが敢えて今ここでその二つの月に言及する必要があるのだろうか?


 しかしエイルが違和感の意味を掘り下げる間もなく、エルデの次の質問が飛んだ。

「ほな次はアンタの確度の高い推理とやらを聞かせてもらおか。まずは確認や。今まで全てのエレメンタルはマーリンの口頭試問に落第した。そう考えてるんやな?」

 クロスは静かにうなずいた。

「ほんなら、アンタはエレメンタルがマーリンの試験とやらに合格するとどういう事が起こるって思ってるんや? ご託はええから確信している事とやらを教えてくれへんか」

「マーリンの持つ全ての機能を操作する権利を得る」

 クロスはもったいぶった言い回しなどをせず、短くそう言った。

「全ての機能?」

 エルデの問いにクロスはうなずいた。

「俗な言い方をするなら、このファランドールに於いて全知全能の力を得る事になる。その力を持つにふさわしい人物かどうかを判断するために、神の候補者にマーリンが一二八の質問を投げかける日。それがマーリンの座に千年に一度訪れる『合わせ月』の日の意味だよ」

「全権って」

 エイルは思わず疑問を口に出した。

「それまでだって四聖はマーリンを使っていろんな事をしてたんだろ? それこそ神のような振る舞いじゃないか。それ以上の何があるんだ?」

「ふむ。君にしては珍しくいい質問だね」

 クロスはニンマリすると、上機嫌で語り出した。それはまるでお気に入りのオモチャを自慢するような熱の籠もった口調であった。

「さっきも話したとは思うけど、四聖や僕がマーリンを使って出来る事はマーリンの機能の一部にすぎないんだよ。二千年以上を費やしてマーリンを調べた僕がいうんだから間違いないと思ってくれたまえ。もちろん悔しいかな僕がそれでもマーリンの全てを理解しているわけではない事は認めざるを得ない。でも、わかった事実だけでも充分だ。そうだね。僕がもしエレメンタルで、マーリンの試験に合格してマーリンの全権を把握できたとしよう。そしたら最初に何をすると思う?」

 エイルは答えなかった。エルデも同様に口をつぐみ、そっぽを向いた。それは「敢えて答えないぞ」という意志表現に他ならない。

「残念だな。君達ならわかってくれると思ったんだけどね。しかたない。僕の口から言うしかないか。それはもちろん、ファランドールの破壊だよ」

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