第八十一話 未確認陣営 2/5

 わずか数分後に開かれた御前会議では、イエナ三世の命令に異を唱えるものがいた。

 いや、全員が反対を表明したのである。その中にはガルフもいた。

「まだその時ではないでしょう?」

 その台詞が総意と言えた。

 だがイエナ三世は自分の考えを曲げなかった。

「皆も知っての通り、私がノッダを動くのは最終局面に至ってからです。しかもしかるべき要請があるまでは何があっても動かない、という事になっていました」

 イエナ三世の言うとおり、ノッダはイエナ三世を最終的には戦場に向かわせる予定でいた。だが、問題はその時期と機会である。つまり今回の実に不敬極まりない招へいは、彼らが想定していたものとは違ったのである。

 だが、イエナ三世はそうではないと説いた。


「私があの方……エスカ・ペトルウシュウカ公爵から教えていただいた招待者はユグセル公ではありません」

 ではなぜ? と誰しもそう顔に疑問を浮き出させているのを確認するように一同を見渡したイエナ三世は、声の調子を落として続けた。

「ですが、私はこれこそが『その時』だと判断しました。なぜならペトルウシュカ公の予想は必ずしも完璧ではないからです」

 エッダで遷都宣言を行いノッダ入りしたイエナ三世が、最初に行った大仕事が、政府の核となるであろう腹心達を集めてあの日ミリアに聞いた話を披露することであった。

 そして自分はその意に沿った行動をとりたい旨を宣言したのである。その内容は俄には信じがたいものであったが、大方の者が知らぬシルフィード王国の秘密を知るガルフがそれを全面的に支持することで、承認された経緯がある。つまり彼らは全員、ミリアが描くファランドールの未来の歴史を共有していた。

 その後のファランドールに於ける各国の情勢は、果たしてミリアが予測した通りになっていった。特に経済の破綻に端を発したドライアド軍の補給不全とそれによる戦線後退はまさに預言通りの出来事であった。

 つまり御前会議の面々は、ミリアの預言を信じていたのである。

 いや、彼らにとってミリアがイエナ三世に語ってきかせた予想は、ある意味で預言以上のものであった。ミリアが常にシルフィード王国の味方ではないと認識しながらも、少なくとも敵ではないという安心感がむしろ信頼性を底上げしていたとも言える。

 だがここに来てそのミリアの予想を皆に披露してみせたイエナ三世自身がミリアの筋書きにない行動をとるというのである。


「こんな事を今さら言うのは皆さんを騙していたようで心苦しいのですが」

 そう前置きをおいて、イエナ三世は衝撃の言葉を口にした。

「王女エルネスティーネの首の事件ですが、実はペトルウシュカ公からそういう事が起こるかも知れぬと、予めきかされておりました」

 さすがにその言葉には一同絶句した。

 イエナ三世はしかし、誰かに話の腰を折られる前に言葉を継いだ。

「ただし、それは可能性の一つとしてでした。ペトルウシュカ公の言葉を借りるなら『君が覚悟しておくべき事柄の一つ』だそうです」

 そこまで話すと、イエナ三世は手にしていたアプリリアージェからの書簡を開き、旨の前で広げて皆に開示した。

「そして今回の件についても、ペトルウシュカ公はこう補足されていました。『ひょっとしたら、ノッダを出る合図をもたらす者は、僕が想定していない人からかもしれない。でも大丈夫。それが合図だと、きっとあなたにはわかる』と」

 全員の目がアプリリアージェからの書簡に釘付けになった。

「そしてあの方はこうも仰っていました『どちらにしろ、向かうべき場所はおなじなのだから』と」

 書簡でアプリリアージェが指示した「茶会」の場所。それは……

「フォリーム平原」

 誰かがそうつぶやいた。



********************



 アプリリアージェ達がナットニース戦役の情報を得たのは、戦いが終わって数日後と考えられている。それはシドンの無血開城の後、今後の戦略を立て終わり、部隊を率いて南進している途中の事であった。もちろんアプリリアージェにとっては戦略を最初から練り直さねばならぬほどの、つまりは極めて重要で看過できないほど大きな、そして戦局全体にとって意味のある出来事だと考えられた。

 ただし、アプリリアージェにとって不幸だったのは、それが正確な情報ではなかった事である。


「十万人のドライアド軍を五千人余りのシルフィード軍が水攻めによりこれを壊滅させた」

 これが第一報で得られた情報の全てであった。

 そこにはフラウト王国という国の名もエスカ・ペトルウシュカという人物の名前もまだなかったのだ。

 だが、第二報では一つだけ重要かつ正しい情報が伝えられた。シルフィード軍を率いた将軍の名が、ヘルルーガ・ベーレントらしいというものだ。

 当然ながらこの情報にはさしものアプリリアージェも困惑を隠さなかった。もっとも凡庸な指揮官であれば一笑に伏したことだろう。だがアプリリアージェにはそれができなかった。もともとヘルルーガの戦死説に違和感を覚えていた事もあるが、それは第三勢力に取りこまれたものであるという仮定の下に構築していた可能性である。だがヘルルーガはいまだにシルフィード王国軍を率いて戦っているという。

 それだけではない。アプリリアージェはヘルルーガがとった戦術に疑問を抱いていた。

 戦況が混迷する中サラマンダ大陸に単身で上陸したヘルルーガが、敗走する残存部隊をまとめ上げ、大きな戦功を成したという話はティルトールからも情報として得てはいた。しかしそれでも水攻めで十万人を全滅させたという話にはさすがに眉根を寄せて見せた。

 アプリリアージェはありえないほどの戦力差が覆った事について疑義を持ったわけではない。自らが高位のフェアリーなのである。それは自分自身が圧倒的な戦力であり、条件さえ満たせば十万人の軍を全滅させることは不可能ではないと判断していたからだ。

 つまりアプリリアージェの考え方では水の力を持つ高位フェアリー、もしくは高位のルーナーをヘルルーガが戦力として得たという事になる。


「いや……」

 アプリリアージェの考えに、しかしティルトールは首を横に振って見せた。

「高位のルーナーなど、少なくともノッダ軍にはもはや存在しない。同じくフェアリーにしてもこの戦争で高位のヤツから死んで行ってるのはお前も知っての通りだ」

 生き残っている者の中には、単体で敵部隊の脅威になるほどの力を持つフェアリーはもういないであろうというのがティルトールの分析である。

 皮肉な事にティルトールの部隊がそれを証明していると言えた。

 部隊の編成時には「現在考え得るシルフィード王国軍陸軍最高の部隊」と言われていたにも関わらず、高位フェアリーは皆無。アプリリアージェから見れば平均よりは強い兵で構成された部隊、程度であったのだ。

 残存兵をかき集めて部隊編成をする事が任務のヘルルーガの下に高位ルーナーが居るとは考えにくい。生き残った者が突然参入した可能性が全く無いとは言い切れないが、しかしそれは合理的な推測とは言い難かった。

 それでもアプリリアージェは確信していた。

「『常識外れの何らかの力を持った者』がヘルルーガの部隊には絶対に居るのだ」と。

 もちろんそれが何者であるかまではわからない。フェアリーなのかルーナーなのか、あるいは……。

「エレメンタルか」

 思わずそんな言葉が口を突いたが、もちろんそれはありえない事であると、自分自身が一番理解していた。

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