第七十七話 女王の艦隊 3/4
「スリーズ……」
エイルもシュクルの族名を口にすると、エルデと顔を見合わせた。
その様子を見てシュクルも思い当たる節があったのか、エイルをじっと見て声をかけた。
「目つきの悪い瞳髪黒色……もしや……少年はなぜか高位ルーンを使える凄腕の剣士……確か名前は女のような……」
「オレはエイル。エイル・エイミイだ。言っときますがオレはこの名前を気に入ってますから」
「目つきの悪い、という所は否定しないのですな?」
「いや、そっちにもムッとしましたけど」
「そんな事はどうでもええ。という事は中佐はやっぱりアトルの血縁者やな?」
「アトラックをご存じでしたか。あいつは従兄弟です。というと……いやしかし」
シュクルはエイル、エルデ、テンリーゼンという順番に視線を移し、ふたたびエイルに向かうと尋ねた。
「ル・キリアと……その……あのお方は?」
その一言でエイル達は合点した。シュクルはアトラック・スリーズから相当の情報を得ている事を。そしてアトラックが「そんな情報を伝えるに足る信頼すべき人物であると認めている」事を。
「この方は非常によく似ておられるが、別人だ」
シュクルはテンリーゼンをじっと見つめると目礼してそう言った。
「相変わらず閣下も人が悪い。最初から偽物……失敬、別人だとおわかりだったはず」
「さすがにイエナ三世と毎日顔を合わせていると、多少の違いでも大きな違いに見えてしまうのでな」
トルマがシュクルの言葉を捕捉するようにそう言った。
「それなのに先ほどは私の事を真剣に怒鳴り倒しておられた」
「お前を怒鳴る絶好の機会だったのでな。これ幸いというわけだ」
シュクルはその言葉を聞くと肩をすくめてエルデに笑って見せた。
「私の上官はこのように人格が破綻した方なのですが、悪い人間ではありません。あなた方も私の従兄弟の知人ということで、ここはお互いに敵対の場ではないという解釈でよろしいですかな?」
シュクルの言葉を受けて、エルデはまずエイルに視線を這わせた。エイルはそれに対して小さくうなずいて見せた。シュクルからはもう全く敵意を感じていない。そう伝えたつもりであった。
エルデは満足そうに頷き返すと、トルマに向き直った。
「本題に入る前に、おっちゃんに一つ聞きたい事があるんやけど?」
「お、おっちゃん?」
「ウチは軍属でも何でもないし、おっちゃんでええやろ? それともトルマおじさまとでも呼んで欲しいんか?」
「いや……そういうわけでは」
「そんならおっちゃんに一つ教えて欲しい。興味本位で聞くんやけど、この子とイエナ三世とはどこがどうちゃうんや? もちろん髪の色以外で、や」
「おっちゃん」と呼ばれた事については既にエルデに丸め込まれたようで、トルマは意識の全てをエルデの質問に切り替えた。
「そうですな。言葉にするのはやや難しいのですが、陛下はもっと目つきがお優しい。頬の輪郭もやや丸く、何というか表情が全体的にもっと柔らかいので一目見ただけで別人だと感じますな」
テンリーゼンをじっと見つめて、トルマはそう言った。
「ふーん」
まるでそう言う答えを待っていたかのようにエルデは気のない返答をすると、今度はシュクルに同じ事を尋ねた。
「私も閣下とほぼ同じ印象ですね。あと一つ付け加えるならば……」
「付け加えるなら?」
「いや、これは不敬罪に当たる矢もしれませんので私の口からは……」
「いやいやいや、思わせぶりはやめてんか。ほら、おっちゃんは耳を塞ぐらしいで」
エルデはそう言うとトルマに向かってニヤリと笑って見せた。
「そやな、トルマお・じ・さ・ま?」
エルデ独特の見るからに毒のある凶悪な笑顔を見て、トルマは観念したのか、抗わずに咳払いをすると両手で耳を塞いで見せた。
「これでよろしいですかな?」
「おおきに」
エルデは満面の笑みで返すと、シュクルの返事を促した。
「私の見立てでは、陛下の方がその……一部、ふくよかであらせられる」
「なるほど」
エルデはテンリーゼンに向かうと無造作にその胸に手を当てた。
「やっぱりか」
何がやっぱりなのかはその場に居た男性陣にはさっぱりわからなかったが、それよりもエルデにいきなり胸を掴まれたにもかかわらず表情一つ変えずになすがままでいるテンリーゼンに違和感を覚えていた。
「サラシでぐるぐる巻きにしてるさかいや。でもこの子は脱ぐときっとすごいと思うで。あんたらには絶対見せへんけどな」
エイルはそう言ってニカっと笑うと、今度はエイルに向き直って尋ねた。
「胸の大きさはさておき、おっちゃん等(ら)はああいうてるけど、アンタはどう思う?」
「そうだな」
エイルはなぜエルデがそんな事を尋ねるのか、その意図がわからなかった。だが、素直にテンリーゼンを見たトルマの感想を聞いた時に感じた事をそのまま口にした。
「今の話を聞くと、イエナ三世って、思ってたよりもネスティとは似てないんだなって思ったな」
エイルは満足そうににっこり笑うとトルマを振り返った。
「イース・バックハウスっちゅう子は、今のネスティ……エルネスティーネ王女とはもう違う感じになってるみたいやな」
エルデの言葉に耳を塞いだままのトルマは唸った。
「そこまでご存じとは……」
「いや、聞こえてるんならもう耳を塞がんでもええから」
エルデのつっこみにトルマは素直に耳を塞いでいた手を放した。
「要するに腹を割った話をしろ、という事ですな」
シュクルの言葉を聞いたエイルは、ようやくエルデがこの話題を振った訳を理解した。
「ウチの意見を言わせてもらうと、この子は最近のネスティにホンマにそっくりや。少しだけ目尻が上がってるくらいで、目つき自体はむしろネスティの方が鋭いくらいや。むしろこの子の方がおっとりした顔つきかもしれん」
そう言うとゆっくりと振り返り、エルデはテンリーゼンの肩に手を置いた。
「ちょっと出しゃばってもうたけど、おっちゃん等は腹を割った話をしてくれるそうや」
テンリーゼンは無表情のままうなずくと口を開いた。
「私は、エルネスティーネという名前、ではない。だが、カラティア家の、王女である、事には、嘘は、ない」
それはテンリーゼンにしては珍しく、いや初めて強い調子を持ったしゃべり方だった。
ニヤリと笑うエルデに対し、トルマとシュクルは驚いた顔で互いに顔を見合わせた。
テンリーゼンは二人が自分に向き直るのを待って、少し言葉の調子を落として続けた。
「心して、聞くがいい、カイエン提督。スリーズ中佐。エルネスティーネと同じく、私は故アプサラス三世の、実の娘である」
トルマ・カイエンシルフィード海軍元帥は、その生涯に於いてこれほど混乱した会見は初めてであった。いや、彼の軍歴の中でももっとも風変わりな対面であることには間違いはなかった。
彼らはもちろん既にイエナ三世が「変わり身」である事は知らされていた。
だが、イース以外に、エルネスティーネと似た、いや、エルネスティーネに姉妹が居た事は知らされてはいなかったのだ。
もちろんそれは無理もない。イース自身ですらも知らぬ話なのだから。
「それから、これも先に、言って、おこう。シルフィード王女、エルネスティーネ・カラティアは、すでに、この世には、いない」
「なんですと……」
体全体でまさに驚きを表したトルマに対し、シュクルは冷静であった。
「そうでしたか」
彼はエイル達一行の中に、アトラックから聞いていた面々が居ない事で、ある程度予想はしていたのだろう。
「いや……。しかし……」
何度か言葉を選ぼうとしているトルマに、テンリーゼンが助け船を出した。
「エルネスティーネは、我が、妹、だ」
ここでテンリーゼンは大きくため息をついた。エイルがいぶかしげにテンリーゼンを見やった。なぜそこでテンリーゼンがため息をついたのかはわからなかったが、何よりテンリーゼンがため息という感情を見せた事が初めてだったからだ。
「もっとも、ノッダの王宮にいる、イースが、本物のイエナ三世であって、それは、それで、いいのだがな」
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