第六十七話 小さな気合い 1/3

「なるほど。それでウチらの事は一応信用してくれたっちゅうわけか」

 その後ほどなくして目を覚ましたエルデに、エイルはこれまでの経緯を簡単に説明した。もっともさらに細かい点は頭の中での質疑応答でエルデは既に把握していたから、それは言わばハーモニー達に変な不信感を抱かせないための芝居のようなものであった。


「さすがウチのダンナさんや。上出来や」

「そ、そうか」

 自分でも機転が利いた対処だったと感じていたエイルはエルデにそうねぎらわれると嬉しそうに目尻を下げた。

 だが。

「うん。八十点っちゅうとこかな」

「え?」

 上体を起こそうとするエルデを手助けしてやりながら、エイルは評価に不満を申し立てた。

「いや、そこは百点満点じゃないのかよ」

「いや、充分やと思うけどそちらさんの理解と好奇心に助けられた八十点かな、という感じやな」

「へえ。だったらお前ならどう説明したんだ?」

 エイルのこの言葉は文句ではない。

 もっともハーモニー達にはエイルがさらなる不満をぶつけたように見えたに違いない。だが、エイルは純粋にエルデならどうやったのかという興味から出た言葉だった。


 エルデは何も言わずに懐を探って例の金貨入りの袋を取りだした。

「それを見せるのか?」

 エルデはうなずくと視線をハーモニー達に見せた。

「ウチの人の言葉に嘘はないけど、ちょっとした言葉で新たな疑問を持たれても面倒や。そやし、ついでやからこれも見てもらおか」


 挨拶もそこそこにこれまでの経緯をまくし立てていたエイルのせいで、ハーモニー達はまだエルデに対してどう接していいかを決めかねていた。いや、言葉を自分達からかけたものか、むこうから声をかけてもらうのを待つ方がいいのかを逡巡していたと言ったほうがいいだろうか。エルデ・ヴァイスと名乗る娘は、彼らにとってそれほどまでに近寄りがたい容姿を持っているばかりか、その纏うエーテルの強さに圧倒されていたのだ。

 だがそれも突然エルデから言葉をかけられたことで、その選択に悩む必要がなくなったのである。


「言葉で言うより、先にこれを見てもらえるかな、お二人さん?」

「これって?」

 特に気負った風もなく、ましてや何の衒いもなくそう言って、ごく自然に自分達に向かって布を突き出す行為に、ハーモニー達は安心感を持った。いや、ある種の親近感に似た感情かもしれない。

 意識を取り戻した瞳髪黒色の少女は、眠っている時よりも数倍美しかった。黒目がちの切れ長の大きな目で見つめられると心が凍りそうになるような衝撃を感じるほどに。

 時間が経つにつれそんな感情にも慣れたつもりだったが、袋の向こう側のエルデの美貌が視界に入ると、視線は、いや意識がそちらに向いてしまう。

「いや、そやからウチの顔や無うて袋に刺繍されてるクレストを見て欲しいんやけど」

 惚けたように自分を見つめるだけで、いつまで経っても反応がない二人に業を煮やしたようにエルデがそう言った。

「あ、ああ」

「そ、そうね」

 フィンマルケンとハーモニーは我に返ると焦点を移し、改めてその袋を見つめた。


「参ったな」

 フィンマルケンが唸った。

「なんと今度は白い四連の薔薇じゃないか」

「あんた達、いったいどこまで手広くつきあってるのよ」

 カラティアのクレストを知っている二人である。それ相応の常識と知識があるという事だ。もちろん当然その刺繍のクレストの持ち主を知らぬはずがなかった。

「聞くまでもなくそれも本物……なんでしょうね」

 ハーモニーの言葉を受けて、エルデはエイルに目配せをした。エイルはうなずくとエルデから袋を受け取り、ずっしりとしたその巾着袋をハーモニーに手渡した。

 ハーモニーは巾着が予想よりはるかに重かった事もあって取り落としそうになりながらもそのクレストを丹念に調べていた。

「刺繍じたいは素人の手慰みらしいけど、正しくそのクレストを使う事が許された人間のものや。しかもウチらの為にわざわざこさえてくれたそうや」

 エルデの言葉に二人は無意識に顔を見合わせた。

「まったく。驚きを通り越して呆れるしかないわね。カラティア家だけでなく、ドライアド一番の名家とも懇意なんてね」

 小さなため息の後にハーモニーはそうつぶやくと、大げさに肩をすくめて見せた。

「だけどもう、こっちはその程度では驚かないほど驚かせてもらってるけどね」

「確かに」

 フィンマルケンもそう言ってうなずいた。

「カラティア家のやんごとなき人物が婚儀の媒酌をして、いわくありそうな指輪まで贈ったって話が本当なら、俺みたいな人間はそれでもうお腹いっぱいさ」

「品物だけ見せられてもそれが証拠かどうかはわからないよ。だけどまあ、あんた達がいろんな意味でただ者じゃないっていう意味の証拠としては充分だろうね」


 エイル達の言い分を信じる信じないはまた別の問題として、ハーモニーはエイル達を受け入れる事にしたようで、出立をせき立てるような言葉はその後口にすることはなかった。

 体調を整える為にエルデが改めて一泊のベッドを求めたときも二つ返事で承諾した程である。

「おおきに。ほんまに助かる。ウチらにはこれくらいしかお礼がでけへんけど」

 エルデが珍しく申し訳なさそうに頭を下げて差し出したのはミリアの餞(はなむけ)、例のエスタリア大判金貨だった。


 それを見たフィンマルケンはまたもや驚愕する事になるのだが、ハーモニーはいったん手に取った大判金貨の裏表をしげしげと眺めた後で、それをエルデに突き返した。

「言うとくけど本物やで?」

 ハーモニーの態度が気に障ったわけではないが、エルデは眉を少し吊り上げて見せた。

 それに怖じ気づいたわけではないだろうが、ハーモニーは素直にうなずいた。

「本物だから返したのよ。エスタリアの領主筋からもらったって言うその巾着に入っているんだからそれは疑っちゃいない。でもね」

 ハーモニーはそこまで言うとフィンマルケンを横目で見た。

「私はひもじい思いをせず、普通に食べていける程度の蓄えがあればそれでいい。欲の皮が突っ張った運び屋とは違ってね」

「おいおい」

 フィンマルケンは妙な攻撃の矛先が自分に向けられて困惑した表情を浮かべた。

「いちいち反応しないで。あんたが他の『ごうつく』な運び屋とは違うってことくらいわかってるわよ」

 ハーモニーはそう言うと再度金貨をエルデに突き出して催促した。

「ここまで特殊な金貨じゃなくても必要以上のお金を持ってると、ここじゃロクな事がないって言ってるのよ。それくらいわかるでしょ?」

 エルデは少し寂しそうに目を伏せると渋々金貨を受け取った。

「そやな。ウチが考え無しやった」

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