第二十四話 返名 3/4
「なんだよ、その『むっちゃ驚いた』っていう表情は。と言うか、オレってお前にはそれほど鈍い奴だって思われてるって事だよな」
「え、いや、そんな事はないんやけど」
「でも、驚いた?」
エルデは素直にうなずいた。
エイルは苦笑するとエルデの頭をそっと撫でた。
「少し前からそうじゃないかなって思ってたんだ。一度疑問を持てば、あとは状況証拠を見つけるだけだったから、比較的簡単に答えに辿り着いた」
「へえ……」
「だから、そんな思いっきり意外そうな顔をされると凹むって言ってるだろ」
「いや……でも、状況証拠って?」
「そうかなって思ったのは、お前がオレの名前をしょっちゅう『いい名前』なんて言ったからかな。そのくせエルデって名前をあまり褒めないだろ? まあ、その時は漠然とひょっとしたらって思ってた」
「うん」
「あ、そうなのかもって思ったのはお前が女だってわかった時かな」
「ああ。うふふ」
エルデはその時の事を思い出したのか、小さく声を出して嬉しそうに笑った。
「笑ってるけどな、オレがどんなに驚いたか……」
「うちかて、目が覚めたらアンタが居るなんて思てなかったから、どんだけ驚いたか」
「でも、よかった」
「よかった?」
「お前に見せられていた姿がマーヤとか言う名前の妹じゃなくて、さ」
「それは、どういう意味や?」
「妹なら、こんな事できないだろ?」
エイルはそう言うと、エルデの顎に手をあてて固定すると、一瞬だけ唇を奪った。
「あ」
「お前の姿を見せられる度、妹だから変な気持ちを起こしちゃダメだって、ずっと自分に言い聞かせてたんだからな」
「ええっと……それは……ひょっとして?」
「ああ。あんなの、その女の子を好きになるに決まってるだろ?」
「いや……ウチの姿形と、それがマーヤっていう名前の病弱な妹やっていう設定は確かにウチが暗示ルーンかけて仕込んだんやけど、実際の夢の内容とか、それは本人の潜在意識とか願望とか、そういうのが渾然一体に複雑に絡み合うてやね……」
「だからもう、オレはその時点でお前にメロメロになるしかなかったって事だから」
「うん」
「で、オレはそれで本当に良かったって思ってる……って、こんな話じゃなかったな」
エイルも小さく笑うと、話を続けた。
「女の名前をオレにつけたエルデ。そしてエルデは女の子だった。ここで疑いはオレの中で形になってきたんだ。そして……決定的だったのは十二色の話だ」
「そっか」
「そして三聖、それに四聖。《蒼穹の台》はティーフェの王。《深紅の綺羅》はアリスの王、《黒き翼》はアイリスの王。亜神にもみんな族名があって、お前はそれを口にした。なのに自分自身である《白き翼》がいったい何の王なのか、結局一度も言わなかった」
「そやな」
「そんなの、お前が知らないわけがない。眠りから覚める前の記憶が無いってお前は言ってたけど、《白き翼》を名乗るくらいだから、現名はともかく族名はわかっていたはずだ。でも言わなかった。理由は一つ。言うと都合が悪い事がバレるからだろ?」
「ご明察や。怒るかも知れへんけど、正直いうてめっちゃ驚いた」
「いいさ」
「うん。おおきに」
「だから、今、名前を返そう」
エイルの申し出に、しかしエルデは首を横に振った。
「なぜだ? 大好きな名前なんだろ? ばれたらまずいってわかってて、それでも男なら大丈夫だろうってオレの名前にしたくらい、隠したくないほど大好きで大事な自分の名前なんだろ?」
「うん」
「だったら……」
「母さまがつけてくれた、大事な名前や。願いのこもった、大好きな名前や。でも大好きな人が使てくれてるから、それでええねん」
「いや、でも……」
エルデはエイルの唇に人差し指を立てて言葉を封じた。
「だいたい今更『ウチがエイル・エイミイです。今日からエイルって呼んで下さい』とか、ややこしすぎるやろ? それに、エルデ・ヴァイスという名前も……ウチにとっては大切な名前なんや」
「その名前、確か……シグ・ザルカバードがつけてくれたんだよな」
エルデは頷く。
「シグにとっても、ウチにとっても大事な名前や。そやからこそ、師匠は……シグはその名をウチの仮の名前として選んだんやろけどな」
「お前……ひょっとすると記憶が戻ったのか?」
「ふふ。ホンマに結構鋭いやん?」
「結構、は余計だ」
「ごめんごめん。そや。記憶は戻った」
「よかったな。大事な記憶だもんな」
「そやな……大事な、大切な記憶やった」
「そうか」
「エルデールトリート」
「え?」
「それがエルデの由来。エルデは略称やから、言うてみれば本当の名前かな。ネスティがエルネスティーネなんと似たようなもんや。これはもともとはアルヴの女の子の名前やった。でもみんなはその子のことはエルデやのうてリートって呼んでたけどな」
「エルデールトリート……」
「ムリヤリな造語やけど、名前の意味は『小さな実のなる可憐な花』くらいのもんかな。それからリートにはお姉ちゃんがおって、名前をラウネリアっていうんや。ラウネって呼ばれてた」
「ラウネリア……おい、それって」
「そう。ラウとも略せるな。このラウネお姉ちゃん、ウチの名前には『ヴィダファリューエル』がええって主張してたっけ。意味は『サクランボの花の飾り」くらいのもんかな。あの子は勘違いして『皆を笑顔にするもの』なんて言うとったけど、それやったらリュリュターリャ=ヴューテやな……ふふ。もしウチの名がヴィダファリューエル・エイミイになっとったら、アンタはみんなに『リュー』とか『エル』とか呼ばれとったんやろな」
「どっちにしろ女っぽい名前だなあ」
「アンタの名前はどう転んでもそっちやな。そういう運命なんとちゃうか、マーヤくん?」
「からかうなよ。そうだ、エイルっていうのは確か『癒やす者』だって意味だったよな」
「嬉しい……覚えててくれたんや」
「あ、当たり前だろ? 意味を聞いて、いい名前だなってあの時本当に思ったんだ。お前にはピッタリの名前だよな。オレには全然似合わないけど」
「ううん」
エルデはエイルの胸に再び顔を埋めた。
「アンタは私を癒やしてくれてた。今もこんなに癒やされてる……」
「それを言うなら、オレだってそうさ。あ、でも……」
エイルはエルデの首筋に顔を埋めた。
「ずっと思ってたんだけど、お前ってサクランボの花の匂いがするんだよ」
「え?」
「さっきの話だけどさ、『サクランボの花の飾り』って意味、本当は間違いなんだろうけど、真実を言い当ててたりしたのかもな。だからエイミイでなくてヴィダファリューエルになっていても、お前らしい名前だと思う」
「長過ぎや」
「エルなんだろ?」
「エル・エイミイは語呂が悪い……っていうか、ウチってそんな匂いがするんや?」
エルデは思わずエイルから体を離した。エイルは苦笑してそんなエルデを胸の中に引き戻した。
「匂いっていうか、香りかな。すごくいい匂いだ。だからお前の服を選ぶ時、思わずサクランボの花柄の服を選んだんだよな……」
「ああ……そうやったんや。自分では全然わからへんけど」
「結構近づかないとわからないし、お前、ほとんど匂いなんてしないからな。でも、オレにとってはものすごくいい匂いだ」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいから、そんなにくんくんしたらあかんって……」
「いや、もうちょっと」
「こら。……ふふ。でも、サクランボか。ウチには全然似合わへん感じやな」
「そんなことないさ。オレはぴったりだと思う」
「おおきに。嬉しいわ。あ、でも」
「ん?」
「サクランボの花と言えば、カラティア家のクレストもサクランボの花やな」
「ああ、そう言えば」
「因縁……って、あんまりええ言葉やないけど……ウチら三人は、もともと縁があったんやな」
「そうさ。今こうして居られるのも、ネスティのおかげもあると思う」
「そう言えばネスティ……寒がってへんかな。雨は上がったけど辺り一面濡れたままやし、たぶん結構寒いはずや。薄着やないとええんやけど……」
「ああ、それならたぶん問題無いと思う」
「え? 何でそんな事がわかるん?」
「いや、オレ、ここに来る前にネスティのところに寄ったから……」
「え? ええええええ?」
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