第二十一話 小さな戦争 4/6

「今から、私はきっとあなたにひどい質問をします。エルデを傷つけるかもしれません。でも、最後まで聞いて答えて欲しいんです」

「……ああ。わかった」

 エルデはそう答えると目を閉じて首を振った。

 そしてほんの少し間を置いた後で、こう答えなおした。

「ええよ、わかった」

 標準語である南方語をかたくなに使っていたエルデが、本来使い慣れた古語に戻ったのだ。

「その為に、ウチを呼んだんやろ?  似合わん芝居までして」

 エルデの言葉はエルネスティーネの顔を輝かせた。

「ありがとう」

 そう言った後で、思いついたように付け加えた。

「このままで、いい?」

「うん、ええよ」

「ありがとう」

 エルネスティーネは改めてほのかなサクランボの花の香りをすっと吸いこんだ。

「それで……あの時、あなたの心はざわめかなかった?」

「あの時?」

「私とエイルが……ベッドで、その……」

「あ……」

 エルデの体がかすかに硬直したように思えたのはエルネスティーネの錯覚かもしれない。だが、エルデはその話題について自分から何も言おうとはしなかった。

「答えて!」

 そうは言ったものの、答えてもらえるとは思わなかった。いや。正確に言えば、エルデがこの件に関して本心を告げてくれるとは最初から思っていなかったのだ。

 ただ、どちらにしろ何らかの答え、いや言葉が欲しかった。だからさらにぎゅっとエルデの体を抱きしめた。

 アルヴィンのエルネスティーネにとって、ピクシィの姿形をもっているエルデはだきしめるには大柄である。そもそもピクシィの標準的な女性と比べるとエルデは長身である。同じピクシィのエイルより少し背が高いのだ。おそらく平均的なデュナンの女性よりも長身であろう。エルネスティーネの知るデュナンの女性の中で平均的な身長を持つと思われるのはシェリル・ダゲットである。シェリルにはじゃれてよくこうやって抱きついたものだった。その時も大きいと感じたが、こうやっているとエルネスティーネは改めてアルヴィンとデュナンの体格の差を感じていた。

 つまりもともと力のないアルヴィンの女性であるエルネスティーネが多少力を込めて抱きつこうが相手がデュナンやアルヴであれば、そこに大した拘束力など感じないだろう。

 だがエルデは反応した。


「痛い……」

「え?」

 それはエルネスティーネが思ってもいなかった反応だった。自分の膂力のなさは重々承知している。多少強く抱擁しても相手が同じアルヴィンやダーク・アルヴの女性ならともかく、いや、それでも「痛い」と感じるほど力を入れたつもりはなかった。

 そんな事を考えるよりも早く、エルデの声に反射するように、エルネスティーネは拘束していた腕の力を緩めた。だが、緩めただけで抱擁を解いたわけではない。

 エルネスティーネは、改めて目の前に瞳髪黒色の美しい少女の顔を見つめた。

 そこにあったのはエルデの寂しげな表情だった。

「ウチはネスティに……そう答えたらええんか?」

 痛いわけではない。当たり前だ。そんな反応が人間らしい、少女らしいなどと思ってはいないし求めたわけでもない。

 エルネスティーネは返す言葉を見つけかねた。

 エルデの目にはもう涙はたまっていない。だが少しだけ目が赤くなっているのは隠せない。気付かれないように涙を拭っていたのだろう。

 エルデはエルネスティーネの肩に回していた右手を引くと、そのままそれをそっと自分の心臓の上に置いた。

「それとも、びっくりしただけで特に何とも感じてへんって言う方が正解なんか?」

 エルデの言い方はアプリリアージェとはまた違う意味でわかりにくい。

 それでもエルネスティーネには、もうわかっていた。そしてエルデもエルネスティーネと同じ事を考えているのだと知り、少し嬉しくもなった。

『本当の事を言うかどうかなんてわからないでしょう?』 エルデはそう言っているのだ。そして『そんな事はお互いわかっているでしょうに』 と。

 そこに何の意味があるのか?  エルデはそれを尋ねていた。

 だがそれでいいのだ。

 エルネスティーネが恐れていたのはエルデがまったく取り合わず、話をする前に逃げ出してしまうという選択肢だったのだから。

 いや。

 勿論これから逃げ出す可能性もある。だがエルデにはエルネスティーネとの話を続ける気があるのは間違いなかった。


「だったら戦争をしましょう」

 だから今度はエルデの大きな黒い瞳を恐れることなく逸らすことなく、じっと見つめたままではっきりとそう告げることができた。

「は?」

(想定していたエルデの反応「その一」だ)

 エルネスティーネは思わず拳を握りしめた。唐突な話題の転換に、エルデは戸惑い、言葉の裏側にあるエルネスティーネの真意を探ろうとしているに違いなかった。

 だがそれは徒労に終わるだろう。「裏側」などないのだから。

「これは戦争です。エルデと私。私とエルデ。二人だけの戦争」

 だから改めて同じ事を告げた。

『わかっているのでしょう?』

 そう思いながら、じっとエルデの瞳を見つめた。

「私はエイルが好きです。大好きです」

 そして間を置かずにそう言った。

「そしてエルデ、あなたもエイルの事が大好き」

「う、ウチは別に」

 直線的なこの手の言葉には駆け引きもなにもできなくなるエルデを見て、エルネスティーネは自分の計画が順調に進んでいることを確信した。

「いいえ。私がそう思っているからそれでいいんです。あなたの反論は意味がありません」

「えええ?」

「戦争を始めるのに事実や真実の確認なんて意味はありません。違いますか?」

「いや……違いますかって言われても……」

「だから私はエルデ、あなたに対して今ここに宣戦布告をします」

「『だから』って……。あの、ネスティ?  お願いや。ちょっと待って」

「待ちません。私には待っている時間なんてありません」

「そうやのうて」

「だったらここで無条件降伏をしますか?  不戦勝でも私はかまいませんよ。でもその場合は無条件降伏ですよ?」

「ただの降伏やのうて、無条件?」

「あなたが無条件降伏をしたら、私は直ちにあなたに三つの事を命令します」

「め、命令?」

 完全にエルネスティーネがその場を支配していた。エルデの体はエルネスティーネの柔らかい檻の中にあり、なぜかふりほどくことが出来ずにいた。そしてエルデの言葉はどうやらエルネスティーネをすり抜けているようだった。

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