第五十三話 アトリ 2/5
「仕方ないわね。こうなったら守秘義務も何もあったものじゃないものね」
もう一度ため息をつくと、キセンはエイルの疑問に答える形で「アトリ」という言葉の持つ意味を説明し出した。
「『プロット』の表向きの目的は知ってるわよね?」
キセンの問いかけにエイルはうなずいた。
「フォウの人間なら誰でも知ってますよ。『宇宙移民計画』それが『プロット』が作られた目的ですよね。でもそれって『表向き』なんですか?」
キセンはしかし、首を左右に大きく振った。
「『プロット』の目的は裏も表もなく、それよ。でも私や君がいた『プロット4』だけは違った。それこそ私がそこにいた理由でもあるし、私がいたから『プロット4』が作られたとも言えるわね」
キセンはそこで言葉を切ると、青緑の目を大きく見開いてエイルを見つめた。まるで答えをエイルに求めているかのように。
いや。
その目はこう言っていたのだ。
「もうわかっているのでしょう?」
と。
「まさか、『プロット4』だけは宇宙じゃなくて、異世界への移民計画を?」
「ご名答」
「ちょ、ちょっと待ち」
これにはたまらず、エルデは言葉を挟んだ。
「移民って……フォウの人間がファランドールに大挙してやってくるっちゅう事か?」
「ええ。でもただの移民じゃないわよ」
まるでエルデの横やりを待っていたかのようにキセンはうれしそうな声で答えた。
「全部やってくるのよ。八十億もの人間が、ね」
「何やて?」
目を吊り上げたエルデにキセンは両手を突き出してみせた。
「そっちの話はちょっと待って頂戴。あなたの相棒からも聞ける話だしね。ここは順番に行きましょう」
そう言われたエルデはエイルの顔を見た。
知っている事は教えてやる。エイルはそういう意味を込めて小さくうなずいて見せた。
「さっきの続きね。アトリという言葉を聞いたことがないとすると、『混信点』もしくは『移動混信点』という言葉はどう?」
「コンシンテン?」
「ええ」
キセンは言葉の意味するところを説明したが、それを聞いてエイルは首を横に振った。どちらも初めて聞く言葉だった。
「君のような特殊な存在をプロット4ではそう呼ぶのよ。『混信点』ってね。その通称が『アトリ』よ」
「それだけじゃ話が全く見えませんよ」
「まあ順番にいきましょう。君の事を正確に記述すると『移動混信点候補』ね。確定してないから君の場合『候補』だったんだけど、どうやらこうしてここに居るって言う事はもう『候補』じゃないようね」
「えっと、あの……」
「はいはい。説明するから。『混信点』って言うのは簡単に言うと二つの世界が交わりやすい場所の事よ。だから単に混信点って言うと、それは土地を指す言葉なの。『プロット4』みたいな場所を、ね」
「え?『プロット4』は異世界と繋がってるんですか?」
「まだ話の途中よ」
「あ。すみません」
エイルがそう言って頭を下げると、横合いからエルデの肘鉄が飛んできた。
「痛えな」
「こんなやつに謝ることない」
エルデは真剣にそう思っているようだった。エイルはため息をつくと頭をかいた。エイルの価値観に照らしても、確かにキセンの言動はほめられるべきものではないどころか、非難されてしかるべきものだと思えた。だがエイルはキセン、いやヴェロニカ・ガヤルドーヴァという人物のフォウにおける行動を多少なりとも知っていた。人格がある程度破綻していると思われることも含めてである。
だから多少は腹は立ったが、そう言うものだと思い込めば、会話は成り立つと信じていた。現に今こうしてエイルが知りたかった情報が語られているのだ。
だがエルデにとってはそういった固定概念がない。目の前の奇天烈な格好をした若い女デュナンがいかにも偉そうにしているのが気に入らないのだ。気に入らないだけではなく、明らかに挑発ととれる行為が含まれている。考えてみればキセンという人物はエルデがもっとも反発しそうな典型的な存在だと言えた。
「異世界と混信、つまり交わる場所というのは、昔から世界中にたくさんあると言われているわ。『プロット4』のある山の周辺はそのうちの一つに過ぎないわ。そこに君のような『アトリ』いえ、アトリとおぼしき人間を集めてみたというわけ。ここまで言えばわかるわよね?『移動混信点』というのは人間に対して付けられる名称。つまり『移動混信点候補』の君は『プロット4』から『異世界』とどこかしら繋がっている人間だと思われて観察されていたと言う事よ。あ、言っておくけど『移動混信点候補』、我々の符丁で言うところの『アトリ』はもちろん君だけじゃないわよ。『プロット4』というのは、つまりはそういう場所なの」
エルデは眉根に皺を寄せると再度肘でエイルの脇を突いた。
「今度は何だよ?」
「念のために聞くで」
「ああ」
「この青緑やけど、フォウでの評判としては、頭の出来『だけ』はマトモって事になってるんやろうな?」
「たぶんな」
「たぶんって……頼りない答えやな」
「言ったろ、実際に会うのは初めてなんだ。世間の評判が当てにならないのはフォウもファランドールも一緒だろ?」
「ふん、正論やな。でもウチは青緑から説明されるとどうもムカムカするんや」
エルデは不機嫌そうにそう言うと改めて問いかけた。
「で?『アトリ』ってどういう意味なん?」
「いや、そこは心配するところじゃない」
エイルはそう言ってエルデの頭を軽く叩いた。
「オレには何の事かさっぱりだ」
「使えんやつやな」
「この人が今言った事はオレにもほとんど何の事やら意味不明なんだよ。全部初めて聞いた事だぞ。噂じゃお化けの研究をしている場所だとか死人を生き返らせる研究をしている建物とか、そんな事を色々言われてる機関が石を投げたら当たるくらい存在してるんだぞ。かくいうオレだってそこに住んでるにもかかわらず、そんな噂の一つや二つあってもぜんぜんおかしくないって思ってるほどだ」
「いや、そらないやろ?アンタは何か確信があって、つまりその話について詰めた会話をしよう思てわざわざ正体バラすことにしたんやないのん?」
「いやあ……そこまでは考えてなかった」
「いやあ…って、おい!」
「オレはフォウから来た人間がオレ以外にも居るなら会って話したいと、ただそう思っただけなんだよ。まさかそれがこんな雲の上の人だなんて思ってなかったんだ」
「ちょっと待った。そんなら、キセン・プロットと言う名前に反応したんは、人物特定が出来てたんとはちゃうっちゅう事か?」
「この人も言ったろ、プロットって言うのはオレが居た町の名前で、キセンって言うのは……」
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