第四十七話 灯火隊の少年 4/5

「何で集団リンチなんかに遭うてたんや? 何かやらかしたんか?」

 エルデは直接的な言葉でいきなり核心に触れてきた。勢いで言わせようという魂胆だろうな、とエイルは思った。

 そもそもエイル達とキアーナや他の灯火隊の連中とは何のつながりもない。利害関係がなく、言わば恩人であるエルデに対しては理由を話してくれるだろうと言うエルデの戦術なのかも知れなかった。もしそうならば、確かにこの場はエイルは黙っていた方がよさそうだった。

「見たとこ、お前は頭はよさそうやけど気は弱そうや。試験でいっつも上位やから妬まれてんのか?」

 試験の上位にいるからと言ってあそこまでの仕打ちをするとはエイルには思われなかったが、それもエルデはわかった上での質問なのだろうと思った。「違う」と答えたら「じゃあ、何だ?」と問うて、しゃべり出すきっかけにすればいいだけの話だ。

 果たしてキアーナは少しの間逡巡した後で、素直に質問に答えた。

 だが、その答えは予想だにしていなかったものだった。

「理由なんて……そんなの決まってるじゃないですか」

「決まってる?」

「そうです。見ての通り、僕がアルヴィンだからです」

 エイルとエルデは思わず顔を見合わせた。

「アルヴィンだって言うだけの理由なのか?」

 エイルの問いに、キアーナは不思議そうな顔を向けた。

「そう言うたら……」

 エルデはエイルの肩を掴んだ。

「さっきの第一広場にも、目抜き通りにも、デュナンしかおらんかった事ないか?」

「え?」

 エルデにそう言われて、エイルは記憶をたどった。

 もともとサラマンダもウンディーネもデュナンが主体の国である。だからこの大陸に居る限り、アルヴ族が少なくても気にはならない。それでもヴェリーユではまだごく少数だがアルヴの姿を見た。

 だが……。

 アルヴが少ない事と、まったくいない事とは意味が違う。

 エイルはエルデの指摘で気付いた。

 渡船の中にもアルヴィンやアルヴらしい姿はなかった。

 そしてここ、ハイデルーヴェンでも。

 目抜き通りでキアーナの尖った耳を見た時に、アルヴィンだととっさに思って注視したのは、この町に入って初めてアルヴィンを見つけたからかもしれなかった。


「どういう事や?」

 エイルの沈黙はエルデの問いかけを肯定するものだった。

 エルデは改めてキアーナに面と向かうとそう問いかけた。

「ウチらはそういう事情をまったく知らんよそ者や。わけを話せ」

 キアーナにとっての常識はエルデ達にとっての常識ではなかった。だがキアーナは自分の常識が広範なものだと思っているようだった。だとしたらハイデルーヴェンだけの話ではない。この先ウンディーネ国内を移動するつもりなら、知っておかねばならない重要な話だった。

「本当に知らないんですか?」

 キアーナはエイルとエルデを交互に眺めた。そしてその顔に冗談めかしたところがない事を確認するとがっくりと肩を落とした。

「まだウンディーネ中には広がってないんですね……良かった」

「良くない! というか、早よ説明せい!」

 エルデは苛立ちを隠さずに、キアーナにぶつけた。

 エイルはエルデのその様子を見て、思い当たった。

「おい、ひょっとしたらリリアさんやネスティが危ないんじゃないのか?」

「気付くんが遅いわ。連中だけやのうてラウやファーンもやな」

「頼む、訳を話してくれ。俺達の、アルヴやアルヴィンの仲間がここに来るんだ」

 エイルの声に反応して、キアーナは顔を上げた。

「本当ですか?」

「お前に嘘言うて、ウチらに何の得があるんや?」

 エルデは再びキアーナの胸ぐらを掴むと、今度はそのままその体を持ち上げた。宙づりにされたキアーナはさすがに小さな悲鳴を上げた。

「エルデ!」

 目尻を吊り上げて吊り上げたキアーナを睨み据えるエルデに、エイルはたまらず声をかけた。

「ウチは気が短いんや」

 エルデはそう言うと手を離し、キアーナをベッドに落とした。

「お前がいじめられる理由はともかく、アルヴ叩きの訳を先に話せ。お前の知ってる範囲でええから!」

 もともと抵抗するそぶりのないキアーナは、エイルとエルデが本当に何も知らないのだと認識すると、素直に事の次第を話し始めた。


 事の発端はキアーナにも定かではないという。

 もともと学生達には根強い種族間の対立があって、それはキアーナがハイデルーヴェンにやってきた時からそうだったという。

「僕がここのルーン解析研究科に入った時には、既に学校の中で種族ごとの派閥のようなものが出来ていて、ことあるごとに対立していました。それからもう五年になりますが、数で圧倒するデュナンのアルヴ叩きがだんだんあからさまになってきて、今ではもうアルヴ族は一人では外も歩けなくなってしまいました」

 アルヴに対する差別や迫害は学校側、つまりは体制が黙認しているようなものだとキアーナは言った。

 当初はケガをしたアルヴ族がいても見て見ぬ振り程度であったものが、最近ではたとえ大けがを負ったとしても、医師すらあからさまに診察拒否をするまでになっていた。

 そしてついに去年くらいからは、ケガによる死人まで出るようになった。

 だが、当然ながら自警団は動かない。

 不注意による事故だと処理された者はまだいい方で、最近では事件そのものが無かった事になっているという。

「僕の友達も、先週階段から落ちて頭を打ったとかで……医者もハイレーンも来てくれず、そのまま……」

 アルヴの中でもハイレーンはエルデの想像通り真っ先に狙われたという。

「お前はコンサーラか? それともエクセラーか? ウチには結構力のあるルーナーに見えるんやけどな」

「それは……」

 キアーナはまたもやうつむいた。だが今度はエルデが叱咤する前に顔を上げた。

「プロット先生のおかげなんです。元々はたいしたことはなかったんですが……あ、いえ、今のは忘れて下さい。とりあえず人前では絶対にちゃんとしたルーンを使うな、と強く言われています」

「元々はたいしたことがなかった?」

 エルデは「忘れろ」と言った部分を敢えて復誦した。だが、エルデの興味はそこにはなかったようだった。

「その、さっきから名前の出てるプロット先生というのはどういう人物なんや? アルヴか?」

 エルデの問いにキアーナは首を横に振った。

「デュナンです。でも、教授は今でも自分の学生には分け隔て無く接してくれます。先生の取り計らいもあって、多少の嫌がらせはありましたけど、なんとか今まで無事に過ごしていたんですが……」

「そのプロット先生のご威光も効かへんくらいの状況になってきたっちゅう事か?」

 キアーナは悔しそうにうなずいた。

「町がそんな状況やのに、灯火隊に入って外に出てたんは何でや?」

 エルデの疑問はもっともだった。

 アルヴ族であるアルヴィンは耳を隠せば遠目にはデュナンと見分けがつかないとは言え、灯火隊はキアーナの正体を知っているわけである。キアーナの話が本当だとしたら、彼が灯火隊と行動を供にする事は自殺行為と言えるだろう。

「灯火隊はそれに選ばれる事自体が名誉な事ですが、僕のような貧乏な推薦学生にとっては、授業料と寮費が免除される、言ってみれば生活の糧でもあるんです。一日休むとデュナンの隊員にはズル休みだと報告されて、除隊させられてしまいます。

「いや、そもそもそんな状態やったらなんとでも理由は付けられて結局除隊させられるやろ?」

 エルデは不快な感情を隠さず、キアーナにその苛立ちをぶつけた。

「ちょっと考えたらわかりそうなもんやろ? 死んだら寮費とか学費とか言うてられへんやろ?」

「おい、エルデ」

 あまりの剣幕にエイルが口を挟んだが、エルデの憤慨は収まらなかった。

「だいたい、そのプロットという学者、確か教授長って言うてたな? お前の言うようなできた人物やったら、困ってる自分の学生を何とかしてくれるんとちゃうんか?」

「そうかもしれません」

「わかってるんやったら……」

「僕のせいでプロット先生に迷惑をおかけしたくないんです!」

 エルデの剣幕に、キアーナは大声で抗した。そのあまりの剣幕に、さすがのエルデも毒気を抜かれたかのように一瞬言葉を失った。

「プロット先生は素晴らしい人です。ルーンの解析については、おそらくファランドールでも一、二を争うんじゃないでしょうか。少なくともシルフィードやドライアドのバードより、ルーンの事は深く理解されている方です。僕が頼ったら何とかしてくれるかもしれません。いや、先生の事ですからきっと何とかして下さろうと各方面に強く働きかけるかもしれません。でも、最近は本当に異常なんです。この町はもう、アルヴ狩りと言ってもいいような雰囲気になってしまってます。だから僕なんかをかくまったりしたら、いくらプロット先生でもただでは済まないかもしれないじゃないですか? そうでしょう?」

 そう言うと、キアーナは声を立てずに肩を震わせた。涙を流しているのは、膝に置いた手に落ちる滴でそれとわかった。

 自分の意志も気も弱くて、ただされるがままのおとなしい学生だと思っていたキアーナがエルデ達に初めて見せた激しい感情だった。

「反アルヴ運動の首謀者は誰や?」

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