第四十七話 灯火隊の少年 5/5

 エルデはキアーナの震える肩をじっと見つめていたが、ややあってそう尋ねた。

「首謀者……?」

 キアーナはエルデの問いかけの意図をはかりかねたようで、ぼんやりした声で聞き直した。

「おるやろ? 実行部隊をとりまとめてるヤツが」

「いえ、僕はふだん研究室にこもりきりで、あまりそういう事には詳しくないんです」

「なんちゅうか、ホンマに使えんヤツやな。首謀者やのうてええから、煽動したりしてる声の大きいヤツ知らんか」

「ちょっと待った」

 エイルがたまりかねたようにそう声をかけた。もちろんエルデに向かってである。

「今度は何や?」

 うるさそうにそう言うと、エルデはじろりとエイルを睨んだ。

「念のために聞くけど」

「そやから何やねん?」

「その首謀者だか声が大きいヤツだか知らないけど、そいつの事を聞いて、お前は一体どうするつもりなんだ?」

「決まってるやろ」

 エルデはつまらない事を聞くな、とでも言いたげに鼻を鳴らした。

「ぶっ殺す」

「ええええ?」

 悲鳴を上げたのはキアーナだった。

「そんな物騒な事は止めて下さい」

「何言うてんねん!」

 エルデはそう言うと今度はキアーナを睨み付けた。

「お前がやられた事やろ? 目には目を、や。こうなったらまずはお前をこんな目にあわせたさっきの灯火隊の連中をぶっつぶしたるっ」

「いやいやいや」

 またもやキアーナの胸ぐらを掴んだエルデをエイルは慌てて制した。

「ちょっと待てって」


 まるで自分の事にように怒りをぶつけるエルデを見て、エイルにはそれが本気だと言う事がわかった。

 そのままでは本当にすぐにでも部屋を出て行きそうな勢いだった。だからこそ止めたのだが、エイルはキアーナの件に対するエルデの行動に戸惑っていた。

「どうしたんだよ。お前らしくないぞ?」

「ウチらしゅうない、やて?」

 エイルの制止を比較的素直に受け入れたエルデは、すんなりとキアーナの服を掴んでいた力を緩めた。

「そうだろ? そもそもお前はこういう事をするなっていつもオレに言う立場だったろ?」

「あ……」

 エイルのその一言は予想以上に効果があった。

 エルデは目を見開くと絶句した。

「ついさっきもオレのした事を止めたじゃないか。お前がオレになってどうするんだ?」


 エルデの激高はエイルにも予想外のものだった。

 煮え切らない態度のキアーナに腹を立てるのはわかる。それはいつものエルデに他ならない。だがキアーナの話を聞いた後は、完全に怒りの矛先が変わっていた。そもそもキアーナの言う事を完全に真に受けすぎている事がどうにもエイルは気になった。

 これではまるで……

「今のお前は、まるでオレみたいじゃないか」

 エイルの言葉を聞くと、エルデはゆっくりと、そして深く息を吸った。自分の激高を認識して落ち着こうとしているのだろうか。エイルにはその考えが正しいのかどうかはわからなかったが、深呼吸の後に少しうつむいたエルデの顔がひどく寂しそうだったのが気になった。

「ウチが……アンタみたい、か」

 目を伏せたままそう言うと、エルデはそのまますとんとベッドに腰を下ろした。

「知らん間にアンタに感化されてもうてたって事かな」

「感化?」

「アンタの中に入ってた時間が長すぎたんかもしれへん。いつもは先に動く……ううん、いつもやったら今のウチの台詞は全部アンタが言うはずのもんやな。まったく……」

 エルデはそう言うと頭を抱えた。

「あ、あの」

「何?」

 おそるおそる声をかけたキアーナにエイルは顔を向けた。

「今の『中に入っていた』って、どういう?」

「何でもあらへん。こっちの話や」

 エイルが答える前に、エルデがぴしゃりとそう言った。何もしゃべるな、という意味だろう。

 エイルは素直に従う事にした。

「なあ、エイル?」

「なんだ?」

「逆に尋ねるわ。いつもやったらさっきみたいに後先考えずに動こうとするアンタが、今は妙に冷静なんは何でやのん?」

 エルデの指摘はある意味でもっともだと思われた。

 いつもはエイルが感情を爆発させて、エルデがそれを強力に制御する役目だった。だが、今は完全に逆転している。

「気になる事があるんだ」

「気になる事?」

 エイルはうなずくと、顔をキアーナに向けた。

「君にちょっと聞きたいんだけどさ」

「はい」

「その、プロット教授って言う人の名前だけど、それは本名なのか?」

「え?」

「妙な質問だとは思うけど、訳は聞かないでくれ。ルーン研究の第一人者だって言ってたけど、若い頃からずっとその研究をしているのか?」

 キアーナに質問するエイルを、エルデが怪訝な顔で見つめていた。エイルはそれを視界に感じながら続けた。

「教授は普通のデュナンなのか? 君の常識から見てでいい、何か変わったところはないか? 風変わりなクセとか言葉に妙な訛りがあるとか、あとはそうだな、常識では考えられないような事を知ってたり、やってのけたり……何かを隠そうとしたり……」

 キアーナは最初はエイルの言っている意味をはかりかねるようなポカンとした表情で聞いていたが、すぐに眉をひそめてエイルの顔をじっと見つめた。

「あなたはプロット教授の事を、ご存じなんですね?」

「いや。さっきも言ったとおり初めて聞く名前だし、そんな人がここにいる事もオレ達は知らなかった」

 エイルはそういうとエルデの方へ顔を向けた。エルデはそれに小さくうなずいて答えた。

 エイルが何を気にしていたのかがエルデにはもうわかっていたのだろう。止めようともしないところを見ると、このまま続けても大事ないという意味だとエイルはとらえる事にした。

「どうなんだい?」

「確かにそこまで著名な学者やったら、ウチの知識にあってもええはずやな。一体何もんや?」

 エルデの後押しのような質問は、注意深い人間ならちょっとした疑問を持ちかねないエイルの質問を補完、いや希釈する効果があると言えた。

「ペンドルトン君?」

 キアーナは三人しかいない事がわかっているはずの部屋を、まるで他に誰か居ないか確かめるように見渡した後で口を開いた。声を潜めて。

「プロット先生にはおっしゃるように謎が多いんです。僕も詳しく知っているわけではありませんが、なんでも十年ほど前に首都島アダンの偉い人だか資産家だかの紹介という事でこの町に突然現れて、最初から研究棟をあてがわれたって聞いています。ハイデルーヴェンに来る前の事はほとんど知られていませんし、実はアダンには教授長を知る人はあまり居ないという噂もあります。その件について一度直接尋ねてみた事があるんですが、普段は穏やかな人なのにその時は厳しい顔で『二度と聞くな』と強く言われて……それっきりです」

 その言葉を聞いたエイルは思わず目を見開いた。同時に鼓動が早くなってくるのがわかった。

「何しろすごい人です。それまで曖昧であまり知られていなかったエーテルとルーンの関係を次々に解明して、いくつかの精霊陣を開発されました。ご自身はルーナーでもフェアリーでもないのですが、教授の作り出した精霊陣はルーナーには非常に効果的なものでした。その功績ですぐに特待教授になって、今ではルーン解析学と応用エーテル学では教授長です」

「プロットは……偽名じゃないのか?」

 エイルの問いに、しかしキアーナは首を横に振った。

「僕にはわかりません。さっきも言ったとおり、あまり教授の事は詮索できないんです。噂は色々ありますけど、どれもただの憶測ですよ」

 肩をすくめてそう答えるキアーナに、今度はエルデが質問を投げた。

「名前は? プロットは族名やな? 名前は何ていうんや」

「名前は、キセンです。教授はキセン・プロットと名乗っています」

 そう言ったキアーナの目の前で、大きく唾を飲み込む音がした。それはエイルのものだった。

「なんだって?」

 絞り出すような声でエイルはそう言うと、キアーナの両肩を掴んだ。

「もう一度言え」

 キアーナの細い肩を揺すりながら、エイルはそう怒鳴った。

「エイル?」

 今度はエルデがエイルを止める役だった。キアーナが教授の名前を告げたとたん、エイルの形相が一変したのだ。

「もう一度言え、キセン……プロットだって?」

 自分が一体何をしでかしたのかがわからない哀れなキアーナは、エイルに揺すられるまま、おびえた顔をしてうなずくだけだった。

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