第三十七話 天敵 3/3
エルデが少なからず持っていたハロウィンに対する疑惑は、思わぬ形でその答えを得る事になった。だが、その回答は決して無条件で歓迎できるものではなかった。
エルデが口を開く前にアプリリアージェは続けた。
「今まで私の中にあったいくつかの疑問が一つに繋がりました」
それはまるでエルデが考えていたような言葉だった。
「ハロウィン先生はカラティア家の非公式な主治医でもあると聞いています。ネスティを取り上げたのも先生だそうです。あなたの……いえ、あなた方の事を歴史から抹消する役目も請け負っていたということは、あなたの言うとおり、そのマリオという人物、つまりハロウィン先生は正教会の関係者と言う事なのでしょうね。つまり、シルフィード王国は、少なくとも一人の正教会関係者と裏で繋がっているという重大な事実が判明した事になりますね」
エルデはうなずいた。
「これで辻褄が合うた。『宝鍵』、いや『マーリンの標』の事を言い当てた時にもっと考えを巡らせるべきやったかもしれへんな」
「と言う事は?」
「『風のエレメンタル』の誕生に関わっている事からも、ハロウィン・リューヴアークなる人物が正教会の人間なんはまず間違いないやろ。そやけど、今のところウチとは全く関係のない人間や。言い換えると、ウチがその存在を知らへん教会関係者っちゅう事や。それに今までの様子やと、向こうもウチの事を知らんはずや。気付いてないと言い換えてもええかもしれへん。幸運な事に、な。まあけど、もっともこの先どう利害が絡んでくるかはわからへんけど」
「先生は、その……本当にあなたの事を?」
「絶対気付いてへん。幸いな事に今まではエイルの体で会話してたからな。この姿やったら、ひょっとしたらあっという間に気付いたかもしれへんな」
「でも、あなたの……いえ、初めてエイル君の族名、エイミイという名前を聞いた時は驚いていましたよ」
「へえ」
「でも、あなたの名前はエルデ・ヴァイス。だからそっちの謎はまだとけていません」
「なるほど」
エルデはアプリリアージェに対してというより、何かを納得したようにうなずいた。
「マリオ・ヘラルドにハロウィン・リューヴアーク。どっちもウチの知らん現名(うつしな)やからマリオもハロウィンもどうせ現世で使う偽名なんやろな」
「本当の名前は別にある?」
「当然やな。それに正教会の人間のくせに水のエレメンタルを連れて回ってる事がそもそもおかしいんや」
「というと?」
「正教会が何の為に存在しているのか……それを知ってたらわかる」
アプリリアージェは、同じ質問を《真赭の頤》から受けていた。
彼はこう言ったはずだ。
「正教会はエレメンタルを滅する為に存在する」
「『時のゆりかご』であなたの師から同じ事をうかがいました。ですが、敢えてあなたの口から教えてはいただけませんか? 私たちにはとても信じられない事なのです。我々の中にはまさしく風のエレメンタルがいます。知る権利……いえ、そんな偉そうな事を言う立場にはありませんね。そうですね。守る為には真実を知りたい。その真実を知っている人が目の前に居るなら、教えてほしい。偽らざる私の気持ちです」
「風のエレメンタル……か」
エルデはそう言うと目を閉じて腕組みをした。
「姉さんは、あくまでもウチをだまし続ける訳やな」
「え?」
「いや、ええわ。今の言葉はなし。ウチが知ってもどうしようもないんやし」
「……」
「わかった。教えたる。正教会はもともとエレメンタルを狩る為に作られた組織や」
「やはり、そうなのですね」
「前にもそれとなく言うたと思うけどな。ま、正確に言うと、その役を負っているんは、正教会の通常組織やのうて、賢者会の人間やけどな」
エルデの口から改めてその事を聞いたアプリリアージェは、唇を噛んだ。
これでは……。
エルデの言葉が本当であるならば、彼女は二重の意味でアプリリアージェ達の敵だという事になる。命と、守るべき存在を脅かす政敵。
だが、エルデは自らの言葉を一蹴した。
「ま、そんな事はどうでもええねん。それより問題はハロウィンや。今の話でわかったと思うけど、ただの正教会関係者やない。あいつは間違いなく賢者会の人間や。知ってる事も知らん振りしたり、そもそも自分がルーナーやっちゅうそぶりも見事なほど見せへん。賢者らしゅうない振る舞い……いろいろ疑問はあるけど、まあ、なかなかのタヌキなんはわかった。で、リリア姉さん?」
「はい?」
「姉さんが見たっていうその文献にはそもそもウチらは何て書かれてたんや?」
エルデの口ぶりは、正教会の設立の本当の理由や深い部分には今はこれ以上言及しないという意思表示ととるべきであろう。ここは逆らわない方がいい。アプリリアージェはそう判断した。
「それは……」
口ごもるとアプリリアージェは目を伏せた。
「目の前におる本物が事実を教えたる。さっきの怯えようからすると、相当えげつない事が書かれてたんやろ?『化け物』大いに結構。でも、変な化け物やと誤解されたままなんは本物の化け物としてはほっとかれへん。それに、そっちのお人形さんも、一体ウチらが何の話をしてるのか、ええ加減に教えろって思ってるで」
アプリリアージェはエルデがアゴで示したテンリーゼンに顔を向けた。
震えはとまっていた。そしてその視線はエルデに向けられたままで、アプリリアージェには反応しなかった。
だが……。
テンリーゼンは体ではなく、違う手段で反応した。
「知りたい」
そう耳元で囁く声があった。
テンリーゼンの精霊会話(エーテルトーク)だった。
アプリリアージェはそれを聞くと覚悟を決めた。
おそらく、エルデと共にいればいつかはこういう時がやってきたに違いない。それは早いか遅いかの違いだけで、考えようによってはいい形で「その時」が来たのかもしれないのだ。
その場には三人以外、他に誰もいなかった。仲間の誰かが恐怖にかられ反射的にエルデに攻撃を加えるような事態になっていたとしたら、悲惨な情景を目にする結果になっていたかもしれない。現に沈着冷静で通っているアプリリアージェにして、その一歩手前にいたのだ。で、あるなら、他の人間であれば、恐怖に飲み込まれ何をしでかしてもおかしくはなかった。
アプリリアージェの見立てでは、エルデはどうやら自分達をすぐにどうこうする様子はなさそうだった。つまり、今ここでエルデの事を知った事で、アプリリアージェ自身が他の仲間との緩衝材として機能する体制ができたと言える。
(それに……)
そこまで思いを巡らせてから、アプリリアージェは一つのことに考え至った。
この場面は、ひょっとしたらエルデが適当と思われる機会を狙って仕組んだ事なのかもしれないのだ、と。
そうであれば、アプリリアージェはエルデに信頼されていると言うことに他ならない。それも、かなり深くである。言葉で説明を受けてからあの恐怖を感じるよりも、先入観なしで実感することで他の仲間の感情を把握しやすいのは確かだろう。それについての対処をより深く真剣に考えることも可能だ。エルデはそれをアプリリアージェに託した、いや願ったのかもしれなかった。
エルデには、そもそも怒気や敵意など、本当はなかったのだ。
そう考えると、ようやく動悸が完全に収まった。
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